未知との遭遇花街には今日も夕方の明かりが灯り、石畳は赤く黄色く、仄かに照らされる。 黒い影が道の上を歩き、人がざわめく。その様子を“彼”は見世の二階から眺めていた。 「ふぅ…」 長い睫毛が物憂げな雰囲気をより一層濃いものにしている。 今夜もこれから“客”を取らねばならない。“あの人”ではない別の誰かを。 本当は嫌だが、もうこの道に堕ちてしまった以上、自分はこの道を歩いてしか生きられない。 そしてそれが少しでも“あの人”の役に立つのだと思えば我慢も出来る。 「春暁はん、お呼びです」 襖がゆっくりと開き、自分を呼ぶ声がした。 「…相わかった」 早速のお声がかりに小さくため息をつき、襟を直して立ち上がる。 今夜はどんな男が相手なのだろう。 誰であってもきっちり“仕事”をこなす自信はある。自分の容姿と腕前があればそう難しいことではない。 が、出来ればおとなしくて簡単に手玉に取れる男がいい。 彼―――春暁は己の仕事を表す紫色の小さな帽子を額に乗せると、ゆったりとした動作で襖の外へ出た。 呼び出された茶屋に着くと、春暁は二階へと案内された。 「お待たせいたしました」 茶屋の小女は春暁と他に二人を部屋に入れると下がっていった。 「おー、待ってたぞ〜」 客の一人が手を叩いて春暁たちの訪れを歓待した。 「お呼びいただきましてありがとうございます。わたくし、川中屋の引鶴と申します。こちらは白魚、あちらが春暁でございます」 同じ見世から来た兄分のひとりが紹介をし、三人は揃って頭を下げた。 「へーえ、風流な名前ばっかだな」 まじまじと別の客が彼らを見つめた。三人は頭を上げるとにっこりと微笑んだ。 「はっはっは、信じられねー。おい、お前はどう思うよ?」 たっぷり見つめた後、客は自分の隣に座る男に話を振った。 「はい?」 振られた男はちらりとそちらを向いた。 「こいつら全員、男だぞ」 「…そうなんですか?」 「何だお前、若衆とか陰間とかって知らねえのか?」 「…存じ上げませんでした」 、と呼ばれた男が目を丸くした。 春暁が三味線を弾いて歌い、引鶴と白魚が踊りを見せた。 客は男三人。無精髭を生やした男と、月代のないぼさぼさの髪の男。そしてと呼ばれた細い男だ。三人が三人とも、歌と踊りに見入っている。 三味線を引きながら春暁は決めた。無精髭とぼさぼさ髪は、引鶴と白魚が引き受けるだろう。だから自分はあのという細っこい男の相手をしようと。 歌と踊りが終わり、運ばれてきた膳を前に酒食が始まった。 春暁の予想通り、引鶴が無精髭の、白魚がぼさぼさ髪の隣に座って酌をした。自分はの脇に控えた。 「どうぞ」 と春暁は酒の入った徳利を傾けた。 「すみません、私は結構です。よかったらお注ぎしましょうか」 とは逆に春暁に酒を勧めてきた。 変な男だ。普通はまず素直に盃を受けるはずなのに、と春暁は思った。 このという男、それから酒を勧めても下戸だからと断り続け、食事を勧めても腹が減っていないからと断った。 「あなたこそさっきから全く何も口にしていないでしょう。私に構わずお召し上がりください」 は微かな笑みを見せて春暁に膳を差し出した。 全く持って変わった男だ。酒の席で飲まず、食べもしない。そしてどことなく落ち着かず、話し掛けてもあまりしゃべらずに短い返事をするだけ。 そして春暁が気づくと、その度に相手は自分を見つめている。 ああ嫌だ、きっとこの男もいつもの客と同じように自分を隅から隅まで値踏みしているのに違いない。 春暁は内心にやりと笑った。今夜はこの男を鴨にしようと。 他の客二人はこの見世に来るまでに、すでにかなり出来上がっていたようだ。酔っ払った口調であれこれと話し、時にはえげつない話をして場を盛り上げていた。 春暁は会話の中からその二人の名前を拾った。無精髭は永倉、ぼさぼさ髪は原田と言った。 「、お前も飲め!」 べろんべろんに酔っ払った原田が盃をに押し付けた。 「いえ、お酒は飲まないことにしていますので」 は春暁に勧められた時と同じようにやんわりと断り、盃を原田の手にそっと押し返した。 「何でえ、固えこと言うな」 横から永倉が首を突っ込んできた。 「すみません、土方さんとお約束しているので」 春暁には誰のことだかわからないが、土方という人間と酒は飲まない約束をしているようだ。を見遣ると頭の中でその男のことでも思い浮かべているのであろう、 苦笑いをしていた。 「何だよお、くだらねえ約束すんじゃねえよ。あの鬼には逆らえねえだろうがよー」 原田が返された盃に酒を満たした。そして自らそれを呷り、ぷはあ、とますます濃い酒の匂いを吐き出した。 「それに…早く帰らないと土方さんが心配しますし…」 「土方さんねえ…そこだよ、そこなんだよ! 俺たちがこんなに酔っ払ってる理由、知りたいだろ?」 永倉ががっくりと項垂れて、の両肩に手をかけた。その隣に原田も並んで同じように頭を低くした。 「聞いてくれよ〜土方さんがよぉ〜」 二人が言うにはこうだ。 原田が厠に行こうと思い屯所の廊下を歩いていると、藤堂が土方の部屋に入っていくのが見えた。何気なしにその後をついていき、土方の部屋に入ると、 土方と藤堂と島田の三人で捕り物の相談をしていた。自分もそれに加わろうかと申し出たが、土方に「たった数人捕まえるだけだ。八番隊全員も出動するし、 これ以上人数はいらん。余計な手出しをするな」とにべもなく断られたらしい。 「俺だって、俺だって捕り物に参加したいんだよ〜最近ぜんっぜんとっつかまえてねーからよ〜、物足んねえんだよ〜。なのになのに土方さんはよお〜」 原田は袖で目の辺りを覆い、くくっと肩を震わせた。 「で、憂さ晴らしにぱっつあんと飲みに行こうってことになったんだが」 がばっと原田は顔を上げた。 「ちっと軍資金が足りなかったもんだから、博打に行ったのよ」 「えっ」 「そしたらよ、運よく大当たりよ! だからもう飲んじゃって飲んじゃって!」 にっと原田は笑い、懐をばんばんと叩いた。金属の打ち合う音ががしゃりと聞こえた。 「だから今日は俺のおごりだ! 宵越しの金は持たねえぞ!」 「あの…博打をするなんて、法度の“勝手に金策いたすべからず”に抵触しないんですか?」 「固い! お前固すぎ!」 「ガッチガチすぎ!」 「飲むぞー! 三人で飲むぞー!」 「えっと…ちょっと…でも私本当に土方さんに怒られ…」 「引鶴に白魚だっけか? 今夜はちょっと変わった見世でとことん飲むって決めたのよ、だからどんどん注いじゃって!」 「へえ」 「そのヒジカタはんいう方は、そんなに恐ろしい方でいらっしゃいますの?」 原田たちが賑々しく飲んでいる中、春暁は静かに笑みを湛えて言った。 「ああ、もうね、恐ろしいなんてもんじゃない。目だけで人を殺せるね、アレは」 原田は目の脇から人差し指を突き出して、目から矢でも発するような動作をした。 「んまあ、怖い」 ふふと笑いながら春暁は口元をそっと袖で隠した。しなを作り、に寄りかかる。はぴくりとして幾分か体を横に向けた。 膝の上に軽く乗せた拳に手を触れると、さっと拳を引いて袖口に隠した。だが自分を見つめている。 嫌そう、という感じではない。 これはいける。 春暁はますます確信を深めた。 「捕り物、ということはぬし様たちはお武家さまでいらはりますのん?」 引鶴は原田に絶え間なく酒を注ぎながら尋ねた。 「お武家さまってわけじゃねえけどな」 苦笑いを浮かべて原田が答えた。 「でも、日夜京を守るために働いてるぜ」 永倉が胸を張って原田に続いた。 「まあ、それは有り難いことで」 引鶴と白魚は手を叩いて喜んだ。 「まあまあ、それほどのことでもねえよ」 原田が両手を挙げてひらひらと振った。 「そうよ、俺たちゃ会津藩御預、新選組なんだからよ」 「…新選組!?」 春暁は、柔らかくよりかかっていた体を一瞬こわばらせた。引鶴も白魚もぴたりと手が止まる。 「あ、あの…そろそろお開きに…」 と引鶴が急に顔色を変えた。 「あー? まだまだこれから飲むに決まってんだろー? ほら注げ〜〜〜」 原田は完全に目が据わっている。ぐっと白魚に盃を突き出した。 「でも、お連れ様もお帰りになりたいそうですし…」 白魚は一応といった感じで原田に酒を注ぎながらに視線を向けた。 「いーの! 今日は俺のおごりなんだから! 俺がいいって言うまで帰さない!」 そう言うと原田はぐっとを引き寄せた。 「は、原田さん、苦しいです」 は原田の胸元でもごもごと抵抗した。 「まあいいから! 飲め!」 がははと高く笑い、原田はを放した。永倉も白魚に酌を頼み、どんどん飲んでいる。飲んでいないのはだけだった。 半刻も過ぎただろうか、いつの間にか場は静かになり、原田と永倉はいびきをかいて眠ってしまった。 は厠に立っており、座敷には陰間の三人だけとなった。 「ど、どうする春ちゃん、新選組だって。今のうちに帰ろうぜ」 三人が車座になると引鶴が震える声で提案した。 「そうだよ、もしばれたら」 白魚も声を低めて言う。 「お前ら弱虫だな。敵から金を搾り取るいい機会じゃないか。いいよお前ら帰って。俺の客が鴨っぽいからそこから取るからよ」 ちっと舌打ちをすると、春暁はそれまでのにこやかな笑顔を歪めた。 他の二人が退出し、部屋に春暁だけが残った。 自分がついていたというあの男、きっと自分の手で落として金を引き出してみせる。 ―――あの人のために。 春暁はぐっと手を握り締めた。 が厠から戻ってきた。 部屋の中央には屏風が置かれ、その端から原田たちのものと思しき足が覗いており、いびきが聞こえてきた。 は原田たちの傍へと歩み寄ろうとした。 「寝ていらっしゃいますので、起こさない方がよろしいかと…」 艶然と微笑み、春暁はの袴を掴んだ。 「…他のお二人は?」 はぐるりと辺りを見回した。先ほどまでいた陰間二人がいない。 「帰らせました」 「そうですか、ではあなたも帰ってどうぞ。お疲れになったでしょう、酔っ払いの相手で」 はふうっと息を吐くと障子の方へと手を出して、春暁の帰りを促した。 が、すっと春暁は立ち上がり、と目を合わせた。 春暁はの顔をじっと見つめた。 座っているときよりも天井の明かりが近いため、彼の顔がよく見える。特別な美男子ではないが、男にしては線の細い面だ。 涼やかな目でこちらを見つめ返すその視線が心を掠める。 頬にそっと触れてみると、きめの細かい感触が指先から伝わってきた。髭などまるで生えていないかのようにつるりとしている。 自分は毎日丁寧に剃り、美しく見えるようにいつも気にしているというのに。 嫉妬のような苦い思いが春暁の背を伝う。 何が何でもこの男から、いただけるものはいただかなければと、その思いがますます強まった。 「…陰間なんて、本当はしたくないのです」 春暁はふと目を逸らし、胸元に片手を置いた。 「でも…家が貧しく、私をはじめ、兄弟姉妹はみな外へ出されてしまいました」 袖で目元を押さえ、少しだけ身を震わせる。もちろん演技だ。 「私はもともと大店の丁稚をしていたのですが、そこの主人に目を付けられ、稚児として扱われるようになりました。が、私が嫌だと断るようになると、 主人は私を川中屋に売り飛ばしてしまったのです…」 春暁は語尾を詰まらせてを見え上げた。目をいっぱいに見開いて、今にも零れ落ちそうなほど涙を湛えて。 「それでも私は働かなければなりません! 実家に…病に倒れてしまった父と母のために…働いたお金は全て送っているのです!」 ぽろり、と春暁は目の端から一粒だけ光るものを零した。そしてだっとの胸元に駆け込んだ。 「お願いでございます、様! 今宵お慈悲を…そのためにわたくしをどのようにしてくださっても構いません! どうか…」 もう少しだ、と春暁は心の中で呟いた。相手は座敷に上がってからずっと自分に優しく接していた。自分に少しでも気があるに違いない。 この話は川中屋に売り飛ばされたところまでは本当だ。両親の病は嘘で、口減らしをして元気にやっている。自分を売り飛ばした親が、 店の主人が心底憎い。その憎しみを、客を騙すことで晴らしている。 あと少しで、堕ちる。 「様…」 春暁は上目遣いでを見上げた。 も春暁を見下ろしている。 春暁は、己の唇を、相手のそれめがけてゆっくりと近づけた。 「新選組だ! 御用改めである!」 とその時、階下から若い男の怒鳴り声が聞こえた。 「えっ?」 は声のする方へと顔を向けた。 春暁はさっと面を固くし、から離れて後じさった。 階段をたくさんの足音が上ってくる。 部屋という部屋の襖や障子が開かれ、客の男や陰間たちの驚く声が聞こえてきた。 そしてその足音は、たちのいる部屋にまでやってきた。 大きな音を立てて障子が開かれる。 「新選組であ……あれ? じゃん! 何してんの、こんなとこで」 鬼気迫る勢いで部屋に入ってきたのは藤堂だった。 「あ、藤堂さん。えっと、お疲れ様です」 はぺこりと頭を下げた。 「いや、そんなことはどうでもいい。ここに他に誰かいなかった?」 藤堂はきょろきょろと室内を見渡した。 「春暁さんという方が」 「そいつだ! そいつどこに行った?」 答えるの言葉を切り、藤堂はに詰め寄った。 「…あれ?」 つい今まで自分の胸元にいたと思ったのに、いつの間にか春暁はいなくなっていた。 前へと視線を向けると、開かれた窓に春暁が身を乗り出して外へと飛び出すところであった。 「ちっ!」 藤堂は窓へと駆け寄ったが一歩遅く、春暁は窓から飛び降りたところだった。 「土方さん! そっちだ!」 藤堂が窓から顔を出し、下に向かって声を放った。 「土方さん?」 彼がいるのかと思っても藤堂の横に顔を出した。 窓の外、見世の前には土方が立っていた。 土方はどさりと何かが落ちてきた音の方向を見て、すぐにそちらへ駆け寄り、春暁を捕らえた。そして後ろに控えていた島田に引き渡すと縄をかけるように 指示を出した。 「土方さーん、お疲れさーん」 藤堂が窓から手を振った。 土方は上を仰ぎ、軽く手を上げた。 が、その先にいるもう一人の影を見て動きを止めた。 「? お前、そんなところで何してんだ?」 ******************************************************************** 捕り物が終わり、土方と藤堂をはじめとする新選組の面々は見世を後にした。その中にはも混じっていた。 「お前、何だって陰間茶屋なんかで遊んでんだ」 列の一番後ろを歩く土方は、思い切り眉を顰めて隣を歩くを睨み付けた。 「あの…黒谷から帰る途中に原田さんたちにばったり会って、そのまま連れて行かれたんです」 「宮川町なんか帰り道じゃねえだろ。さてはお前、また迷いやがったな?」 「…少しは道を覚えようと思いまして」 「余計な考えを起こすな、馬鹿が」 は黒谷から屯所に戻る途中に、帰り道をもう少し開拓しようと思っていつもより一本別の道に入ってみた。が、それが悪かった。 知らぬ間に予期せぬ道に出てしまったのだ。とりあえず鴨川を越えてはいなさそうだったので、太陽の方向を確認して西へと歩いていると、 偶然原田たちに出くわしたのだった。そして彼らが面白いところにおごりで連れて行ってやるとの両腕を掴み、件の見世へと連行されたのであった。 「ちっと考えればわかんだろ、あいつらがロクなところに出入りするわけねえじゃねえか」 けっと土方は呆れたように言った。 「それにな」 土方はぐっとの腕を掴んで自分の方に寄せた。 「今回はたまたま居合わせたが、こんな偶然は二度はねえぞ。“身元”がバレるような行動に繋がることは慎め」 耳元で彼女にだけ聞こえるように土方は囁いた。 は前を向いたまま微かに頷いた。 それを見た土方はすぐに彼女の腕を放し、背筋を伸ばして足を進めた。 土方は黙って歩き続けるの横顔を見た。 そしてあの春暁という陰間を島田に連行させた時のことを思い出した。 「あんたなら簡単に騙せると思ってたのにな」 縄を後ろ手にかけられ、春暁は見世の外に出てきたをぐっと睨んだ。 「隙だらけでおとなしくて。俺に少しは気があるように見てたじゃねえか、ちくしょう」 春暁はすっかり男言葉になってをののしった。 「…誤解させたならあやまります」 は目を伏せて言った。 「あなたがよく知らない人だったので、じっと観察していただけです。すみませんでした」 「何っ…」 の台詞に春暁は瞠目した。自分をただ観察していただけなのかと。今までの客でそんな男はいなかった。じろじろと見ては 自分を値踏みして、金で買おうとする男ばかりだった。だから自分を見つめるの目もそうなのだと思い込んでいた。 「…騙されたよ、俺のほうが」 くっと春暁は笑い、島田に連れて行かれた。 「まだ若いのに」 ぽつりとは言った。 「ん?」 土方はその呟きを逃さなかった。 「あんなに若いのに、身を売って…恋人のために…お金を作ろうなんて…」 がため息をつくのも無理はなかった。陰間はだいたい十三、四歳辺りからせいぜい行って二十歳ぐらいまでという短い期間しか 己を売り物に出来ない商売だ。春暁もその中に入っていた。陰間の客は女犯を禁じられた坊主が多い。自分の客として通ってきていた坊主と いつしか恋仲になり、その坊主が長州出身の勤皇派だったため、彼に軍資金を手渡すために客から金を搾り取っていたのである。 隊内の監察の働きで、その坊主が寺に大金を持ち込んでいるのが発覚した。金の出所を探ると春暁に行き着いた。そして坊主ともども今回の 捕縛に至ったのである。もちろん引鶴も白魚も同じく金を別の坊主に貢いでいたので、帰り道にばったり出会ったところを捕縛された。 「仕方ねえだろ、相手も必死だ」 土方が事も無げに言う。 「まあそうなんですけど」 も仕方なさそうに言った。 「でも、初めて陰間茶屋に入りました。陰間の方々ってきれいですね」 「阿呆か、気持ち悪い」 が率直な感想を言うと、土方は心底嫌そうに顔を顰めた。 「土方さんはそういうのお嫌いでしたっけ。…なのにすみません」 土方の横顔を見上げて、は小さな声で言った。本当は嫌なのに、自分と衆道の関係と言うことにさせてと含ませて。 お前はいいんだ、と土方は喉元まで言葉が出かかった。しかしそれをぐっと飲み込んで、肘で彼女の腕を小突くに止まらせた。 初めての場所、よく知らぬ相手。 彼女は自分に下心を持って寄ってくる相手に少しも慌てず、騒がずに対処した。 もし原田たちと一緒になって飲んで騒いで眠ってしまったりでもしたら、きっと大変なことになっていたに違いない。 そうせずに酒の誘いを断り続けた彼女の姿勢は褒めてやるべきだろう。 が、その前にまず余計な行動を起こさないことと、また原田たちに連れて行かれそうになっても今度こそは断固断ることを、 この後土方はとくとくとに説教して聞かせた。 ちなみに酔って爆睡し続けた原田と永倉は、翌朝起きて支払いを済ませる際に、揚げ代の他に見世にかけた迷惑料まで土方に上乗せされた 金額を提示され、悪銭をすべて吐き出して屯所に戻ってきたそうだ。 |