久遠の空 まんじゅう泥棒
たったひとつのまんじゅうを廻って。

 全員が食べましたと白状して。

  いったい真実はどこにあるのだろう。




ま ん じ ゅ う 泥 棒




 穏やかな風の吹く日の午後、斎藤は会津藩からの密命を遂行して帰営した。
 今回の任務は張り込みで、攘夷派の大物と繋がっている可能性のある人物を三日ほど見張っていた。
 なかなか定宿から出てこない相手に痺れを切らしそうになりながらの三日間。
 冷静と忍耐を具現化したような斎藤を持ってしてもなかなかにきつい仕事であった。
 功を奏して相手が攘夷派と繋がっている証拠を掴み、無事に取り押さえる事が出来た。

 会津藩主松平容保公から直々にお褒めの言葉を頂戴し、手当が出た。
 斎藤はその手当を持って清三郎と何か食べにいこうと決めた。うまいものを食べている時の清三郎の顔はとても癒される、という下心からでははない。断じて。
 親友の弟(?)に目をかけてやるという至極まっとうな行為だ。


 とりあえず喉が渇いたので茶でも飲もうと思い、斎藤は台所へ向かった。
 すると、その隣の隊士部屋に原田左之助、永倉新八、藤堂平助の三人が車座になって何やら話し込んでいた。

 「あ、斎藤おかえりー」
 藤堂がまず気がつき、斎藤に声をかけた。
 「よぉ斎藤、三日もどこ行ってたんだよ」
 オンナのところか?と原田が茶化した。
 「時々お前はふらっといなくなるよな。ま、いいけどよ」
 永倉が笑いながら言う。

 「アンタたち、一体こんなところで何をしているんだ?」
 夕刻になろうかという時分に組長三人が雁首揃えて。
 「あー、ちょっとな」
 真剣な顔つきになった永倉が語るには・・・。


 昼過ぎの話だ。
 巡察から戻ってきた永倉が、小腹が空いたので台所に来てみると、調理台の上に饅頭がひとつ乗っていた。
 下から薄い桃色のグラデーションになっている、滑らかで柔らかそうな皮。
 小さくかじられた跡から覗くつぶあん。
 頭にひとかけらの金粉を施されたそれには一寸四方の紙が載せられていて、
 「食うべからず 神谷」
 と書いてあった。

 永倉はその饅頭をひょいと口の中に放り込み、戸棚にあったイカの干し物を持って部屋へ戻った。


 同じ頃、酒を買って帰営した原田もつまみを求めて台所へやって来た。
 調理台の上に何気なく視線を向けると、饅頭がひとつ置いてあった。
 饅頭の上には一寸四方の紙が乗せられていて、
 「食うべからず 神谷」
 と書かれていた。

 原田はかじった跡のあるそれをつかむとむしゃむしゃと食べ、鍋の中にあった昼餉の煮物の残りを皿に盛ったのを持ち、部屋へ戻った。


 そしてまた同じ頃、藤堂も台所へと足を運んでいた。
 喉が渇いたので茶でも一服、と思ったからだ。
 ふと調理台の上を見ると、饅頭がひとつ鎮座していた。
 上に乗せられている一寸四方の紙には、
 「食うべからず 神谷」
 と注意書きがしてあった。

 藤堂は湯を沸かして茶を淹れ、お茶受けとしてほんの少しかじってあった饅頭を食べて部屋へ戻った。



 しばらくすると清三郎が訪ねて来て、
 「台所にあったお饅頭知りませんか?最後の一個をとっておいたんですけど」
 と聞いてきた。
 三人はそれぞれ自分が食べたので白状したが、清三郎は最後の一個と言ったのに三人が食べたというのはどういうことだ、ということになった。


 確かに三人が三人とも饅頭を食べた。
 なのに清三郎は“最後の一個”と言っていた。

 「なあ斎藤、どういうことだと思う?」
 原田が首を傾げて聞いた。



 「考えるまでもない」
 斎藤は眉ひとつ動かさずに口を開いた。

 「大方、“最後の一個”というのは嘘だろう。食うべからずという紙を残しておいて、誰がそれを食ってしまうか観察し、さらに最後の一個と言って相手が困って いるのをこっそり楽しんでいるというのが本当のところなのではないか?」
 自分の推理を静かに告げて、斎藤は自分の背後にある納戸の戸を見遣った。
 「勿論饅頭は食われた側から新しく出しておけばよい。・・・なぁ沖田さん、それに清三郎」



 がたりと戸が開き、中から総司と清三郎が姿を現した。
 「あーやっぱり兄上には見破られましたか」
 「だから斎藤さんは騙せないって言ったじゃないですか神谷さん」
 ふたりは笑いながら斎藤たちの前へ進み出た。

 「永倉先生、藤堂先生、原田さん、騙してごめんなさい」
 清三郎が軽く頭を下げた。
 「いえね、八木さんからお饅頭を箱でもらったんですけど、私がひとりで食べようとしたら神谷さんが、“これが永倉先生たちだったら独り占めしないで分けて くださるのに”って言うから、じゃあ試しましょうってことになって」
 八木が差し入れてくれたいかにも高級そうな饅頭を、受け取った総司がひとりで食べようとして、そこを清三郎に見つかったらしい。
 清三郎の言葉を受けて総司が思いついたのは、永倉たちが“食うべからず”と書き置きしてある饅頭を食べてしまうかどうか賭けることだった。
 食べずに置いておいたら清三郎の勝ち、食べてしまったら総司の勝ちという話になった。

 台所の隣にある隊士部屋の納戸から様子を伺い、ひとりずつ台所に来るタイミングを見計らって饅頭を置いておく。
 結果は先ほどの通りだった。
 「こんなこと、斎藤さんだったらあっという間にバレちゃいますよね」
 「兄上だったら通用しませんよね」
 総司と清三郎は仲良く顔を見合わせた。
 「オイ、ちょっと待て。じゃあオレたちはお前らに担がれたってことか?」
 原田が身を乗り出して言った。
 「だからごめんなさいってば。でもおいしいお饅頭、食べられたでしょう?」
 総司は原田の肩をぐいと押しながら謝った。
 まあそりゃあそうだけどよー、と原田はしぶしぶ納得した。

 斎藤は自分の考えが当たっていたことに満足した。
 そしてふと清三郎と外へ何か食べに行こうと思っていたのを思い出した。
 「清三郎、この後何か」
 予定はあるか、と聞こうとしたとき、総司が
 「じゃあ賭けは私の勝ちですね。約束どおり私の好きなものを存分におごってもらいますよ」
 と清三郎の肩を抱いてさっと体を翻した。

 ・・・は?

 「あーあ、誰かひとりでよかったのに、まさか全員食べちゃうとは思いもしませんでしたよまったく」
 清三郎は苦笑いをしながら総司に促されるままついていった。
 「え?何?お前ら俺たちのこと賭けてたの?」
 藤堂がふたりの背に問いかけた。
 「はい?ええ、そうですよ。神谷さんがお三方のうちひとりくらいは書き置きを見て食べずにとっておいてくれるって意地張るんですもの」
 くるりと総司が振り向いた。
 「私が勝ったら何でも神谷さんのおごりで食べに行くって約束したんです。私たちの分の夕餉はいりませんから。じゃあ」
 心底嬉しそうに総司は言い放ち、前を向いて清三郎と外へ出て行ってしまった。


 待て。
 俺が清三郎を誘って外へ出ようとしていたのに、なぜアンタが。
 謎かけを颯爽と解いたのは俺なのに。
 斎藤は清三郎に向かって伸ばした手を引っ込めることができずに固まった。

 あの男はいつもそうだ。オイシイところばかりさらいやがって。
 ・・・いつか殺ス。
 斎藤は心の中で叫んだ。



 「ンだよ、結局総司にいい思いさせただけじゃねぇか」
 よっこらしょ、と原田が立ち上がったが、勢いよく立ち上がりすぎてふらつき、後ろにいた斎藤にぶつかってしまった。
 するとよろけた斎藤の懐から小さな布の包みが滑り落ちた。

 「お、何だそれ斎藤」
 永倉が拾い上げ、中を改める。
 「おい、金が入ってるぞ」
 「え?何だって?」
 「おー、結構入ってるな。よし、これで俺たちも飲みに行こうぜ、なあ斎藤!」

 ・・・何だと?

 「いいねえ、騙された俺たちを慰める会ってことで」
 横から顔を出した藤堂が斎藤の腕を取った。

 待て藤堂さん、アンタまで何を。

 「うっし、賄い方に俺たちの分も飯いらねぇって言ってくらぁ」

 原田さん・・・。

 「よーし、今夜は飲むぞー!」
 「飲むぞー!」

 その金は清三郎と飲み食いするためのもので、アンタたちのためものじゃない、断じて。

 だが斎藤の心の叫びも空しく、残された面々はこぞって街へと繰り出す事になった。



 結局、持っていた金のほとんどは三人の胃袋を満たすことに費やされ、斎藤も途中からヤケになってかなり飲んで帰営した。
 お互いに肩を組みながら千鳥足で屯所の門前まで帰ってきたとき、同じく帰ってきた総司と清三郎とばったり出くわした。
 向こうもほんのりと酔っているようで、妙にベタベタしながら門をくぐって行った。


 顔で笑って(?)心で泣いて。
 斉藤一の散々なある一日。