久遠の空 拾萬打記念企画  その8−3

変身 その3



 書付の謎を解いたは、全てを庵主や神谷たちに話した。
 そして本尊である菩薩が現れる日に再訪を約束し、尼寺を後にした。




 日が過ぎ、菩薩が現れると目した前日。再び明里に女子の扮装を施してもらったと神谷は、夕刻に尼寺を訪れた。 土方と沖田も特別に計らってもらい、寺の中へ一緒に入ってゆく。
 「刀は用意できてますね?」
 神谷が庵主の側に座り、その頭上に置いてある刀掛けに目を遣る。
 「へえ」
 こくりと庵主は頷いた。
 「沖田先生、お願いします」
 「はい」
 神谷に促され、沖田が刀の前に進み出る。
 沖田は持ってきた風呂敷包みを開け、中から道具を取り出すと、慣れた手つきで刀を分解し始めた。
 「土方さんもお願いします」
 は庵主の部屋の障子を土方に示した。
 土方も道具を使い、に言われた場所――――引き手の部分を取り外す。
 はこの前、帰り際に手を触れて冷たいと思った時に、どうしてこの引き手だけが鉄製なのかと瞬時に疑問が沸き起こった。 そしてそこに答えがあったのに気づいたのだ。よく見ればその引き手がはまっている場所は、大きさといい形といい、刀の鍔がちょうど はめ込むことが出来るようになっていた。

 分けられた刀の部品から、鍔が土方に差し出された。
 土方は沖田から鍔を受け取り、取り外したところへはめ込んだ。
 「ありがとうございます。では明け方を待ちましょう」
 は鍔がきちんとはめ込まれているのを確認し、次の行動は明け方になることを告げた。


 太陽が、寺を囲む垣根の向こうに沈む。
 真っ赤に焼ける西の空に夜の闇が被さってゆく。
 あの陽が再び東から顔を出す、その時こそ本尊が内陣に戻るのだ。


 (“長き夜を越え”…)
 は書付の冒頭部分を思い出す。
 一年のうち、もっとも夜が長い日、冬至。それが今日だ。皆、寺の台所で作られた小豆粥や南瓜の煮物を口にする。この日に食べると一年 風邪を引かずに済むと言われているからだ。たちは前川邸で済ませてきたが、寺の者たちはゆず湯にも入った。

 神谷は風呂から上がった庵主の世話をし、世間話などをして寺の者たちと打ち解けていた。沖田も手土産に持ってきた菓子を広げ、 口に入れながら神谷の隣に座って話を聞いていた。


 庵主たちのことは神谷に任せ、は御堂に向かった。
 沖田が持ってきた菓子を内陣の手前にある三方に供え、手を合わせる。主のいない内陣は、静かである以上に寂しさが感じられた。
 だがそれも、自分の考えが正しければではあるが、日が昇れば終わる。
 どうか自分の推測が当たっていますようにと、は花と供え物だけの内陣に向かってもう一度手を合わせた。


 すらりと障子が開いた。がゆっくりと振り返ると、そこには土方の姿があった。
 「いつまでも一人で何してんだ」
 土方がの隣に腰を下ろす。ふわりと煙の匂いが漂ってきた。
 「一服してこられたんですか?」
 が聞く。
 「外でな。悪いか」
 「いいえ」
 土方は自室では好きなときに吸っているが、この尼寺では自粛している。大人なら当然の行為だが、普段は横柄な土方が気を遣っているのが 何だかおかしくて、はふと笑った。

 隣の庵主の部屋からは明るい話し声が聞こえてくる。神谷と沖田で楽しい話題を振りまき、庵主や尼僧たちを笑わせているのだろう。
 「読みが当たってればいいんですけど」
 ぽつりとは呟いた。
 「自信ねえのか」
 土方が膝を立てて、その上に肘を置く。
 「確実とは言い切れません」
 は正座をした膝に手を置き直した。

 「ここまでお待たせして、もし駄目だったら悪いなと」
 「誰もお前の下手くそな読みに期待しちゃいねえよ」
 「そのほうが気が楽です」
 「けっ、言ってろ」
 「ふふ、はい」

 全ては明日の明け方にわかる。それを待つしかないとは開き直った。
 「土方さんはどうぞ休んでてください。女の人たちは全員庵主様のお部屋で寝て、土方さんたちに尼さんのお部屋を貸してくださるそうですから」
 「お前はまだ休まねえのか」
 「まだ眠くなくて…」
 「俺もまだ眠くねえ」
 「そうですか」

 二人とも口を閉じると、堂内はしんと静まり返る。
 隣の部屋に戻っても良いのだが、もう少しこの静寂の中に身を置いておきたいとは思った。
 はそっと息を吐きだしてみた。口元から白い息が立ち上る。
 意識してみると空気が冷たい。は両手をこすり合わせた。


 土方が立ち上がり、堂内から出て行った。
 眠くないと言ったものの、やはり土方は眠くなったのかと思い、は手を息で暖めた。
 だが土方はすぐに戻ってきた。その両手には掛け布団が抱えられていた。土方はの横に座ると、自分との肩に布団を被せた。
 「ありがとうございます」
 「こんなことで風邪引いたら馬鹿だろ」
 「馬鹿は風邪引かないって言いますけど」
 「うるせえな」
 はまた小さく笑う。土方はの肩をぐっと引き寄せた。



 寄り添っていると、次第に布団の中が互いの体温で暖まってくる。と土方は時折うとうととしながら朝を待った。



 間もなく夜が明ける時分になり、全員が庵主の部屋に集まった。明け方の冷たい空気に身が引き締まる。
 “猪の目 暁の光 放つ時”がやって来たのだ。
 は障子の引き手に据えられた刀の鍔を見遣った。
 東の空がだんだんと明るくなり、曙色に染まりゆく。

 障子に日の光が当たる、その時だった。
 引き手にはめられた鍔の猪の目から一筋の光が伸びた。光は部屋を斜めに横切り、縁側を通って庭先に落ちる。

 は縁側から庭へ降り、光が示した場所を掘り始めた。
 慎重に掘り進めていくと、肘と同じくらいの深さのところでは手を止めた。布でぐるぐる巻きに梱包されたものが見えてきたのだ。 は尼僧たちに場所を明け渡し、その先の作業を任せた。

 「庵主様、これを…」
 尼僧たちは土の中から厳重にくるまれたものを取り出し、縁側まで出てきた庵主に差し出した。庵主が布を取り除くと木箱が現れ、 その中には身の丈二尺ほどの菩薩像が眠っていた。

 「おお…!」
 「これがご本尊…!」
 庵主を始め、尼僧たちは手を合わせた。
 「本当に出た…」
 神谷はぽかんとしている。 
 「よくわかりましたねさん」
 沖田も頷きながら感心した。

 「“天より 菩薩現る”じゃなかったのか」
 土方はに問うた。
 「私も“天より”だとばかり思っていたのですが、“点より”だったんです」
 は説明を始めた。

 “長き夜を越え 猪の目 暁の光 放つ時 点より 菩薩現る”
 もっとも夜が長い冬至の翌日、刀の鍔にある猪の目を通し、明け方の光が放たれる時、光が示す点の場所に菩薩を埋めた。
 それが初代庵主の残した暗号だったのである。

 初代庵主は寺を狙った盗難事件が頻発していると知り、自分の寺の本尊が盗まれるのを恐れたに違いない。
 だったらいっそのこと、盗まれたことにして隠してしまおうと思ったのだろう。必死になって探したというのはたぶん方便だ。
 その行方をあの書付と刀に託した。書付は謎かけ風にし、刀の鍔をその鍵とするとは初代庵主は一風変わったところがあったと思われる。 中身が竹光なのも、尼寺に余計な刃物は不要であるし、鍔が鍵となっているのを強調するためだろう。 そのような庵主だからこそ本尊を土に埋めようなどと奇想天外なことを思いついたのではないかとは思った。

 初代庵主は盗難のほとぼりが覚めた頃に戻そうとしたが、なかなか盗賊の横行は収まらず、自分が世を去ってしまった。
 時を経て明里の知り合いの尼僧が書付を見つけ、今回の菩薩発見に至ったのだ。


 「以上、私見ですがご参考までに」
 は話し終えると庵主たちに頭を下げた。
 「成る程…」
 庵主たちは感心して溜息をついた。
 「おおきに、おおきにな。ご本尊が戻られてほんまにありがたいこって」
 庵主が起き上がって頭を下げる。
 は神谷と顔を見合わせて頷いた。



 菩薩像は内陣に収められ、寂しげだった空間は威厳に包まれた。
 庵主が久方ぶりに布団から出て自ら読経を行い、弟子の尼僧たちもそれに付き従った。


 「では私たちはこれで」
 全てを見届けたたちは、尼寺を後にした。
 庵主たちは門前まで見送りに出て、何度も感謝の意を告げた。


 たちは島原へ行き、花屋で女装を解いた。
 「ありがとうさんな、神谷はん、山口はん」
 事の次第を聞いた明里は、二人に向かって手を合わせた。
 神谷は明里が嬉しそうにしているのを見て、役に立ててよかったと満面の笑みを浮かべる。
 一方のは、自分が見つけなくてもいつか誰かが見つけただろう、見つけるために特別なものが必要だったわけではない、
そう思うと礼を言われる程のことでもなく、ただ下を向いた。
 「副長はんも沖田はんもおおきに。ちょぼっとやけどご膳のお支度さしてもらいました。どうぞおあがりやす」
 明里が禿に目配せすると、禿がそれぞれの前に膳を据える。
 皆はきらびやかな雰囲気の中でゆっくりと食事をしていった。



 島原の門を出ると、もう夕刻になっていた。
 神谷と沖田が話しながら先に進み、と土方は少し後ろを歩く。
 「やっぱりいつもの格好の方がいいです」
 は袴の足捌きを確かめながら言った。
 「短筒ぶっ放すお前が坊主の格好たあ、生臭もいいところだな」
 土方がやれやれといった風に息を吐き出す。
 確かにそうだとは思った。殺生の道具である短筒は持っているし、元の時代では肉も食べる。酒も自粛しているが飲めないわけではない。 とてもじゃないが尼僧にはなれそうもないと、は肩を竦めた。

 陽の恩恵から放たれた冷たい空気が、の髪を緩く揺らす。
 ひんやりとしたそれを感じながらは考えた。
 もし土方の元に現れなかったら、いったいどのようにしてこの京で暮らしていたのだろう。
 下手をすればそれこそ島原田圃で“売りもの”になっていたかもしれないし、尼寺に身を寄せていたかもしれない。今回のような、墨染めの様相で。

 「いつもご迷惑おかけしてすみません」
 「全くだ。少しは反省しろ」
 「はい」
 また土方にいらぬ手間を掛けさせてしまったことを、は心から悪いと思った。
 同時に、文句を言いながらも見届けてくれた土方に感謝する。
 自分が女子の姿になって役に立つことなどちっとも考えたことがなかったが、今回はたまたま解決できてよかった。

 そして少しだけ思ってみた。
 もし自分が男装しなければならない身ではなく、女子姿で土方と出会っていたら。二人はどんな関係になっていたのだろう。
 考えてみたが、今以上のことも今以下のことも思いつかない。
 きっとこんな関係であることを運命づけられているのだろう。

 「む」
 土方が目を険しくしながら前を見た。
 「どうしました?」
 も土方と同じ方向を向く。
 「総司の野郎…あんなところで座りやがって」
 「え?」
 道の先を見ると、沖田が団子屋の床几に腰掛けて店の娘に話しかけている。団子を注文しているのだろう。
 「飯食ったばかりじゃねえか、よく団子なんか入るな」
 土方は呆れ顔で言った。
 「甘いものは別腹なんじゃないですかね」
 は神谷が沖田の隣に座り、観念したように項垂れているのを見ながら呟く。
 「ったく、付き合ってらんねえ。先に帰るぞ」
 「はい」
 は神谷たちの前を通る際に先に帰る旨を伝え、土方と並んで歩いて行った。



 こうして尼寺の本尊は無事に元あるべき所へ戻った。
 も神谷もあるべき姿に戻った。
 が、本来この二人は女子であるから、厳密に言えば戻ったとは言えない。
 いつか戻る日が来るのか、もし来るとすればいつなのか。
 それは杳として知れないのであった。