久遠の空 拾萬打リクエスト企画 その8−2

変身 その2



 「神谷はんは前と同じ町娘のかっこ、山口はんはお髪(ぐし)が短いから尼さんのかっこ。これでええやろ」
 明里はぽんと手を叩いた。
 「ほんっとさんって髪短いですよねえ。もっと長ければ加文字を付けて足せるのに」
 「そうやなあ」
 「かもじ…」
 「髪を結うのに長さが足りんと、加文字をつけて長くするんよ」
 「へえ…」

 これで男だからという理由で断られることはなくなったが、どうやって尼寺に入っていけば良いのだろう。理由が必要だとは思った。
 「うちが紹介の文を書きますから、それを持ってかはってください」
 明里は硯と筆を出し、紙に何かをさらさらと書き付けて神谷に手渡す。
 「えらいこと頼んで堪忍え」
 「ううん、何とかやってみる。任せといて!」
 明里が神谷の手を柔らかく包むと、神谷はその手を強く握り返した。
 「山口はんもすんまへんな」
 「いいえ」
 は首を振る。敵情視察に赴くわけでも無し、神谷の言う通りさっと解決すれば後は土方に雷を落とされる程度で済むだろう。
 「じゃ、行きましょうか」
 神谷が立ち上がり、見世の階段を下りる。見世の入り口にいた女将に二人とも似合うと笑われながら、と神谷は花屋を出た。



 町娘と尼僧という奇妙な組み合わせの二人は、目的の尼寺に向かって歩いて行く。
 「あ〜〜女子の格好って動きづらいっ」
 早くも神谷が面倒くさそうに言った。
 「足捌きが気になりますね。早く解決して着替えましょう」
 もいつもより小さめの歩幅が歩きにくいと思い、神谷に同調した。
 「あの書付の意味…さん、見当つきます?」
 「いいえ。書付と一緒に残されていた刀があるんですよね。それを見て何かとっかかりがあれば…」
 書付と刀が共に残されていたことには何か意味があるに違いない、刀を見てからでなければ何とも言えないとは思った。

 二人とも頭の中で書付の言葉が何を暗示しているのかを考えつつ歩いていると、くだんの尼寺にたどり着いた。
 「すみませーん」
 神谷が中に向かって声を掛ける。
 ややあって、先ほど神谷たちを追い返した尼僧が姿を現した。
 「あの、花屋の明里さんという方のご紹介で来たのですが…」
 神谷は懐から明里の書いた書状を取り出し、尼僧に渡す。尼僧は訝しげにそれを受け取ると、紙を広げて文面を読んだ。
 「明里があんさんたちを…ほな、どうぞ」
 尼僧はすんなりと二人を中へ案内した。



 と神谷は小さな門構えをくぐって中庭を通る。中庭は門の外と同じように掃除が行き届いており、樹木もきちんと刈り込まれていた。
 玄関から中に上がり廊下を進むと、日当たりの良い部屋に年を取った尼僧が横たわっていた。
 「庵主様、お客様どす」
 「…入ってもらいなさい」
 「はい」
 促されて、と神谷は室内へと進んだ。

 尼僧に手を借り、庵主は起き上がった。
 「こんなところまで来てくれはって、おおきに」
 「こちらは当庵の庵主様どす。庵主様、こちらはうちの知り合いが寄越したお二人さんどす」
 「ああ、どうぞ横になっていてください」
 神谷が庵主の側に寄り、肩を支えた。
 「もう年が年やて…」
 ほほと笑いながら庵主は再び横たわった。

 神谷は明里から話を聞いたことを尼僧と庵主に語った。
 「明里さんには大恩ある身なので、何とかお役に立ちたいと思いやって来た次第です。どうかご本尊探しを手伝わせていただけないでしょうか」
 「こうして明里の書状も持ってきたことやし、うちらだけではわからんかったし…どうでっしゃろ庵主様、お頼み申しては」
 「ほうやね…」
 尼僧の言葉に庵主は頷く。
 こうしてこの寺の本尊探しは、と神谷に託された。



 神谷は庵主からさらに詳しい話を聞きだそうとしたが、明里から聞いた以上の話はわからなかった。
 そして二人はくだんの刀を見せてもらった。大刀ではなく小刀であった。黒塗りの鞘は恭しい光を放ち、鍔は透かし彫りになっていた。 柄には渋い茶色の柄巻きが施され、巻きの合間からは金の目釘が覗く。
 が、変わったところがひとつだけあった。神谷はそれを手に取ってみてすぐにわかった。中身が竹光なのだ。
 「うーん…」
 と神谷は首を傾げる。
 「中身が刃物である必要はないけれども、竹光である必要がどこに…?」
 も刀を取り上げてあちこちから眺めながら疑問を口にした。

 庵主と神谷がさらに話している間、は寺の中を調べた。寺はとても小さく、御堂と庵主の部屋、そして弟子数人が寝起きする部屋、 台所などしかない。
 台所と弟子たちの部屋には特に変わったところがなく、は御堂へ行ってみた。
 傾きかけた日が堂内を橙色に染める。本来であれば本尊が鎮座しているはずの内陣にその影はない。しかし掃除は行き届いており、花が飾られ、 供え物もしてある。いつ本尊が戻ってきても迎えられるようにしているのだろう。

 は最後に庵主の部屋を調べた。床の間にかかっている掛け軸の後ろにも、畳の下にも何もない。鴨居にも木製の粗末な釘隠しが つけられているだけだ。
 「何かわかりました?」
 神谷がにいざり寄って聞いた。
 「すみません、まったく…」
 は室内を見回しながら答える。
 “ながきよをこえ いのめ あかつきのひかり はなつとき てんより ぼさつあわらる” この言葉と刀、そして寺の中を見せてもらったのに、 全てを合わせても何もわからなかった。
 何を見逃しているのだろう、必ずどこかに何かが隠されているはずなのにとは考え込んだ。


 が思案しているところへ、ぱたぱたと尼僧がやって来た。
 「あの、富永はんとお連れはん、お二人のお知り合いが来はったようなんどすが」
 「え?」
 「殿方で、どうしても二人に会わせろ言わはってきかんのどす」
 「殿方?」
 二人がここにいることは明里しか知らない。いったい誰が訪ねてきたのだろうとと神谷は顔を見合わせたが、とりあえず応対に出ることにした。


 「え」
 「あ」
 門へ出た二人の目の前には、腕組みをする土方と沖田が立っていた。 
 

 「…お前ら二人して、こんなところでそんな格好して何やってんだ、ああ?」
 あからさまに怒気を放ち、土方が前に進み出る。
 「すみません、これには訳が」
 は怒られるであろうことを予想していたのでたじろぎもせず、観念して土方を見上げる。
 土方は眉を吊り上げるとの腕を掴んだ。
 「オイ総司、お前はそっちの馬鹿担当だ。俺はこっちの阿呆をとっちめてくる」
 そう言い捨てると土方は、をずるずると少し遠い木の下まで引き摺っていった。肩越しには、神谷が沖田に反対方向へ 引っ張っていかれるのを見た。



 「何のつもりだ?」
 の体を木に押しつけ、土方は両手でその脇を囲った。
 「明里さんから聞いたんですね」
 はいたって冷静に話をする。ここに土方たちが来たということは、明里が話したからに他ならない。
 「ああ、神谷の妓から総司宛に文が届けられた。お前も一緒で、あの尼寺の本尊を見つけるためにお前ら二人をお借りしますって書いて寄越したぜ」
 土方はやってられねえとばかりに溜息をついた。
 「お前はどうしてこうも厄介事を背負いたがるんだ? いい加減にしろと何度言ったらわかる?」
 「そういうつもりじゃないんですけど…」
 は苦笑いを土方に向けた。
 「勝手なことをしたのは謝ります。でももう乗りかかった舟ですからお許しいただけませんか?」
 「…ちっ」
 土方はに見上げられ、その視線に負けて横を向く。
 「ありがとうございます」
 「怒られて礼を言う奴があるか、この馬鹿が」
 「すみません」
 は礼を言ったり謝ったりで、くすくすと笑い出した。

 「笑ってる場合じゃねえよ。その格好はどうした」
 土方は横目でじろりとを見た。
 「これですか? 明里さんからお借りしました。明里さんのお客さんに、ちょっと変わった趣味の方がいらして、尼さんの格好で 音曲をやってほしいと時々頼まれるとか」
 は腕を広げて服装を土方に見せる。墨染めの法衣に黒の袈裟が重なり、改めて見るとまるでカラスのようだとは思った。
 「あのな、あっちの島原田圃には私娼がわんさかいて、比丘尼っつって、今のお前みたいに尼さんの格好で客取るやつもいるんだ。 そのなりのまんまその辺を一人でうろうろすんじゃねえぞ」
 「…それはそういう趣味の方のための」
 「そこは突っ込むところじゃねえだろ! お前が気をつけろっつってんだ!」
 「あ、そうか、そうですよね、はい」
 はやっと土方が何を言いたいのか理解した。そして今まで気づかなかったことを誤魔化すように白いかぶりものの奥に指を差し込み、 短い髪を耳にかけ直した。

 土方はの暢気さに憮然とする。
 本人は気づいていないが、黒の法衣が不思議なほどよく似合っていて違和感がない。普段から女らしさを消して男の振りをしている せいか、の纏う空気が衣の無常観と見事に合わさっている。
 そして女でありながら男の振りをして、さらに今は女の振りを重ねている。複雑な状況下で少しだけ垣間見られる女らしい仕草から、 微かな色気が見え隠れするのだ。屋外で安く女を買おうとする不埒な男が目敏く彼女を見つけたら、すぐ餌食にされてしまうかもしれない。 そんな事態には絶対に陥らせまいと土方は思った。



 が反省したようなので、土方はから詳しく話を聞き出した。
 「“いのめ”って何だかわかります?」
 「いのめ…聞いたことがあるな…」
 の問いに土方は顎をさする。
 「ああ、思い出した。斎藤から聞いたんだが、刀の鍔に開けた穴のことだ。鍔にもいろんな模様があるだろう。それのひとつだ」
 「本当に? どんな感じのですか?」
 ぱあっとの表情が明るくなる。
 土方は足元に落ちていた木ぎれを拾うと、がりがりと地面に模様を書きだした。その模様は、が来た時代で言えばハートのような 形であった。
 「鍔に模様として小さな穴が開けられてるやつがあってな、猪の目みてえに小せえから“猪の目”って言われてるらしい」
 「なるほど…」
 は鍔の装飾を思い出した。確かに鍔には小さな穴が開いている透かし彫りになっていた。
 「これで“いのめ”の謎は解けましたけど…後は何なんだろう…」
 “ながきよをこえ いのめ あかつきのひかり はなつとき てんより ぼさつあらわる”だ。
 猪の目が暁の光を放つというのは、おそらく鍔を明け方の光に晒せということなのだろう。しかしそれだけで本尊の在処が解れば 苦労はしない。

 「もう遅えし、一度前川邸に戻れ」
 土方はに帰営を勧めた。
 「そうですね…神谷さんと相談してみます」
 が土方から情報をもらったように、神谷も沖田から何かをもたらされたかもしれない。それを話し合ったら、もしかするとすぐに本尊発見の 手がかりが見つかるかもしれない。そう思い、は神谷を寺の門前で待った。

 すぐに神谷は小走りでの元にやって来た。
 「お待たせしました! もう沖田先生からお小言くらっちゃってくらっちゃって…」
 参ったとばかりに神谷は項垂れる。
 「あ、当たり前じゃないですか。だ、だって居続けが終わったばかりなのにこれですよ? 隊のみんなにも示しが付かないじゃないですか」
 沖田は珍しく眉間に皺を寄せて文句をたれた。
 は沖田がどもるのに何かを感じた。実際、沖田は神谷に、隊の仲間であるの前で女子の格好などしてばれたらどうするのだと説教をしていた。 咄嗟にその内容を口にしそうになって慌ててどもったのだ。が、この時まだは神谷が女子だと知らないので、沖田が何を隠そうとしてどもったのか皆目見当もついていない。

 「こちらは土方さんが“いのめ”について教えてくださったので…」
 とは土方と話したことを神谷と沖田に伝えた。
 「そうですか、鍔の猪の目…初耳です。さすが兄上、物知りだなあ」
 神谷は感心して言った。
 「急ぎの用件ではないし、よかったら明日また出直しませんか?」
 「そうですね、長居してもお邪魔だろうし、今日のところは前川邸に帰りましょう」
 と神谷はそう決め、土方と沖田を門前で待たせると寺に戻って行った。



 事の次第を話すと、庵主も尼僧も納得したように頷いた。
 「ほうでっか…刀の鍔に“いのめ”が…」
 「また明日伺いますので、本日はこれで失礼します。長引いてすみません」
 神谷が挨拶を述べ、も隣で頭を下げる。

 「こっちこそすんまへんな。でもご本尊が見つかるかと思うと嬉しおすな」
 尼僧は手燭を掲げ、神谷とに先だって庵主の部屋から出た。
 それに続いてまず神谷が退出し、後ろにが続く。
 は敷居をまたぐと障子を閉めようとして引き手に手を掛けた。


 冷たい感触がの指先に伝わる。
 はその冷たさにぴくりと反応し、引き手を見下ろした。


 引き手は尼僧の持つ手燭の明かりを受けて黒く光っている。
 (…そうか!)
 の目が大きく見開かれた。







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