時渡り、神隠し 7
翌日。
朝餉が終わった頃だった。
土方も斎藤も今日は出かけるところがあるからと言って部屋を出て行った。
は土方の部屋でおとなしく座っていた。
音を立てずに、静かに。そしてひたすら池を眺めていた。
自然な光り方に惑わされてはいけない。あの誘うような、覗き込みたくなるような光が現れるまで、じっくり待たなくてはならない。
しかし思わず腰を浮かすような光り方をするときもあるので気が抜けない。
チャンスを・・・逃したくない。
かなり集中して池を凝視していた。
「土方さぁん」
突然声が聞こえて、はびくりとした。
「土方さん、今日の巡察・・・あれ」
誰かが土方の部屋に入ってきた。
“できるだけ他人と関わらないようにしておけ”という土方の言葉が頭に木霊する。
「どちら様です?」
入ってきた男がを見て話しかけてきた。
「さ・・・斎藤さんの従兄弟で、山口と申します」
さっと畳に手をつき、頭を下げて挨拶をした。
“万が一誰かと出会った時は”という対応策を斎藤が授けてくれていたので、その通りに。
「沖田総司です、よろしく山口さん」
沖田と名乗った青年は爽やかな笑顔でに会釈した。
「土方さんはどこですか?ちょっとお話があるんですけど」
「お出かけだと聞いていますが・・・」
顔を上げては答えた。
「そうですか・・・じゃあ仕方ないですね」
また後で来ます、と言うと沖田は土方の部屋を出て行った。
耳を澄ませて足音が遠くなっていくのを聞いていた。
そして完全にそれが聞こえなくなったところでふーっと大きく溜息をつく。
うまく受け答えできただろうか。
斎藤が伝授してくれた通りにできたとは思う。
・・・池が光るまで、こんな思いをしなくてはならないのだろうか。
陽が中天に差し掛かる頃、土方は部屋に帰ってきた。
そして膳を運んできてふたりで昼食を取ると、しばし書き物をして再び出かけていった。
はまた一人、池を眺め始めた。
辺りはしんと静まり返っていた。
太陽は出ているが、冬の冷気が忍び寄ってくる。
正座した足の裏の痛みが、痺れのせいなのか寒さのせいなのかわからなくなってきた。
否、本人にはそれすらもどうでもよかった。
池を見ることばかりに気をとられて。
「土方さーん」
今朝方と同じ声が聞こえた。
「あれ、山口さん。土方さんは?」
沖田が再び土方の部屋にやってきたのだった。
「お昼を取った後に、またお出かけになられました」
俯きがちに、でも視線は池に向けたまま、は返答した。
「そうですか、またすれ違っちゃったんですね」
仕方ないなぁと沖田は苦笑した。
朝と同じようにすぐ去っていくだろうと思ったが、沖田は中腰でに話し掛けた。
「ねぇ山口さん、どうしてこんなところで朝から正座しっ放しなんです?」
「えっ、・・・修行、修行です、精神修養の」
は頭の中の斎藤作・受け答えマニュアルから最適な答えを探し出した。
「だったら、これから庭で一緒に稽古しましょうよ」
ね、と沖田は首を傾げてを誘った。
「い、いや、結構です。私はここで」
相手の台詞が、マニュアルから少し逸れ始めた。
「いいじゃないですか、座ってばかりじゃ体がなまっちゃいますよ?竹刀を振るうのも立派な精神修養ですから」
沖田はの腕を掴んで立たせようとした。
「っ、本当に、いいですから」
こんなの、どうしたらいいか斎藤から聞いていない。
「山口さん、腕細いですねー。ほら立って立って」
沖田はの腕を強く引き、強引にそこから立ち上がらせた。
「は、放してくださ」
その時。
目の端に映った池が。
光った。
は沖田の腕を振り払い、縁側へ飛び出そうとした。
だが、いかんせん長時間正座していたため、足が痺れて固まっていた。
はそのまま縁側の真下に転げ落ちてしまった。
「山口さん?」
振り払われた沖田は呆気に取られた。
「いたた」
倒れてもすぐに立ち上がり、は池へと走った。
そして何の躊躇いもなく池に飛び込んだ。
「えっ、山口さん?!」
沖田は何が起きたのか理解できなかった。
はざぶざぶと何度か潜ろうとする動きを見せたが、またあの光ではなかったことを認識すると、呆然と池の中に膝をついた。
「・・・、!」
廊下の向こうから土方が走ってきた。
あやうくの名を呼びそうになったが、口にする直前に沖田がその場にいるのに気がついて押し止まった。
「土方、さん・・・」
はその声を聞き、髪から雫を滴らせて首だけを土方のほうへ向けた。
その表情には“またダメだった”という雰囲気がありありと漂っていた。
「」
いつのまにか斎藤が土方の部屋の前に来ていた。
斎藤を視界に入れると、は物言いた気な目で見つめた。
それに気がつきつつ、斎藤は土方に目配せをした。
「総司」
その意を受けた土方が沖田に話し掛ける。
「悪いが風呂を沸かしてきてくれねえか」
「・・・承知しました」
沖田は何も聞かずにその場から立ち去った。
「今、前川さんのところへ行ってきた」
斎藤は背筋をぴしりと伸ばし、粛然たる態度で切り出した。
「前川さん?」
「この屋敷の持ち主だ。昨日、八木さんが話していただろう」
は言われて、昨日の会話を思い出した。
「この池について伺ったところ、」
「!」
話を続ける斎藤の言葉に、の体はぴくりと反応した。
土方も斎藤の方を振り返り、静かに続きを待つ。
「やはり何年かに一度光るそうだ。光っている日数はほんの数日間」
斎藤は前川が今住んでいる所に赴き、聞いてきたことを率直に語った。
「斎藤さん、その、何年かに一度というのは具体的には」
池の中に佇んだままはおそるおそる質問した。
斎藤は一瞬言い淀んだが、こぶしを軽く握ると真っ直ぐに顔を向けて告げた。
「前回光ったのは、五年ほど前ということだ」
八木の家の次男が生まれた年だったと前川は言ったらしい。
が、もうその部分はの耳に入っていなかった。
つい、と雫が彼女の頬を伝い落ちた。
それは前髪から垂れた池の水だったのか、それとも涙であったのか。
本人にもわからなかった。
20070704
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ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
この後主人公は歴史の流れに身を任せていきます。
どうかひとつ、お付き合いください。