久遠の空 ドリーム小説 時渡り 神隠し 4

時渡り、神隠し

update:2007.06.28

時渡り、神隠し 4

 突然くたりと前のめりに倒れた彼女を、土方と斎藤は両側から支えた。
 「おい、大丈夫か」
 土方が彼女の顎を片手で上げると、目はすでに閉じられていた。
 「・・・とりあえず寝かせるか」
 土方の言葉に斎藤も頷いた。
 部屋に布団を敷き、そっと彼女を乗せる。
 「俺はの荷物を持ってきますので」
 と斎藤は言い、自分の部屋に消えていった。

 土方は眠る彼女と二人、部屋に残された。
 ふと思い立ち、襖を開けて自分の行李を探る。
 中から紙袋を取り出した。

 それは石田散薬であった。
 彼の実家で製造している打ち身や切り傷に効く内服薬で、酒とともに服用する。
 中から数粒取り出して、行李の傍らに置いてあった徳利からお猪口に酒を注いだ。

 彼女の話は到底信じることが出来ない。
 しかし、己の眼前での出来事であるがゆえに信じざるを得ない。
 土方の頭は混乱していた。

 池の中から出てきたことは事実だ。
 それだけは。

 もしかしたらどこか打っているかもしれない。
 俺たちと会話しなくてはと思い、我慢していた痛みで気を失っているのかもしれない。
 だったら、こいつを飲ませておけば。

 「おい、起きろ、薬だ」
 土方は彼女の頬を軽く叩いた。
 反応がない。
 「おい」
 もう一度、今度は少し強めに叩いてみたが、目を覚まさない。

 ため息をついて、彼女の顔を見た。
 少しだけしか見ていないが、斎藤の従兄弟と似ている。
 ヤツが消えてコイツが現れたのも、何かの因果か?
 こっちのほうが些か顔の輪郭が女っぽいけれども。



 ・・・女?



 彼女が女性だと認識した瞬間、土方の胸にとある好奇心が沸き起こった。

 今まで故郷で数多の、そして京に来てから日が浅いながらも多少の女と関係してきた。
 その生国や身分、職業などは様々であった。
 おかげで寝物語に興味深い話も聞いた。

 しかし、
 ここで今眠る女は。

 彼女の言葉が正しければ、違う時からやって来た存在だ。


 土方は散薬を口に放り込み、酒を含んだ。

 両手を彼女の顔の脇について、顔の上に影を落とす。

 そっと、己の顔を近づけた。

 これは、人助けだ。
 心のどこかから漏れ出てくる、別の世界から突然現れた女に対する興味本位という感情を押し殺し、土方は彼女の唇に自身のそれを押し付けた。

 呼吸のために薄く開かれた口から、酒とともに薬を流し込む。
 急に入り込んできた異物に、彼女の口は抵抗するかの如く上下に動いた。
 それを宥めるように土方の唇が彼女の唇を撫でる。
 無意識ながら観念したように、彼女はおとなしく薬と酒を喉の奥に滑り込ませた。


 「フガ」
 彼女が鼻風を吹いた。
 「ふが?」
 飲み込んだときに多少空気も取り入れたのだろう。
 土方は唇を離し、手をついたまま苦笑した。


 「・・・何やってんですか、アンタ」
 声をかけられてそちらを向くと、開けられた障子の傍で斎藤が固まっていた。
 同時に土方も固まる。

 意識を失ったままの彼女。
 寝顔の横に手をついている自分。
 彼女と自分を見て眉を顰めている斉藤。

 「いやそのこれは・・・」
 石田散薬を飲ませるために、と土方は慌てて説明しようとした。
 「・・・アンタが女に手の早いことは沖田さんたちから聞いて知っていましたが、まさかここまでとは」
 斎藤は短く溜息をついた後、細い目をさらに眇めて細くして土方を見やった。
 「違う、これは」
 自分の話を聞かない斎藤に、土方は眉を吊り上げた。
 「何が違うと?」
 彼女に口付けたのは事実ではないか、と斎藤は目で語った。
 ・・・語られたような気がした。
 事実であるだけに、土方は口を噤んでしまった。

 「の荷物です」
 それ以上咎め立てするようなこともせず、斎藤は部屋に入り手に持っていた風呂敷包みを彼女の寝ている傍に置いた。
 「ご迷惑をかけて申し訳ありませんが、を暫しよろしくお願いします」
 最初からそうするつもりだったのだろう、斎藤は両手を畳につき土方に対して深々と頭を下げた。
 「あ、ああ」
 土方は返事をしながら、斎藤が頭を下げているうちに乾いた唇を指でぬぐった。


 「・・・ん・・・」
 多少気まずい空気が解消されたところで、彼女が目を覚ました。
 ゆっくりと瞬きをしている。
 「気がついたか」
 斎藤が先に声をかけた。
 「・・・私、どうして・・・横に・・・」
 まだ意識は完全にはっきりとしていないものの、今の自分の状況を理解することはできたようだ。
 「急に倒れた。気分はどうだ」
 斎藤は覗き込むこともなく、きちっと正座をして彼女に語りかけた。
 「なんだか・・・気持ち悪いです・・・酔ったみたいに」
 彼女は言い終わると、気分が悪いのを耐えるように固く目を瞑った。
 それを見て斎藤が視線だけを土方のほうに向ける。
 土方はばつが悪そうに視線を受け流した。

 「風呂を沸かしてくる」
 斎藤はすっと立ち上がり、風呂場へ行った。池から上がってきた彼女を鑑みての行動だった。
 その後姿が廊下の奥へ消えるのを確認すると、土方は彼女の方に向き直って言った。

 「いいか、今から十日間、お前は斎藤の従兄弟・山口として過ごすことになった。その間、俺の部屋にいろ。男所帯の屯所内にオンナがいると知れたら事だ、メシは運んでやるからできるだけ他人と関わらないようにしておけ。わかったか?」

 腕組みをして話す土方を見上げて、彼女は腕組みをするのは他人の意見を聞き入れないという姿勢の表れだということをどこかで聞いたな、と思った。
 どの道、このままでは自分には行くところがない。
 有難く受けたほうがよさそうだ。

 「申し訳・・・ありません。よろしくお願いします・・・」
 ふらりと起き上がり、布団の上に手をついて彼女は頭を下げた。

 「あぁ」
 土方は軽く頷いた。
 「お前、名前は何と言う?」
 腕組みをしたまま土方は聞いた。

 「山口と言います」
 彼女が答えた。

 顔が似てるだけでなく、苗字まで一緒なのか。
 「か、わかった」
 土方は苦笑しながら再び頷くと、自分も風呂の様子を見てくると言ってその場を離れた。


 は正座をしたまま、ゆっくりと頭を動かして庭の池に視線を動かした。
 水面を風が滑ってゆき、波紋を作る。
 あそこから、私は―――


 とりあえず、十日。
 十日経ったら、戻ることが出来るかもしれない。
 は唇をぐっと噛み締めた。




 20070611