時渡り、神隠し 3
私は池を背にして正座を余儀なくされ、目の前の縁側に剣を手にした人と目の細い人が腰掛けた。
時代劇で見たことのあるアレと少し似ている。
裁きの場であるお白洲と。
剣を手にした人は、目の細い人に諌められて渋々ながら剣を収めてくれた。
だが、先ほど私に向けられた鋭い眼光はそのままだった。
「・・・・・・」
沈黙が訪れた。
どうしたらいいのかわからないのは、ここにいる皆一緒らしい。
「・・・副長、とりあえず話だけでも聞いてやりませんか」
沈黙を破ったのは目の細い人だった。
「何?」
剣を収めた人が言った。
眉間には思いっきり皺が寄っている。
「斬っちまえばいいじゃねぇか。充分不審人物だ」
「まあ待ってください。すべて話を聞いてからでも遅くはないでしょう」
そう、ちょっと待ってほしい。
「アンタ、できる限りでいい。どうしてこうなったのか話してくれないか?」
目の細い人は私に向き直り、そう言った。
私はそれしか出来ないから、自分がどうやってここに現れたのかを話すことにした。
私の話を聞いて、ふたりは同じように訝しげな顔をした。
旅行で京都に来ていたこと。旅館で池に落ちたこと。
しばらく暗い空間を漂っていて、現れた光に向かって泳いでいったこと。
光から顔を出したら、剣を収めた人に引っ張りあげられたこと。
そして今こうしていること。
「信じられなくても仕方がないと思いますが、私も信じられません」
うまく説明できたとしても、到底信用してもらえる話ではない。
でも、私にとっては真実だ。
「こちらの事情も説明せねばならないだろうな」
目の細い人が居住まいを正し、口を開いた。
目の細い人は、斎藤一と名乗った。
促されて、剣を納めた人も名乗る。
土方歳三、と。
どこかで聞いた名前だ。
斎藤と名乗った人が、話を始めた。
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「はじめ兄ィーっ!」
彼の従兄弟、山口は、彼の姿を認めるなり猛スピードで彼に飛びついてきた。
かろうじて受け止めると、彼に向かってこう言ったのだそうだ。
「はじめ兄ィ、江戸からこっちへ出てきたんだってね!叔父上からの文で知って、俺、驚いたよ。江戸よりも近くなって、
あまりに嬉しかったから会いに来たんだ!」
叔父上というのはつまり、彼の父のことで、息子が上京するのでもし頼ってきたらよろしく頼むとのことを 従兄弟の母、斎藤の父の妹
に書いて手紙を送ったのだという。
それを読んだ従兄弟が、幼いころから彼を慕う気持ちひとつで明石藩(現代の兵庫県明石市辺り)から会いに来たとのことだった。
従兄弟が来たとき、その場に居合わせたのが土方だったため、を紹介した。
礼儀も何も無い登場の仕方に面食らった土方だが、一応客人である。
斎藤と共にの一方的なおしゃべりに付き合っていた。
「失礼、ちょっと厠へ」
と言って、斉藤はその場をはずす。
ひとりでぺらぺらとしゃべっていると、の目にきらりと光るものが飛び込んできた。
それは、土方の部屋の前にある池だった。
その光り方が、の目にはとても惹かれるものとして映った。
「土方さん?アレ何?」
すっかりタメ口で話しかけるが、その光の根源を確かめようとして池の淵の石に足をかけた瞬間、
彼は、池に落ちたのだ。
やりやがった、と思いつつ、斎藤がいない間に何かあったら自分の責任だとも思った土方は従兄弟殿の襟首をぐっと掴んで引っ張り上げて
やった。
ところが引き上げてみたら、
服装も、
髪型も、
性別すらも違う、
全くの別人が突然現れた。
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「・・・俺の従兄弟はどうなったと思う?」
斎藤さんが尋ねた。
私と入れ違うようにして落ちた池から姿を消した、彼の従兄弟。
もしかしたら、私と同じように、かもしれない。
しかし私はどうと言うこともできなかった。
自分の状況を把握するだけでも精一杯の状態だと言うのに、憶測だけで迂闊な事は言葉にしたくない。
「お前の従兄弟はいつまでここにいるつもりだったんだ?」
土方と名乗った人がため息をつきながら細い目の人に話しかけた。
「十日ほどいるつもりだと聞いていました」
斎藤さんが答える。
「・・・わかった」
土方さんが伏し目がちに言った。
「とりあえず十日、ここにいろ。斎藤の従兄弟が帰ってくるのを待つ」
「副長」
「仕方ねぇだろ、俺の目の前でこうなっちまった以上、どうしろって言うんだ」
「それはそうですが・・・」
「男の着物を着せて、俺の部屋でじっとしてりゃ十日ぐらいやり過ごせるだろう」
勝手に私のことが決められていく。
眩暈がしてきた。
「いいかお前、聞いてたか?」
土方さんが私に話し掛けた。
なんだか目の前がぐるぐる回る。
「おい」
また土方さんの声がした。
「・・・っ」
眩暈が止まらない。
私は、二人の男の人の声がかわるがわる聞こえる中で、意識を失った。
20070611