時渡り、神隠し 2
体が暗い水の底に引き込まれてゆく感覚。
このままでは、と思いつつも、私はその流れに抗えずにいた。
しばらくすると平衡感覚を失ってきて、もう自分の体が上を向いているのか下を向いているのか分からなくなった。
いったいどこまで潜っていくのだろう?
不思議と呼吸は不自由しないのだが、体がまったく動かせない。
指一本も動かせないほど脱力している。
果たしてここが水の中なのかどうかも分からなくなってきた頃、頭の上でぼんやりと光るものが見えてきた。
あの光の外に。
そう直感した瞬間、僅かに手足に力が戻ってきた。
何の根拠もなかったが、上で導くように放たれている光に向かって、私は懸命に向かって泳ぎだした。
あの光に向かって。
やっとのことで水面にたどり着いた。
肺に空気が流れ込む。
今までいた水の中ではちっとも苦しくなかったのに、急に咳き込んだ。
まるで、溺れた時のように。
「う、ゲホッ、ゲホッ」
「オイ、大丈夫か?」
母がホテルの従業員でも呼んできてくれたのだろうか、男の人の声がした。
そしてまだ水から頭だけしかだしていない私の襟首を掴んで、
いささか乱暴に水から引き上げてくれた。
私は襟を掴まれたことでまた咽た。
土の上に片手を付いて咳き込んでいる私を、その男の人は覗き込んだ。
「・・・!?」
一瞬、たじろいだような気配を感じた。
「貴様、何者だ!」
人に何かを尋ねるというよりも、脅すような声色だった。
その男の人は素早い動きで立ち上がり、聞いたことのない音を立てて私の目の前に何かを突きつけた。
理解するまでにしばらくかかったが、
それは、
時代劇でしか見たことの無い、刀だった。
「副長、失礼しました」
と、また別の男の人の声がした。
だが、自分の目の前に冷たく固い光を放つ刃物を突きつけられて、私は全くそちらを向くことができなかった。
余所見をしたら、この刀に貫かれそうで。
「おい斎藤」
私に刀を突きつけている男の人は、切っ先を微動だにせず後からやってきた男の人に話し掛けた。
「貴様の従兄弟とやらは、妖術使いか何かか?」
土を踏みしめる音が近づいてきた。
後から来た男の人がこちらにやってきたようだ。
「何のことで?・・・それと、何をやってるんです?」
「見りゃあわかるだろ?貴様の従兄弟がおかしいんだよ!」
未だ刀を私から逸らすことなく、かの人は怒鳴った。
後から来た男の人は、かがんで私の顔を覗き込んだ。
訝しげに私の顔を見る。
ここで私はようやく顔を動かすことが出来た。
私の顔を覗き込んでいる男の人と目が合う。
細い目だった。
そしてその人は、ゆっくりと視線を動かし、私の体を見た。
20070530