冬桜
沖田は届けられた文の中を見て肩を落とした。
神谷が三日間の居続けで屯所から離れているのだが、居続け先の里から、帰営を一日延ばして欲しいとの言付けだった。
月に一度、三日間の泊まり。それは神谷が女子であることを隠すための必要条件。
彼女が性別を偽って新選組に在籍していることを、沖田は承知している。
沖田だけが、承知している。
きっと休みの根源である“お馬”が酷いのだろう。
たったの三日で終わるものではないと、お里から聞いたことがある。
帰ってきたばかりの神谷が、酷い顔色をしているのを何度か見たこともある。
血の気が失せた、青白い顔を。
無理をしなくていいとそのたびに言ってきた。
しかし神谷は大丈夫だと言って聞かなかった。
それが今回は延長を求めてくるなど、余程酷いに違いない。
ゆっくり休んでくればいいと沖田は思う。
土方には神谷の具合が悪くなったので一日帰営を伸ばすと自分から断りを入れればいい。
土方は甘やかすなと言って舌打ちするだろう。だがそこで承諾しない相手ではない。
ただ、と沖田は白く長い息をついた。
神谷が明日戻ってくると思っていたので、寂しい。
明日は巡察が休みだから、とある場所へ一緒に行こうと思っていた。
体が多少辛くても、屯所に戻ってこられるぐらいなら散歩がてら行ける、あの場所へ。
延長の申し出は、すっかりそのつもりでいた沖田の心を沈み込ませた。
沖田は神谷の件を告げようと立ち上がる。
一番隊の部屋の障子を無造作に開くと、そこにが――がいた。
外からの帰りのようで、風呂敷包みを手にしていた。
は急に障子が開いたことに驚いたようで、目をぱちくりとさせている。
「あ、さん、びっくりさせちゃいましたか?」
沖田はくせのある髪をくしゃくしゃとかいて、ごめんなさいと謝罪した。
「いいえ、大丈夫です」
驚いたことは見え見えなのに、は取り繕うように笑顔を見せる。
その輪郭が神谷と少し被っているように感じられ、沖田はふと笑った。
「それ、何ですか?」
沖田はが持っているものを指さす。
指さした先には、短い木の枝があった。
枝には花が咲いている。この時期に花つきとは珍しい。
薄い花びらが柔らかく重なり、可憐な姿を見せている。
「通りすがりにいただいたんです」
は枝を手に入れた経緯を話し始めた。
「お寺の塀からこの枝が伸びていて、寒いのに珍しいなって思って見ていたら、ご住職が出てこられて。
外に枝が伸びすぎだからって切って、私にくださったんです。家に飾るようにと」
「よかったですね。で、これ、何の花なんです?」
「十月桜、と言うそうです。春まで咲く桜なんだそうですよ」
「春まで…」
沖田はその言葉にふと繋がりを感じた。
今の今まで、明日神谷と一緒に行こうと考えていた場所に眠る男と、その花の繋がりを。
かつてその男は壬生浪士組の局長だった。
春に咲くのが当たり前の桜だが、まったく正反対の季節に咲く種類もあり、それを見に行こうと沖田は約束した。
鮮やかな紅葉や全てを白く染める雪も意に介さず咲き誇るその姿は凛々しい武士の様だから、見に行ってみようと。
数刻後には自ら手に掛けて返り血を浴びた相手に、約束したのだ。
「…沖田さん?」
口を閉ざした沖田に、が声を掛ける。
沖田は我に返った。
しかし、今度はが沖田の後ろを見て声を止めた。
「さん?」
「神谷さん、お帰りなさい」
「え?」
沖田はまさかと思いながらばっと振り返った。
「ただいま戻りました−!」
本当に、沖田の後ろに神谷がいた。
「え…神谷さん? どうして…もう一泊してくるんじゃ…」
今さっき里からの書状を受け取った沖田は、神谷が帰ってきたことに目を瞬かせた。
「ああ、お里さんですね? ちょっとめまいがしたからってもう一日泊まってけって…大丈夫なのに」
ほら、と神谷は勢いよく腕を振り回す。が、すぐにふらりと足下を乱した。
「大丈夫ですか? あなたすぐ無理するんですから」
沖田が神谷の腕を掴んで言う。
「さん、この枝もらっていいですか?」
反対の腕で、沖田はの持つ枝をそっと握る。
「あ…はい、いいですよ」
はほんの少しだけ逡巡した。
「あれ、もしかしてこれ副長室に飾るつもりでした?」
戸惑いを受け取り、沖田が聞く。
「そうしようかと思っていましたけど、構いませんよ」
言い当てられたは、別に土方に持ち帰りを約束したわけでもないので手を振った。
「ありがとうございます」
沖田はにっこりと笑って枝を受け取った。
「神谷さん、明日はもう一日ゆっくりしなさい。巡察もないし」
「はい…」
「それで、お散歩しましょう。芹沢さんのお墓参りに行きませんか?」
「はい、喜んでお供いたします!」
「さんもどうですか?」
「すみません、私は仕事があるので…」
「そうですか、じゃあ神谷さんと二人で行きます」
「私の分も手を合わせて置いていただけますか?」
「もちろんです!」
沖田は神谷の腕を支えたまま、一番隊の部屋に戻っていく。
は仲の良い二人の後ろ姿に微笑ましい視線を送った。
翌日早朝、壬生寺の一角にある墓の前で、大きな背中と小さな背中が腰を下ろした。
局長であった男の墓前には、短く手折られた冬桜が竹筒に入れて立てられている。
沖田は土方にこの枝を見せようとしたには悪かったが、今回はどうしてもこれが欲しかった。
(芹沢さん…)
沖田は手のひらから指先までぴたりと合わせて、その名を呼ぶ。
(一緒に見に行く約束は果たせなかったけれども、今ここにこれを手向けることで、許してもらえませんかね?)
許してもらえるわけないか、と沖田は一人ごちた。
「わっ」
急に風が地面をさらい、埃を巻き上げる。
その風に乗って冬桜がかたかたっと竹筒の縁を叩いた。
「いたずらな風でしたね」
神谷が手で髪をなでつける。
「…そうですね」
沖田も顔を拭い、ふふっと笑った。
そして帰りましょうと神谷を促し、立ち上がる。
答えてくれたんですか、芹沢さん。
きっとそうなんでしょう、風に姿を借りて。
沖田は神谷と並んで歩きながら、芹沢の墓を振り返る。
何も言わぬはずの墓石が、ほんの少しその身を揺すったように見えた。
20101230