久遠の空 ドリーム小説 短編 二人組の余興

短編 〜二人組の余興〜



 夜、は食事を終え、井戸端で歯を磨いて土方の部屋へ戻ってきた。後は荷物の確認と身支度をして、明日黒谷へ向かう準備をしたら 風呂に入って床に就くだけだ。は特別に持って行くものがないか思い返しながら、部屋の障子を開いた。

 「お前、そんなことを丸一日考えてたのか」
 土方の不機嫌そうな声がの耳に飛び込んできた。
 「へっへー、いい考えだろ? 土方さんも楽しもうぜ、行くって言ったんだからな」
 原田が小さな布の袋に手を突っ込みながらにやにやと笑う。
 「行くこた行くが、俺はやらんぞ、そんなこと」
 ざっと土方は立ち上がった。
 「只今戻りました。どちらへ?」
 は状況を把握しようと、土方の表情と室内の様子を交互に見比べる。
 「厠だ。お前もくだらねえことには加わるんじゃねえぞ」
 土方は部屋の入り口で立ちすくむの横を通って、廊下の向こうへと消えて行った。


 「、お前、早く引け!」
 きょとんとしているを、原田は部屋の中に引っ張り込む。そしてを自分の隣に座らせ、目の前に袋を突き出した。
 「何ですか、これ」
 中身の見えないそれに、は少しだけ眉を寄せる。
 「今度な、試衛館の連中だけで年忘れの席を設けるんだけどよ、そん時皆に余興をやってもらおうと思って」
 原田が袋を振ると、中からかさかさと紙の擦れる音がした。
 「ただ自分たちで用意したものを見るんじゃ面白くねえから、この中に書いてあることを二人一組でやってもらうことにしたんだ。な、ぱっつあん」
 と原田が後ろを向くと、苦笑いを浮かべる永倉の顔があった。

 じっと袋を見つめ、は口を開いた。
 「私は試衛館出身ではないので、出席出来ませんけど…」
 要するに忘年会の出し物を決めるわけだが、それ以前に自分は近藤を主とする試衛館の門人でも食客でもない。 仲間だけで集まる席に交わる資格などないのだ。よってこのくじを引くことは出来ない。
 「固いこと言ってんじゃねーよ、斎藤とか、神谷も総司と一緒に来るんだぜ? お前も土方さんの小姓なんだから来い!」
 原田はの肩を抱くと、そのままわしゃわしゃと髪をかき乱した。
 「わ…わかりました。土方さんがいいとおっしゃるなら出席させていただきます」
 「よしよし、土方さんが駄目っつーわけねえからな。お前も出席な」
 は畳の上に荷物を置き、髪を手ぐしで直す。どうやら大部分は試衛館出身者であっても、結局は気のおけない 仲間で飲み食いする席のようである。せっかく誘われたので、は出席することにした。
 原田はの返事に頷くと、先ほどの袋をまたの目の前に出してきた。

 「最後にこのくじを回しに来て変なモン当たったら、土方さん絶対に仕組んだとか文句言うだろ? だから最初に来てやったのによ」
 永倉もの側に寄ってきた。
 は永倉の言葉に頷きながらも、“変なモン”という可能性に何かを感じた。
 「ま、気楽に引いてみろ。たまにはお前も面白えことしろや」
 ぽんぽんと永倉に背中を叩かれ、は仕方なく袋の中に手を入れた。

 小さく折られた紙がいくつも手に触れる。永倉が最初に持ってきたという台詞に嘘はなさそうだった。
 ふと顔を上げると、原田と永倉が何を引くかと期待に充ち満ちた目で自分を見ている。
 は掌に潜り込んできた紙を軽く握ると、袋から手を引き抜いた。




 土方が厠から戻ってくると、ちょうど原田と永倉が部屋から出てきたところにかち合った。
 ゲラゲラと笑う二人に、土方は訝しげな視線を向ける。
 「よ、土方さん! 頑張れよ!」
 原田が土方の肩をばんばんと叩いた。
 「選択肢が多いうちに来てやったんだからな、諦めて練習することだな、うん」
 永倉も懸命に笑いを堪えながら土方の前で頷いた。
 「“どうしても土方さんとやりたいです、いいですか?”って頼んだのあの姿、くく…」
 「どっか必死っぽいところがな、笑えたよなあ」
 「あ?」
 何のことか理解できず、土方は眉間に谷を作る。
 「よーし、次は誰行くか?」
 「斎藤あたりがいいんじゃねえか?」
 原田と永倉は、気味が悪いほど軽い足取りで次のくじ引きへと向かって行った。


 土方は首を傾げながら部屋に入った。
 がぺたりと座り込んで自分を見上げている。
 「…土方さん、お願いがあります」
 「何だ」
 眉を寄せるに、土方は一抹の不安がよぎるのを感じた。
 「これ…」
 と言っては土方の前に小さな紙を広げる。
 そこに書かれていた小汚い文字は、間違いなく原田のもので。


 が引いた紙に書かれていたのは、“二人羽織”だった。
 羽織を来た背中にもうひとりが入り、前の人間にあれこれするアレである。
 原田と永倉は余興になるものをピンからキリまで考えた。そのうちのピン(いや、キリかもしれない)がこの二人羽織だったのだ。
 折角これが当たらないようにと気を遣って土方のくじ引きを最初にしたのによりにもよってと、二人は笑わずにはいられなかった。


 「お前…あれほどくだらねえことには加わるなっつったじゃねえか!」
 土方は瞬時に理解して怒鳴りつけた。
 があの二人の“くだらねえ”餌食になってしまったことを。




 その翌日。
 黒谷から戻ってきたは、部屋で土方と相対して座った。
 「すみません、くじ運悪くて…」
 は俯く。
 「今更仕方がねえだろ。ぐだぐだ言ってるより、うんとうまくやって奴らの鼻を明かしてやろうじゃねえか」
 土方はフンと鼻を鳴らした。
 「じゃあ…よろしくお願いします」
 が手をついて頭を下げる。
 土方は鷹揚に頷き返した。

 早速、夕餉で練習することにした。
 「どちらが後ろになりますか?」
 今晩のおかずは野菜の煮物だ。それに目を落とし、後ろの者が箸でつまんで前の者に食べさせる光景を思い浮かべながらは聞く。
 「めんどくせえ、お前がやれ」
 土方は溜息をつくと、自分の膳の前に胡座をかいて座り込んだ。
 「はい。では失礼しますね」
 は土方の背後に回った。

 本来ならばが後ろに陣取り、土方は羽織を肩に掛け、前に回ってきた羽織の前を合わせて手が見えないようにするのだが、 まずは練習のために羽織なしでやってみることにした。



 「…おい、そこじゃねえ」
 「は、はい、わかってます」
 「芋を落としたぞ。どこに目えつけてやってんだ」
 「ごめんなさい」
 「見えてんのにどうしてそうなる」
 「すみません。あの、もうちょっとくっついてもいいですか?」
 「ああ」
 「よいしょっと…」


 「…おい」
 「はい?」
 「やっぱり俺が後ろに行く。お前が前だ」
 「どうしてですか? 今けっこううまくいったと思うんですけど」
 「余計なこと聞くんじゃねえ。俺がそうするつったらそうするんだ」
 「はい、お願い、します…?」
 「こんなの難しくねえだろ、羽織着てやるからな。うまくいきゃあ練習なんかすぐ終わらせるぞ」
 「はい」


 「土方さん?」
 「何だ」
 「…そこ、違うんですけど…」




 二人は本番の日まで猛練習を重ねた。
 前川邸で練習していると、すでに内容を知っている者たちが面白半分に覗きに来るようになった。なので土方は夕刻になると前川邸を抜け出し、 黒谷帰りのと待ち合わせてどこかで練習してくるようになった。さすがにそこまでは誰もつけようとせず、二人は安心して練習することが出来た。






 そして本番当日。
 試衛館出身の面々(と、異なるもの数名)は、それぞれの仕事が終わると三々五々、会場である茶屋に集まった。
 も黒谷での授業を終えるとすぐに駆けつけ、土方の隣に座った。

 まずは皆で食事をした。
 近藤が今年一年について述べる。上洛して二年目であり、巡察や探索が以前より格段に機能してきたことや、それにより自分たちの預かり主である会津藩主・ 松平容保の信頼を得てきていることをとても嬉しく思うこと。
 そして池田屋事件。
 敵も味方も多くの血を流し、傷つき倒れた。が、新選組の武勇は京の隅々まで届き、不逞浪士どもを震え上がらせた。
 その後に続いた禁門の変でも新選組は出陣し、都の守りと事後処理に追われた。
 近藤から皆に労いの言葉が掛けられる。

 差しつ差されつで宴が始まった。
 飲める者はおおいに飲み、飲めぬ者は唇を湿らすにとどまる。
 も銚子を持って酒を注いで回ったが返杯を受けることはせず、茶ばかり飲んでいた。



 腹もくちくなり、酔いもほどよく回ってきたところで出し物となった。
 順番はまたくじ引きで決め、土方とは最後になった。

 一番初めに、沖田と井上の芸が披露された。
 沖田は彼らしく「剣術」のくじを引いた。相手に井上を指名して天然理心流の型を見せ、塾頭らしい姿と年長者の技を余すところなく示した。

 次は山南と神谷が組み、「書」の実演である。
 神谷が宴席の中央に長い下敷きと画仙紙を用意した。紙は六尺もあり、山南の背丈よりも大きい。
 たすき掛けをした山南はその紙の端に手をついた。すると下から上へと反対に紙を遡りながら文字を書いていった。
 どういう手管なのか、墨の濃淡や掠れ具合もまるで普通に上から書いたように見える。
 山南の器用な芸当に場が沸いた。

 続いて永倉と原田と藤堂は一人余るため三人で「腹芸」を行った。
 周りからは「得意技でずるい」との声が上がったが、くじに細工をしたり引き方に如何様はしていない。
 沖田たちとは趣向が異なったが、こちらも彼ららしく腹に顔を描き、愉快な踊りを見せた。

 斎藤は近藤と組んで「何か一曲」のお披露目である。
 斎藤が三味線を弾き、近藤が歌った。斎藤に三味線の芸当があるなど誰も知らなかったが、いつも意外なことをやってのけるこの男のことなので皆が納得した。
 近藤も太い声でしっかりと歌い、貫禄を示した。


 ついにと土方の番になった。
 二人は宴席の前に立てられた屏風の裏で準備し、ひとつの羽織に収まると足並みを揃えて場に出た。

 「えっと…じゃあまず、お膳の上のものをいただきます」
 が少々猫背気味になる。後ろの土方への合図だ。土方は羽織に通した手を伸ばし、盆の上に載っている箸を掴んだ。

 そこからは見事なものだった。
 里芋のようにぬめるものも、おひたしのように細長いものも、土方は落とさずこぼさずの口に運び入れた。
 食事の後は茶を飲み、懐紙を取り出して口元をきれいに拭った。

 他にも鋏を使って簡単な切り絵をしたり、何人か前に出てきてもらって酌をしたり。
 土方の巧みさと、の次の行動に移る頃合いを見計っての指示出しは完璧だった。


 一通り終わったと思われるところで、と土方がぼそぼそと話し始めた。
 が何かを言ったところで土方が強く返したらしい。は不本意そうに肩を落とすと、前を向いた。

 「では最後にもうひとつ。お手数ですが、どなたか窓を開けてくださいますか?」
 が窓の方向に首を向けると、その方向を土方の指が指し示す。神谷がさっと立ち上がって、言われたとおりに窓を開け放った。
 「原田さん、永倉さん。窓の前にお座りください」
 「おお」
 「はいよっと」
 が言うと、原田と永倉は窓の前に移動した。
 「これ、頭の上に載せてください」
 ずりずりとと土方が二人の前に移って、袂から取り出したりんごをひとつずつ手渡した。

 「何すんだ? これで」
 原田が首を傾げる。
 「お前ら、よくも今回こんなことを考えついてくれたな。その礼だ」
 土方がの後ろからくぐもった声で言った。
 「…ということらしいです。今からお二人の頭上のりんごめがけて、この扇を投げます」
 の懐から、扇が二本抜き取られた。

 原田と永倉はくつくつと笑いながら正座し、頭の上にりんごを載せた。
 ぴしりと伸びた姿勢に、りんごについている葉は微動だもしない。
 が土方にだけ聞こえるほどの小さな声で位置を教える。

 土方は閉じたままの扇を真っ直ぐに投げた。
 扇はこつ、こつ、と額の真ん中を直撃し、二人は「イテテ」と言いながらそこを押さえた。
 だが所詮はただの扇である。少々痛いだけだ。こんな程度の罰ならばいいだろうと、原田も永倉も笑った。


 その刹那。
 ばっと羽織が宙を舞い、土方がから離れた。
 は懐から何かを抜き取ると片膝をつき、両腕を伸ばしてそれを構える。

 皆の目がの腕の先に向けられる。
 鈍い銀色に光る短筒がそこにあった。
 撃鉄を起こす音がかちりとした直後、鋭い銃声が室内に満ちた。


 どさ、と羽織が畳の上に落ちたとの、二度にわたる銃声が止んだのは同時だった。
 リンゴは無傷のまま、原田と永倉の傍らにごろりと転がり落ちる。
 「ひっ…土方さんっ…」
 何てことをするんだと、首謀者二人は涙目で土方を見た。
 土方は立ち上がり、羽織を被って乱れた髪を整えながら原田たちを喉で笑って見下ろした。
 「大丈夫ですか?」
 が短筒を懐紙に載せて畳に置き、二人に駆け寄った。
 「お、お、お前まで何でこんなっ」
 永倉がにしがみつく。
 「私は嫌だって言ったんですけど…ごめんなさい。一応当たらないところは狙いました」
 は二人の頭を確かめながら謝った。
 他の皆も呆然としていたが、原田を永倉が無事だったのを受けてほっとした。


 「何もなかったからよかったものの、トシ、いくら何でもやり過ぎじゃないか」
 珍しく近藤が土方をたしなめた。
 「そうだよ土方君、もし当たったらどうするつもりだったんだい」
 横から山南も口を出した。
 土方は何でもなさそうに席に戻る。

 原田と永倉の手元には、転がったりんごが渡されていた。
 その先端についている葉は紙で出来ており、が手でつけたと一目でわかるものだった。撃つ際の目印である。
 まかり間違っても本当に当てることは出来ない。反動も計算に入れた上でその葉から上を狙えば当たらないようにとの配慮だった。
 一方のりんごの葉は先端が丸く欠けており、もう一方は右斜め上に同じ欠損が出来ていた。
 銃弾の跡だった。

 「いい余興だったろ」
 土方がくっと笑い、自分の膳にある茶を飲み干した。
 は何度も謝りながら、原田と永倉に酒を注いでいる。
 最初は驚いてあれこれ言っていた二人だったが、やがて許してやらあと笑い始めた。
 その笑い声に場は元の雰囲気を取り戻し、再び楽しい酒宴となった。



 「土方さん」
 いつの間にか、土方の隣に斎藤が来ていた。
 「どうしてこのような暴挙に出られたのか不思議なんですが」
 ぼそりと小さな口から小さな疑問がもたらされる。
 土方はじろりと斎藤を睨み付けた。
 「まさか二人きりで練習中にうっかりのどこかを触ってしまい、妙な空気になって…責任転嫁ですかな」
 斎藤の問いに土方はぐっと言葉に詰まり、有らぬ方を向く。
 「おや、図星」
 「う、うるせえ、そんなことねえ」
 土方は箸を掴むと、膳の上の小鉢に手を伸ばした。中身をつまむと口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。
 斎藤は口の端に一瞬だけ笑みを上らせ、酒を呷った。



 年忘れの席はどんちゃん騒ぎになり、夜もかなり更けてからお開きとなった。
 耳がきんと痛くなるような冬の夜気に、提灯を持つ手も震える。
 「お疲れ様でした」
 は列の一番後ろを歩きながら、土方に頭を下げた。
 「ったく、お前はいつも厄介事ばかり俺に押しつけやがって」
 土方は白い息を吐いてを下目で見る。
 「本当に…」
 苦笑いに合わせて、の口元からふわふわと綿のような息が上がった。

 前の方では、酔っぱらった数人が肩を組んで、千鳥足で歩いている。
 「来年もご迷惑をおかけするかもしれませんね」
 が提灯で足元を照らす。
 「これ以上かけられてたまるか。てめえ一人で何とかしやがれ」
 土方がの頭を小突き、影が揺れる。
 「はい…善処します」
 「馬鹿野郎、なんだその曖昧な返事は」
 「すみません、ふふ」
 「あーやってらんねえ、まったく」


 は来年もまた寄りかかって怒られながら過ごしていくのだろうと、隣を歩く土方を仰ぎ見た。
 視線に気づいたのか、土方がを見遣る。
 小首を傾げて微かに笑うと、相手は外方を向いた。




 空には星が無数に瞬いている。
 その光は空の下を歩く背中を照らすように、冷たい空気の中で強く輝いていた。








 20091228

Have a nice year.