インターミッション 〜不憫な二人〜
は風呂の戸に突っかえ棒をし、服を脱ぐ。
手ぬぐいを持つと、湯気に煙る浴場へ入っていった。
体を洗ってざぶりと湯につかる。
ぽたりぽたりと天井から水が滴り落ちる音を聞きながら、は土方の言葉を思い出した。
(…なら、とっとと元の時代に帰ってくれたほうが)
はあ、とため息をつく。
苦い。
湯の表面がさざ波だつ。
土方に迷惑をかけているのは重々承知だ。彼の庇護の元、守られているのもわかっている。なかなか形にすることは出来ないけれど、いつも感謝の気持ちでいっぱいだ。
出来る限り自分のことは自分でするようにしているつもりだし、言われたことは手伝っている。副長室で知り得た秘密は漏らさないように気をつけている。
好かれようなんて思わない。
迷惑がられても仕方がない。
でも、それを土方自身の口から聞くとは思ってもみなかった。
ずるずると体勢を崩して俯くと、顔が湯に沈む。
は息の続く限りそのままでいた。
時折肩が震えるのは、息が苦しいせいだと自分に言い聞かせながら。
は若干のぼせ気味になり、ぼんやりしながら土方の部屋へ戻ってきた。
部屋の前で一度立ち止まり、障子に手をかける。
部屋に入ったら布団をのべて、すぐに寝てしまおう。はそう決め、ゆっくりと障子を開いた。
すっかり暗くなった部屋の中には、すでに二人分の布団が用意されていた。そして奥の布団には土方が横になっていた。
は足音を潜めて中に入り、障子を閉める。
土方が寝てしまっていてよかった。今夜はどうにも気まずい。
今夜は自分もこのまま寝て、明日の朝は何事もなかったかのようにしよう。
布団をかぶった土方の背を眺めながら、は自分の布団の端をめくり、横になろうとした。
すっと。
隣の布団から腕が伸びてきて、大きな手がの腕をむずと掴む。
そしてそのままは土方の布団に引きずり込まれた。
突然のことではあらがうことも出来ず、すっぽりと土方に抱きしめられた。
先ほどの土方の言葉に軋んだ心へ、土方の温かさがしみてくる。
自分のことは邪魔だと思っているはずなのに、この土方の行動は何なのだろうとは思案する。だが、答えが見つからない。
どれほどそうしていただろう。
体温の心地よさには目を細める。
土方の口がの耳元に寄り、静かに囁いた。
「…さっきの、な」
その声に、はどきりとした。
重たく、掠れている。
謝ろうとしてくれているのだろうか。
「土方さん…」
土方は微動だにしない。
は土方の袖をゆるりと握った。
「土方さんのお考えは正しいです。厄介な荷物を背負っているんですから」
も土方の耳元で小さく言う。
「…これ以上、ご迷惑をかけないように気をつけます」
まるで、自分自身に言い聞かせるようには続けた。
「それに、さっきも言いましたけど、自分でも早く帰らなきゃいけないことは」
「人の話も聞かねえで、勝手にしゃべってんじゃねえよ」
土方がの言葉を遮り、低く言った。
「す、すみません」
は首を竦め、口を噤む。
二人の間に、再び静寂の時が流れる。
暖かい布団の中と、とくりとくりと脈打つ土方の心音に、はますますぼんやりとしてきた。
「覚えてるか」
土方の声に、の意識は引き戻される。
「ここにいろ、と言ったはずだ」
は記憶の底をさらった。
それはこの時代に飛ばされてすぐの頃。
もう元の時代には戻れないかもしれないとわかったあの時。
愕然とする自分に土方が投げかけてくれた言葉だった。
「覚えてます」
は頷く。
「なら、それでいい」
土方はの体をより近くに引き寄せた。
強引なその腕が、信じられないほど優しくて。
謝罪の言葉はないし、暗くて表情も見えないけれど、腕がすべてを語っているような気がして。
は目を閉じた。
優しく温かい腕に。
おとなしく収まっている体に。
安堵したのはどちらなのだろう。
外の雨は夜半に止んだ。
それは二人がともに眠りの淵に落ちたのと同じ頃だった。
了
20101021