お前への不満×20 15.ぎくしゃくするな、こっちまで照れる
たまには俺の妾宅に来ないか、と近藤さんに誘われた。
はじめに声を掛けられたのは俺だが、
一緒に副長室にいたお前、
そして狙ったかのようにその場へ現れた総司、
総司の後ろについてきた神谷。
結局、総勢五名でぞろぞろと妾宅へ歩いて行った。
近藤さんの妾のお孝は、突然押しかけた俺たちに嫌な顔一つせず、
幼さの残る笑顔で座敷へと案内した。
お孝が廊下を歩きながら言う。
客が来るのは久しぶりなのだと。
やたらに声がはしゃいでいた。
お孝は茶を注ぎ、菓子を広げ、よくしゃべった。
神谷が相づちを打ち、話に加わる。
お前は口を挟むことはないものの、耳を傾けて、いちいち頷いている。
近藤さんはお孝に温かい眼差しを向けていたが、
酒でも買ってくるとお孝に告げて立ち上がった。
俺と総司もすぐさま腰を上げ、
お酒ならありますよと引き留めるお孝を残し、妾宅を出た。
俺たちはぶらぶらと歩き、少し遠い酒屋を目指した。
近藤さんの魂胆は分かってる。
お孝に気兼ねなくしゃべってもらいたいのだろう。
仲違いで姉を失い、主人の近藤さんは屯所に詰め切りの時もある。
大げさすぎるほど明るいお孝の様子に、寂しさが見えた気がした。
妾宅からまだ近いところに細い川があり、三人でそこへ座った。
ふと腰をさぐると、煙草入れがない。
まだ妾宅へは戻れる距離だ、俺は二人を待たせて妾宅へ駆けていった。
妾宅の座敷からは明るい笑い声が上がっている。
お孝と神谷の声が主で、お前の声はよく聞こえない。
まあ、お前は元々声がでけえほうじゃねえからな。
少し笑ったぐれえじゃ聞こえるわけもねえ。
煙草入れは縁側にあるだろう。
煙草を喫んでたのが縁側の端っこだから、きっとそこだ。
そう思って縁側に近づくと、やはりそこに俺の煙草入れがあった。
お前ら三人は座敷の中にいて、外には目を向けていない。
今のうちに煙草入れをさっと取って近藤さんたちのところへ戻っちまおう。
俺は気配を消して縁側に近づいた。
「ね、旦那様はとっても素敵な方なんですよ!」
お孝が自慢げに言うのが耳に届く。
旦那様とは当然ながら近藤さんのことだ。
当たり前だ、近藤さん以上の男など滅多にいやしねえ。
俺はうんうんと頷いた。
「沖田様にも久しぶりにお会いしましたけど、
相変わらずお菓子をよく召し上がって」
くすくすとお孝が笑い、
「すみません、すっかり皆さんの分も食べちゃって。
後で代わりのお菓子をお届けしますから〜〜〜」
と神谷が後を受ける。
総司の野郎は食い過ぎだ、まったく。
「山口様は土方様がお好きなんですよね?」
突然自分の名前が出て、俺は足を止める。
「え…」
お前も急に水を向けられ、驚きを声に混ぜた。
「旦那様から時々聞くんですよ、
あの難しい土方様をよーくわかっていらっしゃるって!」
難しいとは失礼だな。
眉間に皺が寄るのが、自分でもわかる。
「ええ、あの…」
お前は言葉を濁す。
そうだ、適当に誤魔化しとけ。
どうせ俺のことなど、拾い主ぐれえににか思ってねえんだから。
「…一番、大切な人ではありますね」
一番?
大切な?
どういう意味だ?
言葉通りに受け取れば都合のいい解釈しか浮かんでこない。
いや、お前のことだからそんなはずはねえ。
どう考えりゃいいんだと思ったら一瞬気が緩んで。
俺は足元の小枝を踏んでしまった。
ぽきりという乾いた音と同時に、
お前ら三人が一斉にこっちを見た。
「土方様?」
「副長、もう戻ってきたんですか?」
「ひ、土方さんっ?」
三者三様の驚きを見せるが、お前の顔が一番変だ。
赤いのか青いのかはっきりしねえ。
俺は黙って煙草入れを取ると、妾宅から近藤さんと総司の居場所へ戻った。
遠回りしながら上等な酒を買い、さらに菓子屋にも寄った。
総司が食い散らかした分を買い足したが、それ以上に買った気がする。
妾宅に戻るとすでに夕餉の支度が調っていて、皆で食事をした。
近藤さんはそのまま妾宅に泊まることになり、
俺とお前、総司と神谷は妾宅を辞して屯所に戻った。
濃い紺色に染まる空に白い星が瞬く。
総司と神谷が先を歩き、俺たちとの間が遠くなる。
「一番ってなどういう意味だ?」
俺たちの声が聞こえないであろうところまで離れたのを見計らい、俺は聞いた。
「さ、さっきの、あれ、ですか? その、あの…」
お前は不意に向こうへと顔を背け、声を小さくした。
こっち向けよ。
俺はお前の肩を掴んだ。
びくりとお前の肩が跳ねる。
「嘘は、言ってません」
振り向きざま、お前は呟いた。
嘘は言ってねえ?
どういうこった?
俺が一番大切って、どんな意味だ?
風が静かに頬を撫でていく。
冷たくて心地よい気がするのは、俺の顔が熱いせいなのか?