久遠の空 ドリーム小説 2012年拍手文 九月 その1

お前への不満×20    14.強くもないのにそんなに飲むな

夕餉が終わった後、俺は副長室で書状に目を通していた。
今日届けられた数の残りは僅かだ。
食休みがてら読んでしまえば、久々に仕事が早く終わる。
賄い方へ膳を返しに行ったお前が戻るまでには片付くだろう。

仕事がこんな順調に進む日なんか滅多にねえ。
そんな今夜は中秋の名月だ。
お前と二人、ゆっくり眺めようと思う。


だが、
「ちょいと、トシさんや」
お前より先に副長室へと顔を出したのは、源さんだった。

源さんは来た廊下を確認すると、俺に盆を差し出す。
盆には徳利と杯。
徳利からは、絶妙な温かさで立ち上る酒の香りがした。

「今、賄い方でトシさんの小姓に会ったんだがのう…」
源さんは、賄い方で顔を合わせたお前の様子を話し出した。


話しかけても、どうにも元気がない。
理由も言わないので心配じゃ。
今夜は幸い月も一年で一番見応えがあるから、
トシさんあんた月を見ながらどうにかしてやってくれ。
他の皆が月見会をするとか言っていたが、
副長室には近づかせないようにしておくからの。

そう言うと源さんは、俺に盆を持たせて去っていった。





お前に元気がねえのは、俺も気付いていた。
俺宛の書状の整理や代筆、隊内の様子見、怪我人病人の手当。
働かせすぎなのはわかっていたが、他に頼める奴がいなかった。

今夜はもう仕事はない。
お前に頼む用事もない。
ふたりで静かに夜を過ごせる。

源さんの心遣いをありがたく思った。
お前が酒に強くないことは源さんも承知だ。
それをわざわざ持ってくるってことは、
使い道を考えろってことでいいんだよな、源さん。




屯所内のどこかで騒ぐ声がしてくる。
早速月見が始まったらしい。
二人の布団を敷き終えると、俺は廊下に出る。
煙草を吹かしていると、お前が戻ってきた。
「あ、お布団すみません、ありがとうございます…」
お前は俺に気付くとお前は無理に笑顔を作る。
「いい満月だ。お前もちっと来い」
俺は自分の隣を指す。
お前は頷いて、おとなしく座った。


満月は毎月巡ってくるが、今宵の月は年に一度と称賛される。
それだけあって、放たれる黄金の光も常より輝きを増しているかのようだ。

心動く光景のはずなのに、お前はただぼんやりと月を眺めている。
目の下にはうっすらくまが出来、肩も落ちて猫背気味。
火を見るよりも明らかな寝不足だ。



「あんまり眠れてねえようだな」
「はい、どうしてだか眠れなくて。おまけに眠りも浅いみたいで」
俺の問いにお前が苦く笑う。

「仕事をこなして疲れているのなら、布団に入って早々に眠るだろ。
惚れた男のことでも考えてやがんのか?」
「違います。それに関しては、土方さんに迷惑はおかけしませんって言ったはずです」
急にきりりとまなじりをつり上げ、お前は俺を見上げる。
静かな目が月の光を反射し、俺に力強い視線を投げかけた。

しばらく黙ってお前の目を見ていたが、お前は瞬きもせず俺を見据える。
縁の下からか、石の影からか、虫の声だけが聞こえてきた。


「そうか」
俺は視線を外し、徳利から盃へ酒をちょろちょろと注いだ。


「答えたくなければこれを飲め。それが返事だと解釈する。
その野郎とはうまくいってんのか?」
「え? 土方さん、私に飲むなって言いませんでしたか?」
「今夜は特別だ。名月に免じて、俺の問いかけに答えねえのは、
酒で許してやる。で、どうなんだ?」

確かに俺はお前に酒を禁じている。
お前は俺が何を考えているのか探るような目つきになったが、
量りかねたようで、盃を手にする。
そしてぐっと一気に酒を呷った。


さっそく黙秘しやがったな。


「その野郎とはどこまでいってんだ?」
「そもそも、お前の気持ちに気付いてんのか?」
「いつもどこで会ってんだ?」
俺は矢継ぎ早に質問を重ねる。
お前はそのたびに、お前らしくない早さで杯を飲み干した。




十も聞いただろうか。
お前は杯をことりと廊下に落とすと俺に寄りかかり、
「もう、駄目です…」
と呟いて眠ってしまった。


源さん、これでいいんだろ。
仕事仕事で真面目すぎるから、終わっても気が昂ぶって眠れない。
酒でも飲んで寝かしちまえってことなんだろ。




腕の中で数日ぶりに深い眠りに入ったお前を見て、
俺も久しぶりに胸元が緩む思いだ。

だが、お前に飲ませるために聞いたあの質問。
ひとつも答えなかったってのはどういうこった?

答えを言わなかったことじゃなく、
お前が答えなかったのが、今更ながら気になってきた。
今夜眠れないのは、どうやら俺のほうらしい。
残りの酒は俺が飲むことにしよう。