久遠の空 ドリーム小説 2012年拍手文 十月 その1

お前への不満×20    16.あんなの生真面目に答えるな

副長室の前の廊下を、しっかりとした足音が通っていく。
あれは総司の足音だ。
俺の部屋を通り過ぎて、その先の局長室の前で音が止まる。
毎朝恒例、局長への朝の挨拶だ。
幹部は全員顔を出しに来るが、総司はいつも一番でやって来る。
ガキの頃からずっと近藤さんを尊敬している奴だからな、
まあ当然と言えば当然だが、律儀だと俺は思う。

そして。
局長室の次に訪れるのは。
「入ります、総司です」
鬼の住処に似つかわしくない爽やかさで、総司は副長室の障子を開いた。


「おはようございます」
「沖田さん、おはようございます」
入室の許可も得ず、ずかずかと入り込む総司に、お前は笑みを向ける。
わかっている。総司だって、勝手に部屋に入っていいか悪いかぐれえ、
部屋の外から判断して入ってるんだってな。
そういった機微に聡いのはいいことだが、他の隊士に示しがつかねえ。
お前もにこやかに返事なんかしてんじゃねえよ。

「おはようございます土方さん、朝から何でそんな渋い顔してるんです?」
「何でもねえ」
俺はゆうべ書いた書状の束を手に取った。
墨が乾いたのを確認し、折っていく。
「お手伝いします」
お前が横からそっと手を伸ばし、同じように書状を形にしていく。
総司ではなく、俺を見ているからこその動作だ。
少しだけ眉間の皺が緩んだ気がした。



折った書状を別の紙で包み、届け先を書く。
「出しておくように小者へ言っとけ」
「かしこまりました」
「私も行きます」
お前が書状を持って立ち上がると、総司もついていった。

試衛館出身の連中はだいたいお前に懐いているが、
その中でも総司は特に気を許しているフシがある。
どう言ったら適切かはわからねえが、
何か俺の知らないことでも共有し合っているかのような、
そんな雰囲気が二人の間に流れているような気がする。

別に。
お前が俺にそれを言わねえと判断したならそれでいいが。



「土方さん、お待たせしました、朝餉です」
書状を小者に頼み、その足で賄い方へ寄って朝餉を持ってきた。
そのお前の後ろに総司がまだいる。
手には自分の分の膳をちゃっかり持っていやがる。
副長室で一緒にメシ食う気だな、俺は二人きりで静かに食いてえのによ。

「お前は一番隊の奴らと一緒に食え」
「もう持ってきちゃいましたし、今日は神谷さんがいないんで」
さっさと三人分の膳を並べ、総司が座る。
「あ?」
「神谷さんはゆうべから例の“居続け”なので」
いぶかる俺に、お前が耳打ちする。
そうか、あの三日間の居続けか。

「ったく、お前もちったあ弟子を見習って、妾のひとりやふたり囲ってみろ」
俺はそう言い放って、用意された茶を一口啜った。
「囲ってない土方さんに言われたくないなあ」
俺の嫌みをさらりと交わし、総司も茶を飲む。

「俺は組をまとめるので忙しいんだ」
「近藤先生には“忙しいからこそ休まる場所が必要だ”って妾宅を持たせたじゃないですか。
土方さんのほうが私より先に妾宅を構えるべきでしょう?」
「うるせえ」
「お小姓さんに聞いてみましょうか。土方さんにいい人はいないんですか?」
問答の果てに、総司は話をお前に振りやがった。


「うーん…どうでしょう、土方さんが直近で遊びに行かれたのはふた月前ですし」



確かにそのぐらい前だが、なぜ覚えている?



「あの日はすごく暑くて、夜の巡察で戻ってきた原田さんの隊が、
井戸で水浴びしたんです。朝になっても井戸端が水浸しでびっくりしたので…」
「あはは、巡察は汗かきますからねえ」

なんだ、そんな理由かと俺は内心胸をなで下ろす。

「そういった方とのお手紙のやり取りもなしですか?」
「ありませんね。書状はすべて私が手配していますから」
「そうですかー…あ、この甘露煮おいしいですね」
総司は小魚の甘露煮に舌鼓を打ち始め、話すのを止めて食事に専念する。
お前も総司の隣で箸を手に取った。


最近遊びに行っていないのは単に忙しいのもある。
が、お前に惚れてることを自覚する度、後ろ暗い気になって、
つい足が遠のいていたのも事実だ。

「土方さん、お茶のお代わり、いかがですか?」
俺の湯飲みを覗き込み、お前は急須を差し出す。
「もらおう」
俺は湯飲みを前に置いた。



香ばしい香りとともに、熱い茶が注がれる。
たまには湯飲みの中のように、俺の心も覗いてくれ。
そして中身も満たしてくれたらと望むのは、贅沢なのだろうか。