お前への不満×20 7.俺のスケジュールを勝手に変えるな
「どうしても、駄目ですか…?」
お前は探るような目で俺を見る。
「駄目に決まってんだろ、外出なんざ。
お前、今自分がどんな状況におかれてんのか、
わかってんだろうな」
薩摩に狙われているこの時分、
どこの馬鹿がひとりで外へ出ようってんだ。
「とにかく、用事があるなら誰かに頼め。お前は外出禁止だ」
「…はい」
「よかったら、俺が聞いてやるが」
「い、いいえ、たいした用事じゃないんで」
ささっと逃げるようにお前は副長室を出て行く。
ちょいと廊下を覗けば、一番隊の部屋へ向かうお前の背中がある。
お前が一番隊の部屋の障子に声を掛けると、
中から神谷が出てきた。
おい、何を神谷に耳打ちしてやがる。
しかも神谷がすげえ嬉しそうな顔して、どんと胸まで叩いてる。
まるで“この神谷に任せなさい!”みてえなツラだ。
室内に戻り、障子を閉める。
神谷には話せて俺には話せない用事ってのは、一体何だ。
本当にたいしたことねえ用事なのか。
いや、禁じられている外出を願い出るぐらいだ、
たいしたことねえっつうわけがねえ。
さっき問いただしておくべきだったか。
俺は畳の上にごろりと転がった。
お前が戻ってこないのが気になる。
もしかしたら今頃、外出を固く禁じたことを
神谷に愚痴ってんのかもしれねえな。
文机の上には読まなきゃならねえ書状もあるし、
そのいくつかには返事もしたためる必要があるだろう。
監察方から上がってきている機密情報もあるはずだ。
目を通して、かっちゃんに相談するべき事項をまとめなきゃならねえ。
ったく。
たかがオンナ一人のために、俺は何をぼやぼやしている。
仕事だ仕事。
俺は体を起こし、文机に向かった。
はじめは書状読み進める速度が遅かったが、
三通も読むとやっと調子が上がってきた。
全てに目を通し、返事を書くものと書かないものに分けていった。
障子を通って入る光が長い影を落とす。
出汁の香りが微かに空気に混じってくる。
そろそろ夕餉の時刻か、そう思い一服しようとした、その時だった。
「失礼します、土方さん」
お前がすっと入ってきた。
「どこ行ってやがった」
まったくどこ行ってやがったんだこの野郎。
思わず声が大きくなる。
「すみません、ちょっと作業してて。あと賄い方にいました」
「賄い方?」
「はい。あの、ちょっと来てください」
「あ? おい待て、俺はまだ仕事が」
いつになく強引に俺の腕を引っ張るお前。
つられるようにして集会所の境内に出ると。
西本願寺の塀の外にある、旗をくくりつける棒に、
白い布が横に長くはためいている。
いや、ただの布じゃねえ。
墨で目っぽいものやら口っぽいもの、
鱗らしき三角まで書かれている。
「鯉のぼりか?」
「ええ。京には鯉のぼりを飾る習慣があまりないとうかがったので、
即席の手作りですけど」
神谷に手伝ってもらい、布を筒状に縫って墨だけで模様を施した、
そう言ってお前は笑った。
「それから、今日の夕餉は土方さんの好きなものを揃えました。
味もちょっと濃いめにしましたよ」
「何でそんなことしてんだ? 何かあったのか?」
まさか俺の機嫌を取って、外出の許可を得ようってんじゃねえだろうな。
俺は眉をひそめる。
「今日は五月五日ですよね。
土方さん、お誕生日なんでしょう?」
お前は風にさらわれる髪を押さえながら言った。
確かに、俺は五月五日に生まれた。
だが個別にそれを祝うようなことはしない。
皆、一月一日に歳をとるってことぐらい、
お前だってとっくにわかっているはずだろうに。
ああ、わかってる。
どうせお前が来た時代では、生まれた日に祝うんだろう。
いつも世話になってるからって、かこつけてこんなことしてんだろうよ。
く、と俺は笑って腕を組んだ。
「まあ、端午の節句なのに鯉のぼりが空にないなんざ、味気ねえがな」
「そうかなと思って。あ、あの鯉のぼり、土方さんに似せて書いたんですけど」
「あ? ふざけんな、俺はあんなに目つき悪かねえよ!」
「神谷さんにはすっごい似てるって誉められたんですが…」
「馬鹿野郎、くだらねえこと考えてんじゃねえ!」
「すみません…」
項垂れるお前は、いつもしているように行儀よく手を前で重ねる。
その手に、洗い流しきれていない墨が見えた。
「…鯉のぼりのことは仕方ねえが、飯の味次第では許してやらんでもねえ」
橙色の夕日を受けて焦げ茶色に光るお前の髪をくしゃりと撫でる。
お前はぱっと顔を上げ、嬉しそうにまた笑った。