久遠の空 ドリーム小説 2012年拍手文 六月 その1

お前への不満×20    9.照れ隠しでもそこまで否定するな

数日に一度、屯所では健康診断がある。
たいていは会津藩の御典医・南部医師がやって来るんだが、
今日は珍しく松本良順法眼が来た。

上京してくると法眼は、南部医師の元へ寄宿する。
幕府のお抱え医師であるにも関わらず、だ。
おとなしく幕府の用意した宿舎には入らない。
あんなとこは堅苦しくていけねえや、と、
いつだか理由を聞いたときに笑って言った。

どうもあのお人は変わっている。
だが近藤さんと話が合うってんだから、悪いお人じゃあねえ。
実際、法眼の尽力で屯所での診察を始めたら、
みるみるうちに病人が減って、けが人が回復しはじめた。
今じゃ新選組は健康な野郎どもがあふれて、
無駄に元気な奴ばかりになりやがった。

法眼は遠慮なくズバズバとものを言うが根に持たない気質で、
人情も厚く面倒見もいい。
そんな法眼がお前に目を付けないはずはなく、
お前も何故だかなついていた。




「ちょっとこいつを借りるぜ土方よ」
法眼がそう言ってお前を客間に連れ込んで半刻。
法眼はお前との話がこうして長引くのを見越していたのか、
俺や近藤さん、総司や神谷などと先に話をしてからお前を連れて行った。

数ヶ月ぶりに会ったんだから積もる話もあるだろうが、
…長すぎやしねえか?

俺は話が終わってるから、迂闊に客間へ近寄ることも出来ねえ。
だが気になる。何の話をしてやがんだ。

さらに待つこと半刻。
痺れを切らした俺は、用事がある振りをして、
客間に近づいてみることにした。



客間の障子は閉じられている。
西に傾きつつある日を避け、
障子に影が写らないよう、障子の端に立った。

耳に意識を集中して中の様子をうかがう。
まずは法眼の笑い声が聞こえてきた。



「お前も難儀だな! そんな野郎に惚れたとは!」
「法眼、止めてください、そんな大声で」



…惚れた?
お前が、誰か、野郎に?

「お、否定しねえんだな。そのぐらいはお前さんも成長したってとこか」
法眼のからかう声が、障子の内側から漏れる。
「そういうんじゃ、ありませんけど…」

ためらいがちに答える調子に、目の前が暗くなる。
誰だ、相手は誰なんだ。

「そういうんじゃねえんならどういうんだ、あ?」
おそらく法眼は剃り上げた頭を撫でながら、にやにやしているんだろう。
すっかりお前を手玉にとって、嬉しそうにしている顔が目に浮かぶ。


「法眼」
ひとつ小さな咳をし、お前は言葉を続ける。


「この時代に生きている人たちは皆、輝いて生きている。
新選組にあって強く感じています。
いつも私は助けられ、生かされています。
本当に、ありがたいことです。

あの方をお慕いしているのは事実です。それは認めます。
でも…法眼もご承知の通り、私はいずれ消える身です。
この時代に存在していること自体、本来あってはならない。
私には、何の意味も価値もないんです。
それなのにこんな気持ちを持つなんて…私…」




目の前が暗くなるどころか、
風景が白く飛ぶような感覚を覚えた。


法眼が、それは違うとかそんな考えを持つのはおかしいとか叫ぶ。
俺だってそう思う。
今すぐにでも障子を押し開いてお前の胸ぐらを掴み、
怒鳴りつけてやりてえ。


だが、俺の体は動かなかった。
動けなかった。



一番お前の近くにいて、側で見ていたつもりなのに。


知らなかったんだ。


お前が心の中に、こんな闇を抱えているなんてーーー