お前への不満×20 2.手紙の返事を直接言うな
今夜は屯所に戻れないかもしれない。
と、お前から、書状と呼ぶには短すぎる紙切れが来た。
戻ってこないかもしれねえのか。
お前に聞きてえことがあったんだがな。
朝、いつもは南部医師だけが回診に来るのだが、今日は松本法眼も久しぶりに見えた。
回診が終わり、茶を出して雑談してたら、法眼がお前を久しぶりに木屋町の南部宅にいるから遊びにこいと誘った。
お前は俺の顔を見る。
今日は何の予定もねえんだろ。
いちいち俺の顔色をうかがう必要もねえだろうが。
軽く頷いてやったら、何だか妙に嬉しそうな顔しやがって。
法眼が呼んだ駕籠に乗って、行ってきますなんつって出ていった。
遊びに来いだなんて、法眼もうまく声を掛けたもんだ。
実のところはあいつの健康診断に違えねえ。
誰の目があるか知れないこの屯所で、あいつを診るわけにゃいかねえからな。
まったくやり手だ、あの医者は。
昼過ぎ辺りで、空がみるみるうちに暗くなって雨が降ってきやがった。
はじめは静かな雨音だったが、すぐに地面を激しく叩きつける音に変わった。
以前、雨に当たって中途半端に時を越えたお前のことだ。
これじゃあ帰ってくるのをためらうだろうと思ってたところでこの手紙が来て、今に至る。
お前は、何の断りもなく外泊したのを咎めたら、お前は必ず手紙を寄越してくるようになった。
書状を届けに来たのは南部医師の家の近所の子どもらしい。
一言でも返事をもらうよう言われたらしく、門前で待っているのだそうだ。
取次の隊士が廊下に控えて、俺に返事を促した。
俺は筆を執ると、短い言葉をしたためた。
俺が聞きたかったのは、新しい筆の在処だ。
もう書けないわけじゃねえが、そろそろ取り替えたいと思っていた。
いつもは納戸の見えるところにしまってあるのに、今日に限って見つからない。
おそらくお前がどっかへ置き換えたんだろう。
それを咎めるつもりはまったくねえが、ただ諾と書くのも味気ねえから返事ついでだ。
戻ってきたら探してくれりゃいい、と書いた。
取次の隊士に書付を渡すと、隊士は門前へすっ飛んでいった。
今頃、法眼や南部医師とうまいもんでも食いながらしゃべってんだろう。
久しぶりに仕事以外の外出だ、ゆっくりしてくればいい。
かっちゃんと少し話をして部屋に戻った。
今夜は独り寝かと思うと、気が楽なような、そうでないような。
別に寂しくなんてねえ。
何を考えようとしてるんだ、俺は。
さっさと寝るに限ると思い、ばたばたと布団を敷いてさっと布団に潜り込んだ。
雨音が、やけに耳につく。
「土方さん」
何でお前の声が聞こえるんだ。
幻聴か。
俺もとうとうおかしくなったのか。
「あの、お休みの所申し訳ありません」
「あ?」
はっきり聞こえた声と布団の上に手が置かれる感触に、俺は目を開けた。
…何でお前がここにいる?
「すみません、今日は戻らないつもりだったんですが、筆をお探しとうかがって」
お前は燭台から行灯に火を移すと、納戸の戸を開けて中を探り出した。
俺からの書付を読んで、帰ってきたというのか?
「あ、あった」
納戸から体を戻すと、お前は俺に筆を差し出した。
「買い置きの残りが少なくなったので、紙の包みから別のちょうどいい大きさの袋に入れ替えてしまったんです。
朝紙くず買いが来ていたので紙を処分しようと思って。余計なことをしました、ごめんなさい」
「処分うんぬんはどうでもいい。何故この雨の中戻って来やがった? 帰ってからでいいと書いたはずだ」
また体だけは斎藤の従兄弟と入れ替わって、心だけ戻ってとかになったらどうするつもりなんだ。
俺は筆を受け取りつつお前を睨んだ。
「いえ、あの、土方さんがお困りかと…思って」
「あ?」
「もし会津公とか、もっと上の方とかにお手紙を書く用事があるのなら、ぼさぼさな筆跡じゃいけないでしょう」
まあ、そりゃそうだがな。
それで本当に困ってんなら、誰かに筆ぐらい借りりゃいい話だろう。
危険を冒してまでお前に戻ってきてもらうほどの用事じゃねえよ。
思わず溜息が出る。
「戻ってきて、ご迷惑でしたか?」
俺の顔を見ながらお前が呟く。
「そういうわけじゃねえよ」
心配なんだよ。言わねえけどな。
「法眼のところへはまたお伺いすることにすることにしました。あの、実は…法眼がかなりお酒を召されて、
からまれてしまいまして…」
とお前は苦笑いをする。
法眼は俺がこいつに惚れてることを知っている。
どうせその辺りのことを聞かれたんだろ。
お前の困り切った顔が目に浮かぶぜ。
お前はさっさと自分の布団を敷いて潜り込んだ。
俺も後ろからお前の布団に入り込む。
「…っ」
お前の体が固くなった。
俺のことなんか何とも思ってねえくせに、そんな反応するんじゃねえ。
駕籠を使って帰ってきたに違いないから、そうは濡れていない。
が、多少なりとも危険を顧みずに雨の中を戻ってくるぐらいは、俺のことを考えてくれているのか。
少しは、期待してもいいのか?
まあダメだろうなとは思うが。
お前の髪から漂う微かな雨の匂いが、俺にいらぬ考えを起こさせる。