お前への不満×20 20.こんな恥ずかしいこと言わせんな
長火鉢にかけた鉄瓶から、しゅんしゅんと白い湯気が上がる。
お前は昼餉の膳を下げに台所へ行った。
仕事の進みは順調で、今日はもう急いで片づけるものもない。
湯気の立つ音だけが聞こえる部屋の中で、
昼餉の後にゆっくりと休みがてら、
故郷から届いた手紙を読んでいた。
分厚い奉書紙を開いてみると、
のぶ姉、のぶ姉の旦那の彦兄、土方家を継いだ隼人など、
それぞれからの書状がぎっしりと詰まっていた。
その中に、為兄からのもの入っていた。
兄貴のひとり、為次郎は目が見えない。
だが何をするにも器用なたちで、
若い頃は見えていたからと、文字も書ける。
墨付きも鮮やかに、流れるような文字が続く。
新選組の活躍は村まで届いているとか、
多摩では今年も米の出来はまあまあだとか、
薬の行商は奉公人がやってるだとか、
向こうの様子を伝える内容だ。
恐々不備、と結んだ先に、まだ続きがあった。
…惚れた女を口説き落としたか、だと?
江戸へ隊士を募集に行った時、土方家にも寄って、
為兄にお前を会わせたっけな。
その時、為兄にはお前を攻め落とすのは難しそうだが
頑張れと言われたんだ。
あれから随分月日が経ったが、
口説くどころか一歩も間柄が進んでいないなんざ、
恥ずかしくて言えやしねえ。
花街に行けば文字通りちやほやされるが、
たった一人、心の底から惚れた女を落とすことすら出来ねえ。
妓からの書状を山ほど故郷に送りつけちまったことを、
今更ながらものすごく後悔した。
「お片づけ、終わりました」
昼餉の膳を下げたお前が戻ってきた。
「すみません、あたらせていただきますね」
お前は長火鉢の側に寄り、手をかざす。
お前のためだけの火鉢はあるのに、俺の火鉢にあたることが多い。
炭代がもったいないとでも思っているんだろう。
それぐらい俺が出してやるからと言いたいが、
お前が側に来るのは悪くないので言い出せずにいる。
言い出せない、か。
お前に言えないことはそれだけじゃねえ。
帰るなと。
元の時代になんざ帰らず、俺の側にいろと。
お前に惚れているんだと。
言いたいのに、どうしても言えねえ。
苦いため息が出るばかりだ。
くしゅん、とお前が小さなくしゃみをした。
「台所から戻ってくる時に空を見たら、
ずいぶんと雲が厚かったですよ。
今夜はもしかしたら雪かもしれませんね」
そうかもな。
こんだけ寒けりゃ、降ったら雪だ。
「こっちに来い」
俺はお前を手招きする。
お前は何の疑いもなく、火鉢の横から俺の方へ来た。
あぐらをかき、お前をそこへ座らせる。
後ろから包み込むと、お前の体は冷たかった。
「土方さん?」
「こうしたほうがあったけえんだよ、俺が」
「…そうですか」
ああ、もう。
体はこんなにたやすく近づけるのに、
何で心を近づけることが出来ないんだ。
このまま、離したくない。
火鉢と俺に挟まれたお前の体は、だんだんとぬくもってきた。
そのぬくもりのせいか、昼餉の後のせいか、
お前は俺の膝の上でうたた寝を始めた。
耳元に囁く。
お前に惚れてる。
だから帰るなと。
かくん、とお前の頭が前に落ちる。
まるで頷いたかのようだった。
もしお前の予想通りに、夜は雪が降るようなら。
長火鉢を縁側に持って行き、厚着をして雪見酒でもするか。
そして為兄のところでしたように、固めの杯でも気取りたい。
お前が強い酒にむせるのを横目で見て笑いながら。