久遠の空 ドリーム小説 2011年拍手文 八月

八月:〜煙草と五の情景〜 其の一 起き抜けに火をつけて



 ちからに満ちあふれた朝日は一日の活力を与えてくれる。
 すがすがしい空気は一日の始まりを告げる。
 の、はずなのに。


 「…けほっ」
 は煙の匂いにむせて、眠りの世界から引っ張り出された。


 は何事かと思ってゆるゆると目を開ける。
 隣の布団には、彼がいる。
 この部屋の主である土方歳三だ。

 土方はうつぶせになり、肘をついていた。
 髪はところどころほつれ、寝間着も緩んであちこちに皺を作っている。

 片方の手は頬に添えられ、頬杖をついている。
 もう片方の手には、煙管がすらりと伸びていた。

 「おはようございます…」
 はかすれた声で挨拶をする。
 「起きたのか…。いって、ああ、ちくしょう…」
 土方は額に手をやり、だるそうに下を向いた。



 その理由を、はわかっている。
 ゆうべ土方とは試衛館の仲間たちと久しぶりに飲みに行って、どんちゃん騒ぎをしてきたのだ。

 いや、正確には騒いでいたのは土方たちではない。いつもの面子だ。
 土方とはそれぞれの席で静かに飲み食いしていて、酔っ払った原田や永倉、藤堂たちに時折絡まれていた。
 沖田や井上は飲んでもしっかりしているほうだが、気の置けない仲間と久々に飲むせいか、陽気に笑っている。

 原田たちは狐拳、のいた時代で言うところのジャンケンをはじめ、負ける度に脱いだり飲んだりしていた。
 それがにも飛び火してきたのである。

 脱がされても飲まされても困る。
 は懸命に首を振ったが、酔っぱらいたちは一緒にやろうとふざけて言うことをきかない。
 そこで土方がをさえぎって参加し、さんざんに負けて飲まされてしまったのである。



 「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
 土方は完全な二日酔いである。
 しかも自分のせいだ。
 は申し訳ない気持ちで土方を見上げた。
 「…たいしたこたあねえ」
 土方は煙管の吸い口を咥えた。
 そして深く吸い込むと、白い煙を吐き出した。

 「ふー…」
 土方の溜息とともに、煙はゆるい曲線を描きながら室内に広がってゆく。
 さっきよりも濃い、いぶしたような香りがの元にも届いた。



 (煙草なんて煙たいし…体にもよくないんじゃないのかな…)
 はまだ覚め切っていない頭で思う。

 でも。
 けだるそうに。
 着物も崩れてだらしなく。
 髪もほつれている彼が、寝転がったまま煙草を嗜んでいる姿は。


 不覚ながらも、胸が高鳴る。


 「あー…目ぇ覚めてきた」
 そう言いながら土方は、灰吹きに煙管を打ち付けた。
 火皿から灰が落ちたのを確認すると、次の煙草を詰め始める。


 「おい」
 「は、はい」
 はばっと飛び起きた。
 「いつまでもぼんやりしてんじゃねえ。喉が渇いた、茶をもってこい」
 土方がを睨みつける。
 その目はすでに鋭い。

 「はい、ただいまお持ちします」
 はすぐに立ち上がり、副長室を出た。


 敷居をまたぐ瞬間、はちらりと土方を見た。
 土方は鋭い眼光を引っ込めて眉間に指を沿わせ、深く項垂れていた。


 こんなにだらしないところを見てもどきりとするなんて。
 恋の煙に相当いぶされているとしか思えない。

 「しょうがないなあ…」
 は煙の代わりに苦い溜息を吐き出しながら、台所へ向かうのであった。



 20110801

お題配布元:Fortune Fate様