六月:〜無自覚なふたりで七題 6. 友達同士じゃしないコト〜
新選組には局中法度という鉄の掟がある。
“局を脱するを許さず”もそのうちのひとつだ。
勝手に新選組を抜けることは許されておらず、もし脱走が明らかになったら追っ手がかけられ、処断される。
しかし無闇に法度が適用されるわけではなく、事情がある者に対しては、円満な脱退が許される場合も存在するのだ。
今、局長室ではまさにその円満な脱退をする者が近藤と土方に挨拶をしている。
土方の江戸での募集に応じて入隊してきた者だった。
商家の次男坊で算盤が使え、勘定方で働いていた。しかし先月兄が亡くなり、家業を継いでほしいと実家から頼まれ、家に戻ることになったのだ。
は、今日は守護職邸へ出仕する日である。
手鏡で身支度を確認し、荷物を持って廊下へ出た。
ちょうど、隊を抜ける男も局長室から出てきた。
「ああ、山口さん。お世話になりました」
男はなで肩に細い身を折り曲げてに挨拶をする。
「お疲れ様でした」
も頭を下げた。
「これからお出かけですか?」
の服装と手荷物を見て男が問う。
「はい」
は頷いた。
「途中までご一緒させていただいてもいいですか?」
「はい」
男はの返答にほっとしたような笑みを見せ、二人は連れだって廊下を歩いて行った。
は男が話しかけてくるのに相づちを打ちながら思い出す。
この男は、江戸から京に来て落ち着いた頃から、自分によく話しかけてきていた。
例えば、朝、井戸端で顔を洗っている時、食事の膳を賄い方まで取りに行く時、
自分が屯所に出入りする時など、顔を合わせれば必ず二言三言かけるために寄ってきていた。
鬼副長の小姓ということで寄りつかれなかったり煙たがられたりすることは多いのに、珍しい男だった。
「こちらからでもいいでしょうか」
男は太鼓楼脇の大きな門ではなく、塀についている小さな門から出ることを提案する。
「かまいませんが」
どこから出ても大通りには出られる。は男の後ろに着いていった。
「あの」
と、門を出たところで男が立ち止まった。
「はい?」
は男と相対して首を傾げる。
男は自分の荷物を地面に落とすと、を引き寄せた。
「俺は、ずっと、山口さんが」
そう言うと、ぐっとその腕に力を込めてきた。
は初めて理解した。
この男が、敬遠されがちな自分に何かと話しかけてきていた意味を。
は荷物を抱えていない手を男の胸元に添えた。男はぴくりと体を揺らす。
がそっと体を後ろに引くと、男の体が離れた。
「すみません、俺、もう会えないかと思ったら…」
男が赤くなりながらに何度も頭を下げる。
「いいえ。どうぞ息災で」
は荷物を拾って男に渡す。
「山口さんも、お元気で」
男は名残惜しそうな、しかし晴れやかな笑みを浮かべて去っていった。
その夜、雨が降ってきた。
が屯所に戻ってきたとほぼ同時に落ちてきた雨粒は、瞬く間に地面をたたきつけるような大雨となった。
「少し冷えますね」
は雨の様子を見ると、障子を閉めながら土方に話しかける。
「雨だからな」
土方が文机の前でだるそうに答えた。
雨に当って、中途半端に心だけ時を越えてしまったことがある。元の時代に戻るなら、心も体も一緒でなければいけない。
明日は南部のところへ医術の勉強に行く予定だが、雨が止まなかったら休ませてもらおう、そう考えては床についた。
ふっと、室内に灯っていた小さなあかりが消えた。土方が行灯の火を消したのだ。
そして土方は、の布団にするりと潜り込み、後ろから抱きしめてきた。
土方はの体を懐深く抱え、足を絡める。
「ちょっと…あの…」
ただ布団に入ってこられるだけならまだしも、こんな風にされては困る。は土方の手に自分の手を重ね、引きはがそうとした。
「どうした、あいつみたいに俺もはがしてみろ」
くつくつと土方が、の耳元で笑う。
の心臓がどきんと大きく鳴った。
「や、見てたんですか」
「ああ、見てた」
土方にあんなところを見られてしまうとは。
は手が止まる。
土方の手はゆるまず、を抱えている。
「隙だらけなんだよ、お前は。少しは反省しろ」
土方はの体の前で手を組み、深く息を吐く。
「離してください」
が抗議の声を上げるが、土方は低く笑うだけで離す様子はない。
なかなか離してくれない土方の腕の中で、はだんだんと瞼が重たくなってきた。
離れなければいけないのに、そう出来ないのは、きっと。
しとしとと降る雨のせい。
忍び寄る湿気のせい。
温かい、土方の体温のせい。
20110601
おまけ(副長視点のお話)
お題配布元:Fortune Fate様