久遠の空 ドリーム小説 2011年拍手文 五月

五月:〜無自覚なふたりで七題    5. 悪戯心のキューピッド達が言うことには、〜



 京、三条、木屋町。
 は鴨川の手前にある、華やかな雰囲気の木屋町通りの一軒にいた。

 木屋町には、幕医・松本良順の仮寓がある。
 正確に言えば、会津藩の医者・南部精一郎の寓居があり、そこに師匠である松本が居候しているのだ。

 その南部の家に、が何日かに一度通っている。隊士として戦闘に加われない彼女は、松本の提案で医術を学ぶため、南部か松本、あるいはどちらもが在宅しているときにここを訪れ、勉強しているのだ。

 南部は自分が守護職邸に出仕しない時は、町医者のようなことをしている。一般を相手に医業を行っているのだ。も症例や実際の傷を見ながら勉強できるのでありがたかった。

 「どうも、お世話さんで」
 と言いながら最後の患者が出ていく。
 土方と背格好が似ている、土方との間ぐらいの年であろう若い男だった。

 その男が入ってきた時、は一瞬、土方が入ってきたのかと思った。どこか怪我をしてここにやってきたのかと、心配が胸を押しつぶしそうになった。
 すぐにその男が足をくじいてしまったと説明をはじめ、土方でないとわかって、は心底ほっとしたのである。

 「これで今日の患者さんは終わりですね」
 南部が洗浄する道具をまとめながら言う。
 「はい、ありがとうございました」
 も道具を片づけながら答える。
 「俺あ二階で先にひと休みしてくらあ」
 松本が腰を伸ばし伸ばし、二階に上がっていった。


 「おう」
 二階から松本の声がして、は何かあったのかと廊下に顔を出す。
 とんとんと松本が降りてきた。

 「次は二日後な。屯所の診察が終わったらそのまま南部と来い」
 「はい、わかりました」
 次の木屋町行きは二日後、とは頭の中で日程を記録する。

 「ところでよ、さっきの最後の患者」
 と松本がに話を振る。

 「ちっとばかし土方に似てなかったか?」
 「え…」
 「あいつが部屋に入ってきた時、お前ちょっとびっくりしてたろ。土方が来たって思ったんじゃねえか?」
 「い、いえ、別に…。少しは似てるかなって思いましたけど…」
 「けど?」
 「…その、土方さんのほうが精悍な感じですし…もう少しがっしりしてるし…目つきが全然違います。間違えはしないと思いますよ」
 「ふーん、それは土方のほうがいい男だってことか?」
 「…はい」

 松本が会話をぷつりと切り、あがりかまちを降りて玄関の引き戸をがらりと引いた。

 「だとよ、土方」
 にやにやしながら、松本は土方の肩にぽんと手を置く。
 土方が、外に立っていた。
 「土方さん?」
 は両手で口元を押さえた。

 ざわめく中、土方とは向かい合って立つ。
 「聞いて、ました?」
 は真っ直ぐに土方を見られず、俯いた。

 「あの、私、小姓ですから、それで土方さんと一緒にいる時にちょっと見てるだけですから。別にじろじろ見たりとか、してませんから…」
 は早口で言う。
 どんな内容であれ自分の見ていないところでこそこそ言われ、気分を害したに違いないとは思った。

 「お前な」
 土方が一歩前に出る。
 怒られる、とは肩をすくめた。

 「俺が別の男よりいい男かと聞かれて、間を空けやがっただろ」
 ぴしりと土方の指がの額を打つ。
 「いたっ、え?」
 は怒られる内容が思っているのと違うことに、目をぱちくりとさせた。

 「あそこは即答するべきだろうが。まさかその野郎が本当に俺よりいい男だったわけじゃねえだろうな」
 「す、すみません、そんなつもりじゃ」
 患者の男には悪いが、土方のほうが断然いい男だ。当たり前すぎることを聞かれ、は一瞬なぜそんなことをと思ったので即答できなかったのだ。

 入り口で立ち話を繰り広げる二人に、松本がにやにやしながら声をかけた。
 「土方、お前がどんなにいい男かこいつにわからせてえなら、今夜一晩二階を貸してやってもいいぜ」
 「法眼…」
 「え?」
 その意味を即座に理解した土方はげんなりし、理解できていないはぽかんとする。
 松本はがははと笑い、その後ろで南部は笑いをこらえていた。


 「お疲れさまでした、また明後日」
 とは松本と南部に挨拶し、土方とともに木屋町を後にする。
 「ところで土方さん、どうして木屋町へ? 遊びに来たんじゃないんですか?」
 川風に吹かれながらが聞く。
 「うるせえ。どうでもいいだろ」
 土方がの短い髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
 「迎えに来たなんて言えるか」
 小さな土方のつぶやきは、髪を手櫛で整えるの耳には届かなかった。


 20110501

お題配布元:Fortune Fate様