四月:〜無自覚なふたりで七題 4. ふれあう二人は戸惑わない〜
新選組は西本願寺に拠点を移した。大きく立派な宿舎を手に入れ、隊士たちは栄転だと喜んだ。
道場も解体して移築し、連日張り切って稽古が行われている。
通常の稽古のほかに行われているのが、銃砲の稽古である。
耳をつんざくような小銃の発射音に、地面を揺するような大砲の轟音。
殺生厳禁の寺域で、戦に使用される武器の修練が行われ、西本願寺の門主はすっかり震え上がっているのだ。
「土方殿、すまぬが銃砲の訓練だけはよそでやっていただけぬか…音に驚いて僧たちが怯えておりますゆえ…」
門主は土方を自室に呼び、憔悴しきった顔で訴えた。
「ほう…門主様をはじめ、修行中の皆様におかれましては、どんな際にも不動のお心をお持ちかと常々感心しておりましたが」
土方はうそぶいた。
とにかく、と門主が切々と訴えるので、土方はそこまでおっしゃるならと渋々を装って頷いた。
も同席していたのだが、その時の門主の困り顔は気の毒になるほどであった。
銃砲の音に怯えているのは僧たちでなく門主なのは明らかである。元々痩せている門主がますます細くなっており、後ろには布団が敷きっぱなしになっている。
轟音が響きわたる度に門主が布団に潜り込んでいるという噂は、おそらく本当なのだろう。
門主をちくちくと言葉で痛めつけた後、土方は門主に壬生寺への書状をしたためさせた。壬生寺での銃砲訓練を嘆願する内容である。
土方はそれを受け取るとさっさと立ち上がり、門主の部屋から出た。
「失礼いたします」
も頭を下げて土方に続こうとした。
が、門主がじっと自分を見つめているのに気がついた。
「まだ、何か…」
とが口を開く。
「おお…」
門主は急に顔に血の気を上らせ、ざざっと畳を擦ってにいざり寄り、手を握ってきた。世話をしている僧たちも、同じように紅潮している。
「ここにも示現の御陀が…」
門主はの手をすりすりとなで回した。
手をさすられながら、はふと思い出した。
あれは西本願寺を借り受けた時のこと。神谷が伊東の策で、美しい前髪の少年姿になって門主の元を訪れ、見事に借用証文を書かせた。
その時に門主たちが神谷を見て、示現の御陀と言いながら迫ってきて、危ない目に遭うところだったのだ。
「はばかりながら」
の後ろから、黒々とした声がした。
は襟首を捕まれて立たされる。立ち上がったところで肩をぐっと抱き寄せられた。
「こいつは神でも仏でもねえ、新選組随一の小銃の使い手でしてな」
土方だった。
土方はの懐に手を入れ、短筒を抜き取って門主に示す。
「ひいっ」
門主は顔色を変えて布団まで後じさった。
「それに、こいつは俺の小姓ですので。つまらん手出しは無用に願いたい」
そう言うと、土方はを片腕で抱え込んだ。
も土方の胸に顔を埋める。
「では」
あっけに取られる門主たちを残し、土方とは出ていった。
「あの野郎ども、示現の御陀とやらがそんなにありがてえのか」
土方は苛立ちを隠さずに吐き出す。
「そうみたいですね」
は土方の言葉に頷いた。
「そうみたいですね、じゃねえだろ。お前も少しは避けるとかしやがれ」
土方が矛先をに移した。
「すみません、門主様が意外と素早かったので…」
は首をすくめた。
土方の手はの肩に載せられたままだ。
振り返ればきっと、門主の部屋から僧たちが首を出してこちらを見ているに違いない。
情けない自分を、いつもこの手が守ってくれる。
は土方に寄り添った。
自分にとっては、示現の御陀よりも土方の方がうんとありがたい。
土方を見上げると、土方は一瞬を見て、ふいと向こうへ顔を逸らした。
土方とは、門主の部屋から自分たちが見えなくなる廊下の曲がり角まで、歩幅を合わせて歩き続けた。
20110401
お題配布元:Fortune Fate様