一月:〜無自覚なふたりで七題 1. 彼女の話題に敏感すぎる〜
東の空から太陽が昇る。新しい年を告げる、まばゆいご来光だ。
土方が目を覚ますと、隣に寝ているはずのの姿はすでになく、布団もきちんとたたまれていた。
顔を洗い、身支度を調える。
今日はこれから新選組一同揃っての、新年の挨拶がある。
なので着る物も黒羽二重の紋付きに縞袴。
鏡で左右を映し、衣服に埃なく、皺もないことを確認する。
思ったより早く支度が調った土方は、ふらりと自室を出た。
噛み殺したつもりのあくびが、白く口元を曇らせる。
集会所のほうへ廊下を進んでいくと、廊下にはまだ誰も出てきてなかったが、中では皆起きているようだった。
ざわざわと話し声が聞こえてくる。
「あの、山口さんってさ」
(山口…のことか?)
障子越しに聞こえてきた声に、土方はひたと足を止めて気配を消した。
「山口ってどっちだよ、一番隊にもいるし、鬼副長の小姓もそうだろ」
「ああ、鬼副長の小姓のほう」
廊下の土方は、息を詰めて耳をそばだてる。
「さっき井戸端に顔洗いに行っただろ。そしたら山口さんが神谷さんと、松とか花とか抱えて歩いててさ」
「へーえ」
「何て言うか…抱えてるもんと似合ってて…すっげえ綺麗だった」
「…お前、ソッチのご趣味?」
「そ、そうじゃねえけどよ。ほら、神谷さんも似合うだろ、そういうの。でも山口さんも似合ってた」
「神谷さんは似合うよな、俺もそう思う。そっか、山口さんもそう言われればそうかもなあ」
「だろ? なかなかその…美人だなって思って」
「でもよ、山口さんってアレだろ、異国の言葉習ってんだろ? おまけに剣術とかたいしたことないのにさ。
それで何で鬼副長の小姓やってんのかな?」
「あー…そこまで考えたことなかったな」
「やっぱりあの噂、本当なのか? 鬼副長のコレって」
「わかんねえだろ、そんなこと! 斎藤組長の従兄弟なんだから、身内ってことで預けてるだけかもしれないし」
「ぶっ、ムキになるなよ。お前さっき否定したけど、やっぱり山口さんのこと」
「ちちち違うって! それ、副長に言うなよ、絶対睨まれるから!」
その時、二人の背後の障子が音もなく開き、外の冷気が流れ込んできた。
「正月の朝っぱらからくだらねえ話してんのはどいつだ…」
土方が、黒羽二重にも負けぬ黒い空気を発して室内を睥睨する。
ひい、とふたつの声が響き渡り、集会所の屋根に止まっていた雀たちがバサバサと飛び立った。
(ったく、正月ぐれえ余計な口きかねえでおられんのか)
どすどすと不機嫌な足音を立て、土方は副長室へ戻る。
心のまま勢いよく障子を開くと、
「あ、土方さん。おはようございます」
が床の間に向かっていた。
床の間には正月の飾りが活けられている。
は手拭いで手を拭くと、襟を直し、きちんと正座をした。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あ、ああ。お前、どこ行ってた」
「はい、昨日になって急に神谷さんが、それぞれの部屋にお正月の生け花をしようって言い出したので、お手伝いです」
は簡単に説明した。
昨日、は神谷と一緒に、正月を迎える準備を確認していた。
お屠蘇も雑煮も重箱も大量に届けられ、門には門松が飾られたのを見た神谷は、
「組ごとの部屋にも何かほしいなあ…そうしたらより正月っぽくないですか?」
と提案したのである。
そうしようと手を叩いた神谷は、すぐ花屋に連絡を取った。しかし花屋も稼ぎ時ですぐに花を届けることは出来ない。
何とか時間と品物をやりくりしてもらい、今朝一番に屯所に届けてもらったのだ。
神谷とはそれを受け取ると手分けをして、神谷が隊士部屋を、が幹部の部屋を飾り付けることになった。
「じゃあ私、局長のお部屋を飾ってきますね」
は立ち上がって花や松の束を抱えた。
「あっ」
短い声を上げ、が顔をしかめる。
「どうした」
土方はの側に寄った。
「大丈夫です、松の葉が刺さっただけです」
の指に小さく赤い血のかたまりが盛り上がっていた。
土方はの手を取ると、血の出た指をくわえた。
「ちょ…土方さん」
は手を取り戻そうとするが、土方が強く握っていて離そうとしない。
生温かい舌の感触がの指を伝う。
「そそっかしさは新年になっても治らねえんだな」
の指から口を離した土方は、くっと笑う。
「そうみたいで…すみません…」
は耳まで赤くなって指を引っ込める。
今度はどこも傷つけないように注意しながら、は生け花を抱えた。
「土方さん」
廊下に踏み出したは、室内を振り返った。
「あ?」
「もう止まりました。ありがとうございました」
刺した指を立て、ははにかんだ笑顔を向けた。
その表情に、土方は鷹揚に頷いた。
…ふりをした。
副長室の障子が閉じ、局長、失礼します、山口ですという声が隣の部屋の前から聞こえてきた。
まったく、正月から何て笑顔を見せるんだと土方は苦笑する。
それに、平隊士たちの話ではないが、花を抱えたの姿は男らしさからはほど遠く。
あの姿では噂になっても仕方がない。
認める。完全にイカれていると。
誰にも彼女を渡す気はない。そう、たとえどんな噂が流れようと、だ。
最近は時の向こう側にすら彼女を渡したくないと思う。
(俺こそ、正月から何考えてんだ)
はっと我に返ると、土方はため息を吐き出す。
そして障子を開け、局長に挨拶をするために局長室へ向かった。
床の間では活けられた花や枝が落ち着いた姿で鎮座している。
松の葉の爽やかな芳香が室内を満たし始めた。
20110101