久遠の空 ドリーム小説 2010年拍手文 一月

一月:早緑月(さみどりづき)に祈りを奉げ



 毎日の黒谷までの道は、だいたい一刻ぐらいかかる。
 元の時代で言えば、片道2時間の通勤とでも言い表すことが出来るだろう。

 はその時間を大切にしている。
 送電線や電柱のない広い空を眺めながら、檜皮色の壁が立ち並ぶ町並みを目にしながら、店先から流れてくる様々な食べ物の匂いを嗅ぎながら歩く。
 本当ならば自分は存在していないはずのこの時代で、生きている実感が沸くのだ。


 黒谷への行き帰りには鴨川を越えなければならない。
 長い鴨川にはいくつもの橋が架かっており、時折違う橋を選ぶこともあるが、大抵は四条大橋を渡る。
 今日もは四条大橋を渡ろうとした。が、ふと目にしたものがあって河原に降りた。

 川面を滑る冷たい風が吹き付ける。
 は合わせた襟に襟巻きをしっかり入れ込んだ。

 川の水が静かに打ち寄せる縁まで、傾斜で足を滑らせないように降りていく。
 石がごろごろと転がっている岸辺には、先日降った初雪がところどころ残っていた。

 その白い雪の合間に、橋の上から見えたものがあった。
 緑色の小さな雑草が身を寄せ合ってひしめいていた。

 まだ萌えたての若い葉である。
 指で触ってみると柔らかくて頼りない。
 しかしは、その柔らかさや鮮やかな緑色に生命を感じた。


 歩きながら感じるのは、自分が生きている実感だけではない。
 この世界が生に満ちていることも感じる。
 今は冬でまだ寒く、雪が本格的に降るのもこれからだろう。
 その雪が溶けて春が来れば花が咲き、夏が来れば緑が濃くなり、秋が来れば葉は枯れて散り、また冬が来る。

 空もそのたびに高く見えたり低く見えたりと変わる。
 時間や季節によって青さも一定ではない。
 空に浮かぶ雲も白くなったり灰色になったり、夕焼けを受けて赤く照らされたりする。
 そういった変化も、すべてが生きて、動いているからこそ起こっている。


 その中で自分は生かされているのだ。
 元の時代に戻れるまで、この時代で精一杯やっていく義務がある。
 この雑草のように、小さくても、生きているのだから。



 一瞬強く風が吹き、の足下まで水が跳ねる。
 はそれを避けようとしたが、座り込んでいたのでうまく足が動かず、ぺたりと尻餅をついた。


 どんくさい野郎だと笑う土方の顔が頭に浮かぶ。
 太陽が沈みかけ、夜の気配が東の空を覆い隠してきた。
 寒さも増してきたし、もう帰ろうとは立ち上がる。


 どうか精一杯やっていけますように。
 は今一度振り返り、雪の合間に隠れる緑に祈った。


 20100101