八景集 秋月 彼女と一緒〜原田編〜
「土方さん、これあんた宛だぜ」
俺は土方さんの部屋へやって来ると、前川邸に届けられた書状の束から土方さんの名が表に書かれたものを選り分けて渡した。
「ああ」
土方さんは礼を言うわけでもなく受け取って、無造作に文机の端に放り投げた。
「原田さん、お疲れ様です」
「よう。お前宛のは…えっと…ねえな」
部屋の奥、文机の前に座って書き物をしている土方さんとは反対側、入り口の近くの障子の傍で書見台の上の本を読むに宛てたものはないみてえだった。
「おっと、土方さんにもう一通あった」
のために書状の束をもう一回さらっていた俺の目に、土方歳三様と書かれた文字が飛び込んできた。
品よく小さめな文字は、明らかに女の蹟だ。
「ふーん」
きっとこれは恋文だ。匂いを嗅いでみると小粋な匂いがする。どう言ったらいいのかわかんねえが、妓っぽい匂いだ。
「まだ京に来てたいしたことねえのに、隅に置けねえなあ」
俺はにやにやと笑いながら土方さんの手紙の束の上にそれを置いた。
「別にいらん。そんなものは前々から嫌ってほど届いてる」
「え」
そう言うと土方さんは納戸から自分の行李を取り出して、中から紐で括られた手紙の束を取り出した。
「まさかこれ…」
俺は土方さんをじとーっと見つめた。
「ああ、全部そうだ。この前処分してからまた溜まったな」
「本当かよ!」
今でも高さ三寸はあろう束なのに、これで全部じゃねえだなんて、あんた一体どれだけ貰ってんだ。
「今度紙屑買いが来たら知らせてくれ」
涼しい顔で言う土方さんに、何だか男として負けた様な気がする。
俺なんか、通っても通ってもこんな書状ひとつも貰ったことなんてねえのによ。世の中どっかが不公平だ。
江戸にいた時からこの人はオンナにもてた。まず顔がいい。目鼻立ちが整ってるってやつだ。男の俺が言うのも何だが、なかなかの美男子だと思う。
下っ端の役者なんかよりゃよっぽどいい顔をしてるぜ。流し目で見られて、ふっと笑みでも向けられてみろ。その辺の女なんかイチコロに違えねえ。
そして物知りで機転もきく。俺なんかは島原のお高い(値段が)妓たちのお遊びなんかちっともわかんねえが、
一緒に行っても土方さんだけ同じ座敷で話がはずんでる。妓たちは客を楽しませるためにいろんな芸を身につけてっから、それをわかってくれる
客じゃねえと相手にしねえ。ま、別に悔しかねえけど。俺は芸よりもアッチを楽しみてえから、お高い妓とは遊ばねえし。
俺が土方さんをじーっと見ていると、一瞬だが土方さんの目玉が横に動いたのに気がついた。
視線の先にはが座っていた。
は書状の束に目を向けていた。
「すげえよな土方さん。、お前は妓からこんなの貰ったことあるか?」
「いや、私はその…島原とかで遊ばないので」
は俺に首を振って答えた。
「そう言や、お前の妓がらみの噂って聞いたことねえな。少しは遊べ。会津公からコレたんまり貰ってんだろ?」
俺は指で輪を作っての前に突き出した。が黒谷でどんなことをしてんのかはさっぱりだが、俸禄を貰ってるのは知ってる。
は俺に苦笑いを返した。
そこでふと俺は思い出した。は土方さんの小姓だ。まあ小姓っつったって本当に小姓らしい仕事をしてるとこは見たことねえから、
何か別の意味があるのかもしれねえ。まあそれはどうでもいい。で、小姓扱いだけど、最近聞いた話じゃ土方さんとデキてるとかデキてねえとか。
俺はまじまじとの顔を見た。土方さんとは方向が違うが、なかなかいい面構えしてやがる。あー、神谷と同じ方向か?まるっきり男らしい
ってツラじゃねえ。いや、神谷はかわいいって感じだが、こいつはどっちかってえと美人か。身奇麗にしてるし、女にもてても不思議はねえ。
もしかして、女みてえな顔しやがってオトコにしか興味ねえのか?
「…何か?」
が俺を見つめ返して頭を傾けた。
…意識してみりゃそれなりにイイ感じだ。
「神谷とは違うが、お前でもいいかもな」
俺は顎に手を当ててを見下ろした。
「俺には衆道のケはねえが興味はある。お前とならまあイッパツやってみても」
そこまで言った俺の背中に、何か冷てえものが突き刺さった。あまりにそれが痛えんで背中が動かせない。俺は首だけを後ろに回した。
土方さんが、腕を組んでおっそろしい目で俺を睨んでる。捕り物の時だってこんなにおっかねえ顔してんのは見たことねえ。
「左之助、冗談はその辺にしとけよ…」
「ひ、土方さん!勿論冗談に決まってんじゃねえか!」
口からはあははと乾いた笑いが出るが、全身からは冷や汗が出ている。抜き身を振り回す浪士どもよりおっかねえ。
「、お前からもちゃんと言ってやれ。馬鹿には言ってやらんとわからねえ」
俺の背から視線を外し、ため息混じりに土方さんはを顎で促した。
「は、はい。えっと…“私は土方さんの小姓ですので、ご遠慮申し上げます”」
の口から、土方さんとの関係を表す確たる言葉が出た。
…けどよ、棒読みのような気がするのは気のせいか?
「じゃあよ、妓からこんな書状が届いて何とも思わねえのか?お前のほかにオンナとヤってるってことだぞ?」
俺はの前に座ると説教した。
「別に」
は事も無げに即答した。意外と度量が広いのか?土方さんが遊里に行くのを止める風でもねえし、そうなのか?
「…あー、そろそろ鹿之助さんに近況でも報告するか」
何だかわざとらしい声色で、土方さんが文机に向かった。
はそれを聞いてまた本に目を落とした。
「左之助」
そーっと出て行こうとした俺を、土方さんが呼び止めた。
「今から面白えもん書くから見ていけよ」
土方さんはニヤリと笑った。
「何だよ」
まだ近藤さんと山南さんに書状を渡さなきゃいけねえ。
それに今の土方さんは、何だかいつもと違う感じがしやがる。
正直に言って、早くこの部屋から出たい。
だが俺は土方さんに座らされ、さらりさらりと筆を滑らせるのを見せられた。
「どうよ」
書き終わった土方さんは俺にそれを突き出した。
俺は手にとってその書状を読んだ。
「何だこりゃ」
思わずぷっと吹き出しちまった。書状の始めのほうはたわいもない挨拶と近況報告だが、追記が笑える。
俺たちが報国の志を持ってるからオンナどもが寄ってきて、ここじゃとても書ききれねえだと。
「島原、花君太夫に天神に一元。祗園には芸妓三人。北野じゃ君菊、小楽って舞子。大坂新町では若鶴太夫その他二、三人。
北の新地にゃ大勢居すぎて…」
読みながら俺は再び敗北感を味わう。これが本当なら、俺より忙しいはずの土方さんが何でこんなに遊んでんだ?
視線を感じて俺は振り返った。がこっちをまた見てる。
やっと“自分の”土方さんがどんだけもててんのか気になったのか?
「…それ、ご実家に送られるんですか?」
「いや、これは小野路村の小島さんってえ人にだ。昔から世話になってるが、こっちに来てからも金とかの相談に乗ってもらってた」
今は会津藩から手当てが出ているからそんなことはねえけどな、と土方さんは続けた。
土方さんを横目で観察していると、の視線を気にしているのがわかる。の反応を見ている。
妬いて欲しいのか?
つーことは、オンナよりもがイイのか?衆道嫌いのこの人が?
「きっとお喜びになるでしょうね。土方さんがそれだけ京で受け入れられて、お仕事もなさってるって」
はそう言ってにこりと笑った。
へーえ、笑った顔って初めて見たがよ、なかなかいいもんじゃねえか。土方さんもここに惚れたのか?
そう思ったのもつかの間、俺はまたしてもぞくりとするものを感じて振り返った。今度は全身にだ。
土方さんが…さっきよりも怖え目で…。
「他に感想はねえのか?」
怖え。本当に怖え。
、早く土方さんが望む答えを言ってやってくれ。
「…特には」
ちっと考え込んだ後に、はまた事も無げに言いやがった。俺は天井を仰いだ。
「…左之助」
土方さんはおっそろしい気をじゃんじゃん発しながら、書いていた文を包んで俺に渡した。
「出して来い」
懐から財布を出して金まで渡してくれたが、その目が明らかに据わってる。
「わ、わかった」
俺は土方さんから書状を預かると懐に押し込んだ。金も一緒に押し込んだ。
そんで肩越しにを見た。何を呑気にまた本なんか読んでんだよ。何でこの土方さんの気がわからねえんだ。
本なんかより雰囲気読んでくれ、頼むから。
「じゃあ俺はこれで…」
俺はそそくさと部屋を出て行った。
ぱしんと障子を閉めて、俺はふーっとため息を吐いた。
あーおっかなかった。ったく、もうすぐ冬だってのに何でこんなに汗かかなきゃなんねえんだよ。
さっさと近藤さんたちに書状を渡して、土方さんのこれを飛脚屋へ頼みに行こう。
俺はそう思って、隣の近藤さんの部屋へと入っていった。
近藤さんはいなかったから机の上に書状を置いて、山南さんには手渡した。そして俺は自分の部屋へと戻ろうとした。
土方さんの部屋の後ろを通った時、中から何やら土方さんがちっとばかし大きい声で喋ってんのが聞こえてきた。
何を話してんのかはわからねえ。が、語気が荒いような感じだ。に説教でもかましてるみてえだ。
気になって、障子に影が写らねえようにそっと土方さんの部屋に近づいた。
耳をそばだててみると、が土方さんに何か言っている。
あいつ声ちいせえからな、よく聞こえねえ。
「でも、私には土方さんしかいませんし」
ふとそこだけ何故かハッキリ聞こえてきた。
なんだあいつ、俺の前ではあんな素っ気無い振りしておいて、二人きりになったら可愛いこと言うじゃねえか。
「あ、斉藤さんもですけど…」
あ?
斉藤?
土方さんひと筋ってわけじゃねえのか?
自分がそうだから、土方さんが他のオンナとヤるのも認めてんのか?
…分からん、俺にはが分からなくなってきた。
「誰だ!」
とその時障子が勢いよく開かれて、目の前に朱鞘が突きつけられた。
「ひっ!」
「左之助?…お前、どこから聞いていた?」
俺はぐっと顎を鞘で上げられた。苦しい。鬼だ、本当に鬼だこの人は。
「い、いや…その、が…土方さんしかってとこだけで」
そう、そこからしか聞いてねえ。本当だ。
土方さんは俺の言葉の真偽を問うような目で俺を見下ろすと、無言で鞘を腰に差した。
「俺が頼んだ文はどうした」
「いや、これからだ」
「とっとと出して来い」
「わわわかったっ」
これ以上冷や汗をかくのはゴメンだ。いくらナントカを自負する俺でも風邪ひいちまう。
俺は自室へ駆け込むと身支度を整えて前川邸を出た。
土方さんから預かった書状を飛脚屋へ出した俺は、釣り銭で一杯引っ掛けていくことにした。
釣りったって僅かだ、駄賃として貰ったっていいだろ。
飲みながら俺は考えた。
土方さんとは本当にデキてんのか。
互いに妬いてんだか妬いてねえんだか。
分からねえことが多すぎる。
馬鹿だと思われてもいい、誰か俺に土方さんとの仲を分かるように説明してくれ、説明。
「へっきしょい!」
…はー、風邪ひいたか?
もう月も出てる時分だし、そろそろ帰っか。
土方さんのゴキゲンが直ってるといいんだけどな。
20081027