久遠の空 ドリーム小説 剣葬 2

剣葬

update:2012.11.09

剣葬 2 

 数日経ったある日。
 新選組の屯所に、会津藩の使者がやって来た。
 近藤と土方が応対し、途中で斎藤が呼ばれた。



 「では行って参ります」
 局長室で斎藤が挨拶をする。
 「うむ。急な仕事だが頼むぞ」
 近藤が頷く。
 そこへ沖田がふらりと現れた。

 「あれ、斎藤さん、どこかお出かけですか?」
 「特命だ」
 「へえ、いいなあ。どんなお仕事なんです?」
 「だから特命だと言っているだろう」
 「まあまあ斎藤君。総司、斎藤君は、ある人物の護衛に行ってもらうんだよ」
 邪気のない瞳で覗き込んでくる沖田に、引き離そうとする斎藤。
 その二人の間に近藤が割って入った。


 斎藤は会津藩からの要請を受けて、三浦休太郎という人物の警護に向かうことになった。
 三浦は紀州藩の藩士で、京都に詰めて活躍している。
 佐幕の人物で、中川宮(青蓮院宮の改名)からの信頼も篤いとのことだ。

 その三浦をなぜ新選組が警護することになったのか。
 三浦は数日前から、何者かにつけ狙われている気がすると、紀州藩邸に訴え出ていた。
 紀州藩は、京都守護職である会津藩に話し、都の警護では隋一の新選組に三浦の警固を頼んできた次第である。


 「いいなあ、私も混ぜてくださいよう」
 話を聞き終えた沖田は、斎藤に笑みを向ける。
 「混ぜて欲しかったらおとなしくして、一刻も早く病を治すことだ」
 斎藤は素っ気ない。
 「最近はだいぶいいんですよ? 今日もこれから一番隊に稽古をつけようかと」
 「総司! 稽古は控えるように南部先生からも言われているだろう」
 沖田は竹刀を振る動作をしたが、近藤にたしなめられた。
 「ったく。おい、!」
 土方が壁越しにを呼ぶ。
 「はい、ただいま」
 副長室にいたは即座に立ち上がり、局長室へまかり越した。

 「、この馬鹿をさっさと部屋へ連れて行って寝かせろ。監視役の神谷はどうした」
 切れ長の目をつり上げ、土方はに命じる。
 「あ、神谷さんは稽古の支度に行きました」
 へらりと笑って沖田が口を挟んだ。

 「お前、その隙をついてここに来たってのか」
 「だってする事がなくて退屈なんですもの。何かお仕事くださいよ」
 「黙って寝てるのが今のお前の仕事だ。、ぐずぐずしてねえでこいつを連れてって、うろちょろ出来んように布団で簀巻きにしとけ」
 「はい」
 「ええ? 簀巻きですか、ひどいなあ」
 「私は簀巻きにするつもりはないんですけど…早くしないと土方さんが直接手を下すかもしれませんよ?」
 「おい、それはどういう意味だ」
 「あはは、余計な雷が落ちないうちに退散しましょうかね、さん」
 「テメエが落とさせてんだろうが! とっとと行け!」
 「はいはいっと」
 「失礼します」

 土方の怒鳴り声から逃れるように、沖田とは局長室から出て行く。
 後に残った近藤と土方、斎藤は、沖田の部屋の障子が閉まる音を耳で確認すると、小さく息をした。

 「本人の言うように、今日は調子がよさそうだな」
 近藤が明るい声を作る。
 「近藤さん、その通りだが過大評価はいただけねえな」
 土方は冷たい声で返す。
 斎藤は御免と呟き、支度をするため早々に自室へ引き上げた。



 は沖田を彼の部屋へと連れて行き、布団に入るよう頼んだ。
 「さんに頼まれちゃ仕方ないですね。私もさんに頼みごとをしている身ですから」
 沖田はふふっと笑うと、まだ温もりの残る布団に収まる。
 (頼みごと…)
 その一言を聞いたの脳裏には、先日沖田から頼まれたことが思い浮かぶ。
 (もし沖田さんに万一のことがあったら、自分か神谷さんが新選組を去るまで、神谷さんのことをよろしくと…)
 万一の事なんて考えたくもないと、は頭を振った。

 「沖田せんせえ〜〜〜〜!」
 その時、どたばたと威勢のいい足音が室内に飛び込んできた。神谷である。
 「神谷さん、こんにちは」
 「あ、さん、どうも。もしかして沖田先生を連れてきてくださったんですか?」
 が軽く会釈をすると、神谷も頭を下げ、勢いを潜めた。

 「ええ、局長室へお見えになったので」
 「何ですって? どこに行ったのかと厠まで見てきたのに! 寝てなきゃ駄目だってさんざん口を酸っぱくして言ってるじゃないですかっ!」
 ぷう、と頬を膨らませて神谷が沖田を睨む。
 「すみません、厠のついでに寄っちゃいました」
 沖田は険しい目つきを笑顔で受け流す。
 「今日はこれから南部先生がお見えになって、お灸を据えてくださるんですからね。ちゃんとお部屋にいてくださいよ」
 「はいはい、今日はもうおとなしくしてます。約束です」
 「本当におとなしくしててくださいね! 私は道場で一番隊と稽古してきますから。終わったらまた伺います! さん、頼みますねっ!」
 念を押すようにびしっと指を指し、神谷は沖田の部屋を出ていった。


 「あの人がいると、まるでお日様に照らされているようで」
 沖田がくすくすと布団を揺らす。
 「わかります」
 もつられて微笑んだ。
 「お灸かあ、熱いんですよねえ、あれ」
 「お灸って…」
 「背中に四カ所、労咳に効くお灸の場所があるそうですよ」
 「…そう、ですか…」
 わかってはいるが、沖田の口から病名を聞くと、心に突き刺さるものを感じる。
 「あと、近藤先生が買ってきてくださった人参。効くのかもしれないけど全然おいしくないんですよね。さん、もうちょっと何とかなりませんか?」
 「人参…ああ、朝鮮人参ですか。確かにあれ、匂いもすごいし…」
 近藤が沖田のために用意したのは朝鮮人参だった。煎じて飲むのだが、とにかく苦い。そして匂いもきつい。神谷と交代で用意しているも、もし自分が飲まされる立場だったらと思うと閉口するぐらいである。
 「じゃあ、ちょっとだけお砂糖いれてみますか?」
 「わあ、本当ですか? ありがとうございます。頑張って飲みますね」
 沖田は子供のように目尻を下げる。
 それを見て、もまたくすりと笑みを広げるのであった。


 少しして、会津藩御典医の南部が訪ねてきた。
 簡単な問診をすると、沖田をうつ伏せに寝かせて灸を据える。
 も後学のために、灸のやり方をじっと見ていた。
 「灸が終わるまでいます。終わったら声をかけますから、ご用があったら済ませてきて構いませんよ」
 と南部が細い目でに言う。
 「じゃあ土方副長に報告をしてきます」
 はすっと立ち上がり、副長室へ向かった。


 廊下を歩いていると、斎藤を頭に数名の隊士が屯所を出て行こうとするのが見える。
 (これから特命か…)
 どうぞ無事で、とは遠くから手を合わせた。


 副長室に戻ると、土方も局長室から戻ってきて、稽古着に着替えていた。
 「珍しいですね、お稽古ですか?」
 は畳の上に脱ぎ置かれた羽織や長着を拾って衣桁にかける。
 「一番隊の稽古やってんだろ? 二番隊とまとめて永倉に稽古を任せちゃいるが、本来の組長がいねえってんで緩んでねえか確かめてくる」
 しゅ、と土方が袴の紐を結んだ。

 (確かめてくる、ねえ…)
 本当は稽古場に沖田が姿を現さないように、もし現したら実力行使で布団に追い返すつもりなのだろう。
 それに永倉に加えて副長までが一番隊に稽古をつけたとあらば、沖田も安心するに違いない。
 (素直にそうは言わない人なんだから)
 はくすりと笑った。

 「何だ」
 土方がじろりとを睨む。
 「いいえ、何でもありません。すみません」
 は慌てて喉の奥で笑いを鎮めた。
 「久しぶりの稽古着姿がそんなにおかしいか?」
 ん? と土方が前に出る。

 距離を保とうとは後ろに下がる。
 また土方は足を出す。
 あっという間に、は部屋の隅に追い詰められてしまった。

 の視界には土方の佇まいが映る。
 久しぶりに見た稽古着の姿はとても決まっていて、土方の持つ鋭い空気をより研ぎ澄ませていた。
 稽古着を着て立っているだけ。それだけなのに、言葉で理解するより早く、の心臓はきゅっと鳴った。

 同時に、近藤の言葉が頭の中に鳴り響く。
 ートシと一緒になってくれないか。
 ー君に惚れている以外、何ものでもないだろう?
 (やだ、どうして今、こんなこと思い出すの?)
 は手を胸元に当てて下を向く。

 とくとくと。
 土方に聞こえてしまうのではないかと思うくらいに、心臓が高鳴っている。
 (私、こんなにも好きなんだ)
 だが、誰のことをと名前を思い浮かべる前に、
 (でも、駄目だから)
 ぐっと手を握りしめて、自分の想いに蓋をする。
 それでもはっきりと自覚した想いはの瞳にじわりと溢れてきた。

 「おい」
 目をこするを見て、土方は内心慌てた。
 「ただおかしいかって聞いただけだろ」
 「違います、目にゴミが入っちゃったみたいで…顔を洗ってきます」
 土方の横からするりと抜け出すと、は駆けていった。
 すぐそこにある井戸ではなく、別の少し遠い井戸へ。
 残された土方は怪訝な顔をすると、やれやれとばかりに肩をすくめ、道場へと向かった。



 特命を受けた斎藤は数名の隊士を引き連れて、三浦を警護するために彼の宿泊先へと赴いた。
 場所は油小路花屋町の天満屋である。
 結論を先に言えば、護衛に付いたその日に刺客と遭遇し撃退するという、まさに間一髪の事態となった。

 斎藤たちが天満屋を訪れると、三浦は不在だった。
 留守を預かる男に、近藤が書いた護衛の復命書を見せて、斎藤たちは三浦の帰りを待った。

 三浦が戻ってきたのは日が落ちてからであった。
 斎藤が挨拶をすると、三浦は感謝を述べて一献傾けようと言う。
 斎藤は護衛中だからと遠慮をしたが、酒が運ばれてきたので、護衛の皆で一口ずつ頂戴した。

 半刻も経っただろうか。
 突然どたばたと階段を駆け上る音がし、気付いた斎藤は身構える。
 乱暴に障子が押し開かれ、刺客が躍り込んできた。

 こちらと同じか、少々多いーー斎藤は殺気立つ気配を数える。
 腕に覚えがあるのか、三浦が相手を誰何しながら前に出た。
 その刹那、刺客の一人が剣先を一閃させた。

 剣先は三浦の顔をかすめ、さらに軌道を描いて向かってくる。
 斎藤が横からその剣をなぎ払い、三浦を背にかばった。

 室内の灯りは素早く消され、厳冬に白く曇る息すらも見えない。
 斎藤たちは巧みに敵を建物の外へと誘導した。
 鉄と鉄が激しく噛み合い、月明かりにきらめく。
 気合いか悲鳴か区別の付かない声があちこちから上がり、血の匂いが闇を侵す。

 「三浦の首は討ち取った! 退け、退け!」
 どこからか声が響き、勝利と敗北がくっきりと場を分ける。
 刺客たちは罵声を残して天満屋を去った。

 しかし、討ち取ったという声は、新選組の中から上がったものだった。
 庭の池に落ち、深手を負った刺客が一人残されている。
 斎藤は虫の息の男に、首謀者と襲撃の理由を尋ねた。

 「坂本、の、仇…」
 それだけを血のかたまりとともに吐くと、男は事切れた。
 「坂本…だと?」
 またしても新選組にからみつくその名に、斎藤は細い目を見開いた。




 その後の調べで、三浦を狙ってきた刺客たちは、坂本龍馬が作った海援隊の同志であることが判明した。
 三浦と坂本を繋ぐもの。
 それは今年の四月二十三日に起きた、紀州藩の船と坂本たち海援隊が運行していた船の衝突事故だ。
 讃岐国箱ノ崎の沖合で双方の船が衝突し、紀州藩の船の操舵が悪かったとして、紀州藩は坂本側に八万三千両という莫大な金額の賠償金を払わされた。

 紀州藩側の交渉をしたのが三浦である。
 法外な賠償金をふっかけられた三浦がそれを恨みに思い、坂本たちを惨殺したのではないか。
 きっとそうに違いないと恨みは確信に変わり、坂本に近い者たちが三浦の命を狙った。
 それがこの事件の全貌であった。

 手傷は負わせたものの、新選組が倒した刺客は池の中に落ちた男ただひとりであった。
 一方の新選組は、斎藤をはじめ数名が軽傷。重傷者ひとりが後日死亡。
 そして、戦闘に参加していた近藤の従兄弟、宮川信吉も命を落とした。
 宮川の死を近藤はおおいに嘆き、紀州藩も弔いの金を送ってきた。


 三浦は坂本の暗殺を否定し、身を隠した。
 坂本を慕う者たちの思いはまたしても空振りに終わり、憎しみだけ募らせていく。
 任務を終えた新選組には、苦い思いだけが残った。

 だが時は無情にも進んでいく。
 王政復古の大号令、徳川慶喜の将軍辞職。
 天満屋襲撃の二日後にそれらが発表されることになる。



 20121107