久遠の空 ドリーム小説 第十三章拾遺 rapid fire

第十三章拾遺 rapid fire



 「おや、じゃないか」
 伊東は柔らかな笑みをに向けた。だがは、伊東が敷居をまたいだ直後の険しい顔を見逃さなかった。
 「難しいお話ですか?」
 思わず疑問が口をつく。
 「まあね、そんなところだが…」
 伊東は緩く微笑んでを見下ろす。
 まじまじと見つめられ、は目を逸らした。

 「…ああ、そうか! か、その手があったか!」
 ぱちんと扇を鳴らし、伊東が突然大きな声を出した。
 「そこにいるのはか? 何か用か?」
 障子と伊東の姿の隙間から土方の声が届く。

 「はい土方さん、お茶を…」
 「、実は僕にはとても思い悩んでいることがあってね。君にぜひ解決してもらいたいんだ。組に関わる重要な事柄なんだよ」
 伊東は土方に答えようとするの肩を抱いた。
 「え?」
 は組に関わることと聞いて、問い返す。
 「組に関わることはすなわち、副長である土方君にも関わることだ。協力してくれるね?」
 伊東がの耳に囁く。
 は一瞬どうしようかと逡巡したが、話だけは聞こうと思い、茶を局長室に差し入れると伊東の後について局長室を辞した。
 「、行くな! 参謀、まだ会議中ですぞ!」
 障子の向こうから、土方の怒号が飛んできた。


 伊東はを自分の部屋に招き入れた。
 土方の部屋と間取りはほぼ変わらず、広くて落ち着いた雰囲気だ。
 「座りたまえ」
 伊東がに座布団を勧める。は頷いて座った。

 「君に頼みというのは他でもない」
 伊東は扇を脇に置くと、軽く握った拳を膝の上に載せる。
 「君は洋式調練の進み具合を知っているかい?」
 「はい」
 はこくりと首肯した。新選組内部で洋式に反対する者たちが多いらしいことを神谷から聞いている。そして逆に会津藩から派遣されている調練の師範からも、 新選組はやる気がない、何とかならないものかと愚痴も聞かされていた。

 「それなら話は早い。幕府からのお達しがあっての調練なのにあれでは困るよね。そこで僕は…」
 伊東はにんまりと笑い、に自分の考えを述べた。

 「そ、それは無理です」
 はぶんぶんと手を振って伊東に反対する。
 「君なら大丈夫だよ。ね、この通り」
 伊東は拝むように手を合わせ、にすり寄ってきた。
 「皆にやる気を出してもらうためだ。それにもしこの先も洋式調練が浸透しないままなら、会津藩にも幕府にもいい顔はされない。 土方君が必死で守っている新選組を、君も守りたいだろう?」
 伊東がの両肩に手を置いて、丸い瞳を覗き込む。

 「すべては新選組のため、ひいては土方君のためだ。やってくれるね?」
 頭の後ろで短く結ばれたの髪を、伊東が指に絡める。
 土方のためと強く言われては、に選択の余地はなかった。




 翌日、西本願寺の境内では会津藩の師範による洋式調練が行われた。
 「今日は君たちにまず見てもらいたいものがある」
 と、調練を始める前に伊東が皆の前に立った。

 伊東に促されてその場に出てきたのはだった。袖をたすきで絡げ、袴の股立ちをとっている。普段は見せない格好に、隊士たちは小さくどよめいた。

 「何する気なんだ」
 土方が眉間に皺を寄せてに問う。
 「まあ見ててくれたまえ土方君。今から隊士の皆が洋式調練を好きになる演技を見せるよ」
 代わりに伊東が答えた。

 は前に進み出た。一直線上に小銃が五丁並んでいる。
 手前の小銃を手に取ると、ぎこちない手つきで弾を込め、土を盛った山の前に立つ的に向かって一発放った。

 火薬が大きな音で爆発して、的の右の角を吹き飛ばす。
 初めて撃っての当たりに、隊士の間から声が上がった。
 は次の銃を持つと同じように弾を込め、的を狙った。

 五丁すべてを撃った結果は、的に当たったものが三つ、外れて後ろの土盛りに当たったのが二つだった。
 「初めてにしちゃあまあまあだな」
 土方が的を遠くに見ながら呟く。


 「ここからが本番だ。弾込めの準備を手伝ってくれる五人、そして、いいかい?」
 伊東の声に、小銃に一人ずつ隊士がつき、が最初の位置に戻る。

 「撃ち方はじめ!」
 伊東が号令すると、五人とは素早く動き出した。

 一丁目の小銃に弾が込められ、に渡される。
 は一瞬で狙いを定めると、即座に引き金を引いた。
 弾は今度は的の中心に近い場所をとらえていた。

 は一丁目を隊士に渡すと二丁目に駆け寄り、受け取って撃ち放った。弾は隊士が込めているのですぐに撃てる。またも弾は的の中心付近を貫いた。
 三丁目、四丁目、五丁目とは次々に小銃を撃ち、放った弾丸はすべて的をとらえていた。

 そしてさらにはその場でしっかり立つと、己の懐から自分の短筒を引き抜くやいなや、的に向かって轟音を放つ。
 愛用の銃で狙った的は、どれも中心の黒い丸を撃ち抜いていた。


 硝煙の匂いが漂うと、隊士たちは一斉にに向かって叫び声を挙げた。
 「すげえ、すげえよ山口さん!」
 「これなら剣術の腕前がからっきしでも納得だよな」

 「何てえ技だ」
 土方も驚きを隠さない。

 「そう、皆も知ってのとおり、は剣術の腕前はからっきしだ。けれどもこうして銃の技術はちゃんと身につけている。 もしあの的が敵ならば、成果は十分と言えるだろう」
 伊東がの側に歩み寄る。
 「君たちは剣技の試験をされて入隊してきた。しかし全員が全員究極の手練れではないだろう。そこでこの小銃の出番だ」
 を引き寄せ、伊東は小銃を高く掲げた。
 「相手が撃たれてひるんだところへ切り込めば必ず勝機は得られる。ですらこうなのだから、剣技で攻め込む勘のある君らなら、 なおさら上達は早いだろう。皆、存分に修練に勤しんでもらいたい!」
 伊東の演説に、隊士たちはおおっと咆哮をあげ、我先にと小銃の元へ駆け寄った。


 「ご苦労さん」
 伊東がの頭を撫でる。
 「恐れ入ります」
 が頭を下げた。
 「てめえの入れ知恵か」
 敵意をむき出しにして土方が伊東を睨みつける。
 「今までは師範がああしろこうしろと指図するだけで、実際に撃ってどうなるかを見せたことがなかったからね。 いいお手本を見せたらきっとやる気になると思ったのさ」
 伊東が涼しげに笑った。

 苦虫を噛みつぶしたような顔の土方と、満足そうな伊東がに視線を送る。は思案気に小銃を見ていた。
 「どうかしたのか」
 土方が聞く。
 「あの銃、どれも思ったところに弾がいきません。一回目の試し撃ちで気づいたので二回目ではそれぞれの銃に合わせて修正しましたけど…」
 は自分の短筒に目を落とした。
 「この銃にもくせがあります。撃つ瞬間に若干ですが銃口が下がり気味になります。だから撃つ時にはその分、上を狙っています。 刀にもそういうの、ありますよね。刀によって重さや形はもちろん、振り下ろした時に切れる角度とか違いますよね」
 「まあ、そうだが」
 「なるほどね」
 土方も伊東も納得した。確かに刀ひとつとってみても、長さや樋のあるなし、鍔の形、柄の装飾などで重さがまったく異なる。
 同じ長さ、同じ身幅の刀身であっても、作られたのが最近であれば厚みがありその分重い。古くて何度も研ぎに出されているものは刃が薄く、軽めだ。
 また、刃の研ぎだし方によって切れ味も違う。刀を新たに入手した時は早くその刀の重さや切れる角度を体に覚え込ませなければ、いざという時命に関わる。 それが銃は変わっても同じことのようだ。

 「、それを皆に教えてきてくれないかい? 刀との共通点があればより小銃を扱うのに抵抗が薄れるだろうからね」
 「あ、はい」
 は伊東の言葉に、隊士たちの群に入っていった。



 「土方君、君の小姓は本当に優秀だね。ほら、もう次々と試し撃ちが始まっているよ」
 伊東が銃撃の音を背景に笑う。
 「優秀かどうかはともかく、あんたには今後、他人の小姓を勝手に使うのはやめていただきたい」
 土方がまなじりをつり上げて言った。
 だが伊東は薄笑いを浮かべただけで、自分の計画はうまくいったとばかりにその場から立ち去った。


 (山口…このままにしておくには実に惜しいな…)
 伊東はちらりと背中越しにを見やる。
 はその視線にまったく気づかず、請われて撃ち方を説明している。
 その二人を、土方の目が鋭く見つめていた。







 20100218