第十三章拾遺 分岐点
その日、局長室には幹部が顔を揃えていた。各自、自分の隊に所属する隊士たちからの苦情を挙げ、隊内の今を把握するためである。
細かいことから大きなことまで、組長たちからは様々な意見が上がった。
中でも重要視されたのは、屯所内での豚肉食いと、洋式調練についてだった。
豚肉を食べることについては、隊の健康管理に一役買っている松本良順法眼から言われて始めた。
屯所の台所からでる残飯を利用して豚を買い、滋養のためにその肉を食べるのだ。
しかしこの時代の日本人は普段、獣の肉を常食としていなかった。獣の肉を食べること自体が気味悪いと抵抗があったり、独特の獣臭さを嫌ったりが主な理由である。
鹿や猪などを食べることもあったが、それは冬に体を温めるため、煮込みとして店や辻売りなどで買って食べるものだった。
いかに猛者の集まりと噂される新選組でも、獣肉である豚肉を食べることに抵抗を感じる者は多い。そのため、豚肉を焼いて出しても残ってしまう。
今は豚を残飯で飼っているが、このままでは豚の食欲の方が勝ってしまい、豚を食べるよりも豚が食べる餌代が多くなってしまうかもしれないと、
賄い方と勘定方から訴えが出た。
(残飯で飼うはずの豚に金かけてどうすんだよ…)
話を聞きながら、副長・土方歳三は静かに長いため息を吐いた。
一方、洋式調練は幕府からのお達しがあってはじめたことだ。
しかしこちらも問題が持ち上がっていた。新選組は剣の腕前による試験で入隊した者たちの集団である。それを急に銃に変えて、
地面にはいつくばって撃ち方を練習しろと言われても、はいわかりましたとすぐに対応する隊士はほとんどいない。
会津藩から師範が派遣されての練習を拒否する者も続出している。
(これからの戦は銃砲を使って展開されるだろうに…)
参謀・伊東甲子太郎は、広げた扇の陰で口を曲げた。
夕刻、は京都守護職屋敷から戻ってきた。
副長室に向かって廊下を歩いていると、賄い方の隊士の一人が局長室へと茶を運んでいるのが見えた。
「それ、持っていきましょうか」
は隊士に声をかける。今日局長室で会議が行われていることはも知っていたので、それが局長室へ持っていかれるものだとわかった。
今から自分は副長室へ行く。ついでに茶を運ぶことぐらい造作もない。
「山口さん。ぜひお願いします!」
茶を運ぶ隊士はの声に振り返ると、盆をに押しつけて足早に廊下を戻っていった。
会議でピリピリしている局長室に好き好んで近づく者はいない。は足取り軽い隊士の背中を見ながらふっと笑い、局長室の前に立つ。
は、失礼しますと声をかけようと息を吸い込んだ。
その時、すっと障子が開いた。
そこから顔を出したのは…
副長の土方だった。
参謀の伊東だった。
20100218