久遠の空 ドリーム小説 薄紅の雨宿り 7

薄紅の雨宿り

update:2010.07.17

薄紅の雨宿り 7 

 東海道の旅は順調に進んだ。
 雨も日中はほとんど降らず、夜か明け方に少し降る程度だった。
 なので、朝に雨が残っている日は雨が上がるまで待ち、止んだのを確認してから宿を立った。

 は序盤に痛めてしまった足が直らず、歩いても足をかばいながらで速度が遅いため、駕籠や馬を使って旅程に遅れが出ないようにした。
 土方と斎藤はもっぱら歩きで、伊東は土方に相手にされないと嘆きながらこちらも駕籠に乗ったりと馬に乗ったり。
 伊東は風景や歴史について知識を余すところ無くに披露し、を感心させた。
 べたべたとくっつかれるのには困ったが、伊東は話すのが上手で、長い旅路も退屈せずに進むことが出来た。

 また、道中の宿では必ず休憩を取り、その土地自慢の名物を食べた。
 長い旅路の途中にあるせいか、餅や団子など、力をつけたり疲れを取るものが多かった。また、海や湖に近い地域の宿では魚料理が有名だった。
 ちょっと足を休めるための休憩では甘い物を、食事の休憩ではしっかりとした食事をする。名物には舌鼓を大いに打つものもあれば、ひとくち食べただけで箸を置くものもあった。

 夜は、はなるべく本陣や脇本陣などの公的な宿に泊まり、土方たちは土方の素早い宿確保で飯盛旅籠に泊まった。自分もと泊まると言い出す伊東は、斎藤がさりげなく引き留めた。
 おかげでは静かで清潔な寝床を確保できたし、土方は伊東の猛攻をやり過ごせた。
 毎晩ソレを聞かされる伊東と、伊東に泣きつかれる斎藤にとっては、たまったものではなかったようである。

 季節は春、旅人たちを囲む景色は輝くほどに美しかった。
 連なる山々は遠く霞み、萌える緑と咲き始めた桜に彩られている。
 空には鳶が高く輪を描き、生い茂った木々の奥で鶯が歌い、雀が愛らしくちゅんちゅんと飛ぶ。
 爽やかな風が吹く中、のどかでゆったりとした時間が流れていった。


 しかし、旅は楽しいだけではない。
 険しい山道も峠もある。小石や砂利を敷き、その上に砂をまく舗装がされた道もあれば、道の左右から草が飛び出している道もある。
 そして川もあった。
 自然の水に濡れれば時を越えてしまう可能性があるにとって、川渡りはもっとも慎重にせねばならない。
 どんなに幅の狭い川でも、川越人足がいれば、は必ず渡しを頼んだ。それも、肩に担いで渡してもらうのではなく、輦台(輿)に乗せてもらった。 担いだ感触で女だとばれては困るし、輦台のほうが人足の数が多いため、川に落とされにくいからだ。
 は川越人足には必ず酒手代、いわゆるチップを前払いで多めに払った。なので人足たちはいつでも機嫌良く輦台を担いでくれた。
 川に落ちるわけにはいかない。はごうごうと流れる水面を見つめながら、輦台の手すりにしがみついて川を渡った。


 そしてと、彼女が女だと知る土方と斎藤の三人がもっとも慎重になったのは関所だった。
 徳川幕府の関所は「入り鉄砲に出女」の言葉に代表されるように、江戸への武器搬入を阻止することと、人質扱いである大名家の妻子を江戸から外へ出さないようにするためにある。
 東海道には、駿河国(静岡県)にある浜名湖湖畔の今切、相模国(神奈川県)箱根峠にある箱根の二カ所に、特に取り調べが厳しい関所があった。
 たちは四人並んで番人の前に引き出され、手形を改められた。
 土方たちは何も問題なく、手形改めと口頭で二、三の質問をされただけで通過の許可を出される。
 が一番最後に改められた。
 番人は平伏するの全身を上から下までじろじろと眺める。も、土方も斎藤も、息を詰めて番人がどうするのかを待った。

 が江戸の開成所に行くことは会津藩によって手形で証明されていた。
 関所では、比丘尼が坊主に扮していないか、少女が前髪の少年に化けていないかなども調べられる。万が一のことも考え、は以前一橋慶喜からもらった「この者、一切構うべからず」の紙を手形に添えて提出した。
 それが功を奏したようで、番人はをあっさりと通した。むしろ、一橋慶喜の名に緊張を抱いたようで、それまでとっていた横柄な態度が恭しい雰囲気を含むようにすらなっていた。

 四人は無事に関所の門をくぐって外へ出た。
 冷や汗をぬぐうの肩を、土方がぽんと叩く。が顔を上げるとすでに土方は先へと歩いてしまっていたが、きっと無事に関所を通過出来てよかったなと言ってくれたのだろう。
 首からぶら下げている袋に戻した一橋慶喜の書付に手を当て、はほっと息をついた。
 関所をぐるりと囲む柵をちらりと見ると、も土方の後に続いて歩き始めた。


 だんだん旅に慣れてくると、残りの旅程が気になってくる。疲労も重なり、あと何日この生活が続くのだろうと考える。
 機械に頼らないこの旅がいつ終わるのか、もう京を出てどのぐらいの日数が経過しただろうとは馬上で指を折っていた。
 「、ご覧」
 後ろに座る伊東が前方を指さす。
 がその指の先を視線で辿る。山々の合間に遠く、しかしはっきりと頭に雪を頂いて裾野を優雅に広げるあの山の姿があった。
 「富士山…」
 それはが来た時代と変わらない姿だった。
 加えて、富士山がこれだけくっきり見えてきたということは、江戸へかなり近づいてきた証拠だ。
 は指を折るのを止めた。この旅が何日目なのかなど、今夜の宿泊の際に、毎日の旅程を記した日記帳で確認すればいい。
 「ふふっ」
 伊東がの後ろで笑った。
 「やはり旅はしてみるものだね。君がそんな風に目を輝かせるのは初めて見るよ」
 耳元でそう囁かれ、は笠の前をつまみ、目元を隠す。
 伊東はますます忍び笑いを漏らしながら、を両腕の中に抱え込んで手綱を握った。


 富士山の姿はだんだんと大きくなり、相模湾沿いを歩いている辺りでもっとも大きく見えるようになる。
 一行はそのどっしりと構える雄大な姿に力づけられ、歩を進める。
 やがて富士山は道の前方から横へゆったりと姿を移し、いつしか後ろからたちを見守るようになった。

 江戸まであと一息となってきた川崎で、たちは少し早めに八つ時の休憩を取った。
 「川を越えればもう武蔵国だね。今夜は品川で一泊しないか? 江戸に入るのに、旅で汚れた格好じゃ入れないよ」
 茶屋の涼しい屋根の下で、伊東が茶を啜りながら言う。
 この川崎には六郷(多摩川)の渡しがあり、船で渡ればそこは武蔵だ。さらに二里半も歩けば次の宿である品川に到着する。
 伊東はそこで身支度を調えてから江戸に入りたいらしい。
 「そうですな」
 斎藤が振り分け荷物を下ろし、紐が当たっていた部分をさすって答えた。
 「俺はいいと思いますが、どうでしょうか副長」
 斎藤が、店の外にある赤い傘の下で煙草を吹かす土方に聞く。
 「…いいんじゃねえか?」
 土方はふーっと煙を吐き出しながら言った。

 は名物の米饅頭を指でつまんで、端をひとくちかじる。
 土方の様子がおかしくないだろうか。
 何となくぼーっとしている感じがするし、旅のはじめの頃こそ、伊東が自分にくっつくのを注意してくれていたが、最近はそういった態度も見受けられない。
 今、自分がこうして見つめているのにも気づいた様子がない。
 さすがの土方も、歩き通しで疲れているのだろうか。

 が頭の中で思案していると、伊東がの持つ饅頭をぱくりと食べた。
 「あ」
 「うん、やっぱりに食べさせてもらうとよりおいしく感じるね」
 ぽかんとするに、伊東は満面の笑みを向けた。
 はちらりと土方のほうを見る。
 土方はこちらをまったく見ておらず、空を見つめながら煙を飛ばしている。
 いつもなら土方は、伊東がこんなことをすればすぐここにやってきて、伊東を自分からひっぺがすのに。
 やはり、土方の様子がいつもと違う気がする。
 はしばらく土方に気をつけることにしようと、静かに合羽の裾を握った。



 一行は予定通り品川宿に到着した。
 品川宿は江戸の南側の玄関口であり、東海道、中山道、日光道中、奥州道中、甲州道中の「五街道」の宿場の中でも、最初に江戸近郊に位置した四宿のひとつである。 品川以外には板橋、千住、内藤新宿があり、いずれも行楽地、遊興地として栄えている。特に品川は四宿の中で唯一海に面している風光明媚な場所であり、旅人だけでなく一般の人々も多く訪れる場所だ。 一行は目の前に広がる大海原を見、海風に心地よく頬を撫でられて品川宿に入った。


 品川で一晩泊まった四人は旅の汚れをすっかり落とし、朝、宿から出て話し合った。
 往来にはすでに人が多く出ており、はこの時代の朝の早さを改めて感じた。
 土方が、一度ここで解散し、明日改めて試衛館に集まることにしてはどうかと提案する。
 伊東はこの旅の間中の土方のつれなさを嘆くが、それを無視して土方と斎藤は話を進めた。

 そこへ。
 「土方さ―――ん! 伊東先生っ!! 斎藤さ――ん! ――っ! 久しぶり――っ!!」
 と、元気な声が道の向こう側から響いてきた。

 「藤堂君じゃないか!」
 伊東はその声がするほうを向いて、嬉しそうに微笑む。
 声の主は藤堂平助だった。
 藤堂はあの池田屋事件で敵に額を深く斬りつけられ、その後の“どんどん焼け”の際に六角獄舎で凄惨な処刑を見てしまった。 その心身の療養と、江戸での隊士募集を兼ねて東下していたのである。

 「平助…!?」
 土方が呟く。その表情が青白くなった。
 (え…?)
 は土方の顔を見て、また違和感を覚える。
 確かに土方は陽の感情を表に出すことは多くない。が、江戸以来の同志である藤堂が来て顔色を変えるとは、いったい…?
 が斎藤にも目を向けると、斎藤も何かを推し量るような目つきになっていた。

 藤堂は京から一足早く文をもらい、たちがこちらへ向かっていることを知っていたのだそうだ。そしてそろそろ到着するだろうと日にちの見当をつけて来たらしい。
 さらに藤堂は伊東の実家にも到着を知らせ、伊東の奥方を連れてきていた。
 妻のウメはしとやかな美人で、伊東を待ちきれずに品川まで出てきてしまったと自らを恥じた。が、伊東は妻との一足早い再会をおおいに喜んだ。

 藤堂は皆に会えた嬉しさに話を続ける。
 「ねえ斎藤さん、総司たちは皆元気? 近藤先生も…」


 「山南さんも」


 びしりと、空間に亀裂が入る音が聞こえたような気がした。
 も、そして斎藤も土方を振り返る。
 土方が、表情を失っていた。

 (まさか藤堂さん、山南副長のことを知らない…?)
 の頭の中で勝手に情報が組み上がり、答えをはじき出した。
 が感じた小さな違和感。それがこの答えだったのだ。
 山南が腹を切って死んだことを、土方は藤堂に知らせていなかったのだ。山南とは同門で兄弟のように仲が良かった藤堂に、土方は知らせにくかったのだろう。
 文ですら知らせにくかったことを面と向かって言うのは、かなりの勇気がいる。
 きっと土方は明日、早くても今日これから試衛館で会ったときに言うつもりだったに違いない。
 だから今、藤堂と思いもしない頃合いで会ってしまい、心の準備が出来ていなかったのだ。

 道中、江戸に近づくにつれ、土方は藤堂にどう知らせようか考えていたのかも知れない。
 理由も語らず脱走し、切腹となった山南のことを。
 そうだとしたら、自分が伊東に多少のちょっかいを出されているのが目に入らなくてもおかしくない。


 土方は、山南が脱走して捕らえられ切腹になったと、ただ事実だけを藤堂に語った。
 その訳を聞かされない藤堂は、当然納得がいかずに土方にくってかかる。
 伊東が藤堂を宥めに入り、自宅のある三田に行って、落ち着いて話をしないかと切り出した。
 しかし土方は試衛館に急ぐからとそれを断り、笠をかぶって紐を締めた。

 何の説明もなく場を去ろうとする土方に、逃げるのかと藤堂が詰め寄る。
 土方がとんでもないことを言い出した。

 「山南さんを殺したのは俺だ」
 と。

 逃げも隠れもしない、仇討ちがしたかったら試衛館に来いと言い捨て、土方は歩き去ってゆく。
 藤堂は何も言えずに固く唇を噛み、涙を堪えていた。

 早く土方を追わなければ、雑踏の中で見失ってしまう。
 しかし土方が山南を殺したことは否定しておきたい。
 そんなことを言った土方も、山南がなぜ脱走を企てたのかを知らないのだ。

 は藤堂に歩み寄ろうとした。
 しかし斎藤に腕を引かれ、目で土方を追うぞと合図された。
 今にも泣き出しそうな藤堂には、伊東が寄り添っている。
 はその二人に軽く頭を下げると、斎藤とともに土方の背を追った。



 土方はこれまでの旅路と変わらぬ素早い足取りで歩を進めており、だいぶ先まで歩いていた。
 斎藤が大股の早足で土方に追いつき、その後にが小走りでついていく。
 三人は徳川家の菩提寺である増上寺の前を通ったが、のしかかってくるような朱塗りの三解脱門はくぐらず、その向こうにある愛宕山に登った。

 愛宕山は自然に出来た江戸の山としては最高峰であり、山頂には徳川家康の命により、江戸の火防せのために建立された愛宕神社がある。家康が建立したことにちなみ、 天下取りの神、勝利の神としても祭られており、土方は素通りなど出来るかと拝んでいった。

 愛宕山の階段は急勾配で、登るのにひと苦労だった。
 は息を切らし、汗を拭きながら上まで登り切る。
 ふと振り返ると、そこには江戸の素晴らしい眺望が広がっていた。
 瓦屋根の家並みが遠くまで続き、ところどころに緑の森がある。遙か彼方には、きめ細かく霞む海が見える。その向こうにある陸地は安房国だ。
 この時代、遠近問わず旅が大変人気のある娯楽だと知ってはいたが、なるほどとは思った。こんなに心が解放されるような景色を見られるのであれば、旅が流行るのも道理である。
 も土方と並んで本殿に向かって手を合わせ、ぺこりと頭を下げた。


 三人はさらに一刻ほど歩いて、市ヶ谷柳町にある試衛館道場に着いた。
 新選組局長・近藤勇が道場主として稽古をしていた、天然理心流の本拠である。
 入り口の生け垣のところで水をまく姿があり、土方を見るとすぐに声をかけてきた。

 土方を先頭に敷地に入り、式台のところで近藤の妻・ツネが出迎えしてくれた。
 近藤はこの時代にしては晩婚で、ツネも同様に結婚が遅かった。が、徳川慶喜と並ぶ御三卿の一、清水家の家臣に生まれ、一橋家の祐筆もつとめている。長い間、主のいない道場を守る、しっかりした女性だった。

 三人はまず、近藤の養父である近藤周斎に挨拶をした。
 周斎は近藤の前の道場主で、天然理心流宗家三代目に当たる。近藤に四代目を任せてからは隠居していたが、最近は体の調子を崩しており、近藤もたびたび文で案じていた。
 周斎の部屋には周斎をはじめ、現在の近藤家を支える面々が揃って土方の無事な到着を喜んでいた。
 皆が歳三、歳三さんと下の名前で土方を呼び、土方もその輪に加わって周斎たちに笑顔で挨拶をした。
 近藤とツネの娘、たまが土方にとことこと歩み寄り、手を伸ばす。土方も手を伸ばしてたまを抱き上げた。

 京では常に冷静で、余計な口もきかずにむすっとした顔をしていることが多いのに、この朗らかな様。
 とても屯所では見られない雰囲気を、斎藤もも後ろでじっと眺めていた。
 しかし土方はすぐに笑顔を引っ込めてたまを降ろし、遊びに帰ってきた訳じゃないと言って、藤堂が集めた新選組への入隊希望者の書類を見るために別室へ移った。

 どすどすと廊下を歩く土方に、斎藤が実家へ帰るべきでしたなと咳払いをして伝える。
 土方は仕事で来たんだとそれを一蹴し、ツネから書類の入った箱を受け取った。
 もしかして土方は意外なところをぽろりとこぼしてしまって照れているのかと、はぷっと吹き出す。
 「笑ってんじゃねえ、お前も手伝え!」
 と言って土方は、の額を弾いた。


 三人は自分の荷物を片付けると、入隊希望者の経歴を記した書類に目を通していった。
 藤堂が土方の希望に添って振り落としを行ってくれていたため、多少は腕に覚えのある者たちが揃っていた。
 書類を見ながら、その藤堂と品川で口論したことを思い返す。
 どうして土方は山南を殺したのは自分だと言ってしまったのか、それが事実でもないのになぜ土方が山南の仇にならねばならないのか。
 にも斎藤にも、それが理解できなかった。


 は一室を与えられ、土方と斎藤とは別に夜を過ごした。
 藤堂のことは未解決になってしまったが、これからどうなるのだろう。

 藤堂のことも心配だが、明日の自分のことも案じなければならない。
 江戸に着いたからには、本来の目的である開成所を訪れなければならないからだ。
 京の会津藩の仲間や大坂の適塾のように熱く勉強しているであろう場所を訪ね、失礼の無いよう見学させてもらう。
 一橋慶喜から与えられた任務を無事にこなせますようにと祈り、は布団をかぶった。




 2010717