元治元年六月五日 19
翌日、は午後から黒谷へと出仕した。早朝は怪我人や病人の世話をしたが、事件から六日経ち、
人の手を借りずに動けるようになった者が増えてきた。会津藩公用方の命により診察に来ていた医師はもう来ないし
、藤堂と永倉以外は町医者を頼むほどでもない。ほとんどが医者の息子である神谷の診察と治療を受ければ済む程度になっていた。
神谷の手伝いをしていたは、ようやく手が空いてきたので英吉利語の授業へと顔を出しに行ったのである。
は久しぶりに黒谷の山門をくぐった。手には途中で買った菓子がある。長く休んでしまったので、
英吉利語習得の仲間たちへの手土産のつもりだ。
が英吉利語のための宿坊の門を入ろうとすると、御影堂から真っ直ぐ延びる石畳を歩く人影が目に入った。
「ああ、山口さん」
「柴さん、こんにちは」
愛想よく笑って近づいてきたのは柴司だった。
「今日から英吉利語の授業の再開?」
「はい、病人の様子を見ながらですけど。柴さんはどうされたのですか? 今日は新選組のお手伝いはお休みですか?」
は問うた。柴は新選組に派遣されている会津藩士のまとめ役である。時間的には自分と入れ替わりに前川邸へ行ったのだと思っていたが、
こんな時間に黒谷にいるとはどういうことなのだろうとは思った。
「公用方筆頭の野村様に呼ばれてね。明保野亭でのことについてお話してきたんだ」
土佐藩の麻田時太郎を誤って刺してしまった事件は、土佐藩士の一部から猛烈な抗議が上がっていた。土佐藩は公武合体の一翼を担う藩であり、
幕府や会津藩とは友好関係にあった。が、いくら誤殺や誤認逮捕の許可が出ていても、血盟の同藩であるからこそ許しがたい、
味方を何だと思っているのだと、在京の土佐藩士たちの一部は興奮していたのである。
それが会津藩の耳に入り、野村が柴を呼び寄せて事情を聞いた。
野村は柴の行動を誉め、
「君命を受けて行動し、衆に先んじて力を尽くしたそなたには功こそあれ罪などない。安心するがよい」
と申し渡し、柴を労った。
「土佐藩のほうがどうしても収まらないようなら、ほとぼりを冷ますためにお主を国元へ帰すことも考えておる。殿にご相談申し上げるので、
今しばらく沙汰を待つがよい」
野村はさらにそう付け加え、柴を下がらせたのだそうだ。
「私のために、公用方にまでお気遣いいただいて…」
柴は恐縮して大方丈を振り返る。
「これから私は、兄たちへ委細を話してこようと思う。会津藩邸に行ってくる」
「左様ですか。お気をつけて。あ、これよかったら。たくさん買ってきたのでどうぞ」
は風呂敷包みの中から菓子をいくつか取り出し、柴に差し出した。
「有り難く頂戴しておくよ。兄たちと食べることにする」
「はい、お気をつけて」
柴は懐に菓子を入れると、山門へ向かって歩きだした。
その後ろ姿を見ながらは思う。公用方や藩主が関わってくるのなら、柴はおとがめなしだろう。よしんば事態が悪い方に転がっても、
会津へ帰るという道も残されている。命に従って行動したのだから大丈夫だろう、と。
(もし柴さんが会津に帰るなら、見送りはしたほうがいいかな。いろいろ気にかけていただいたし、お世話にもなったし)
は柴が山門をくぐって角を曲がると、自分も英吉利語のための宿坊へ入っていった。
が柴と会ったのは、これが最後だった。
翌日は藤堂と永倉が熱を出したため、は黒谷へ行かずに神谷の手伝いをして看病にあたった。二人とも傷がなかなか塞がらないところへ、
見舞いに来た隊士たちとともに大騒ぎをしたのが原因だった。二人は神谷からきつくお灸を据えられ、
皆にも見舞いはしばらく遠慮してもらうようにした。
その夜。
斉藤が土方の部屋を訪れた。
「柴司が、切腹いたしました」
「…え?」
茶を出していたの手が止まった。
「柴が? 本当か?」
土方も驚きを隠さずに聞き返した。
「はい、先だっての明保野亭のことが元で」
斉藤は聞き及んだことをおもむろに語った。
おとといと別れた後、柴はともに上京していた兄・柴幾馬と外三郎を訪ね、事の次第を述べた。兄たちも藩主の言葉に従って行動したのだから問題はないだろうと
思ったが、念のため藩の役人たちに相談を持ちかけた。どの役人も事は大きくならずに済むだろうとの見方だったので、柴家のものたちは安堵した。
しかし、その緩やかな見解は会津藩のうちだけのものだった。土佐藩では麻田が逃げようとして槍で突かれたことを“士道不覚悟”として
問責する騒ぎになっていた。
柴から話を聞くと同時に、会津藩は公用方の広沢富次郎と藩医の高橋順庵を土佐藩邸に派遣し、見舞いをした。
が、一歩も土佐藩邸内に入れてもらえず、せめて藩医に診せてもらいたいということすらも断られてしまう。
さらに、応接した土佐藩の者の口振りからは、麻田を切腹させるようなことが窺えた。
広沢たちはすぐ黒谷へ戻り、松平容保に土佐藩邸訪問の次第を報告した。容保は土佐藩との関係が崩れるのを懸念し、もし麻田が切腹したら、
会津藩側の当事者である柴も腹を切らせねばならないと苦悶の表情を浮かべた。
翌日、十二日。
柴の兄・幾馬は己の属する組頭より、藩主が思い悩んでいることを聞き及んだ。幾馬は周りの者たちと相談し、
麻田の処遇次第では司に切腹を勧めねばならないとした。
そこへ、新選組の応援に出向いたはずの司が戻ってきた。
「兄上、私は腹を切ることに決めました」
晴れやかな笑顔で、司は告げた。
「お前…」
二人の兄も、その場にいた他の藩士も呆然とした。
「殿が私のしたことでお困りだと聞きました。私の命ひとつで収まるのであればこれに勝る喜びはありません。
主君のために死ぬのが武士としての常道、何の遺憾がありましょうか」
そう言うと司はすぐに身辺を整理し、兄たちと少し話をした。そして兄の外三郎に介錯を頼むと、藩邸の庭で見事に切腹して果てたのであった。
柴司の切腹はすぐ容保の元へと報じられた。容保や公用方、知らせを聞いた藩士たちはこぞって司の死に哀悼を示し、
侍として天晴れな覚悟であったと誉めた。
司の死は土佐藩邸にも届けられた。土佐藩はその使者を留守居役でもって応接し、
「こちらでも昨夜、麻田が自刃いたしました。会津藩邸に参ってお知らせしようと支度をしていたところでございます」
と、土佐藩側の当事者である麻田の切腹を告白した。
会津の使者である公用方の広沢は、それを聞いて愕然とした。
「昨日の朝、若い侍が麻田を訪ねてきたが、すでに腹を切った後でした。友人だったのだろうか、いま少し早ければ会わせてやることも出来たのに」
土佐藩留守居役は嘆息して言った。
何となく勘が働き、広沢は麻田を訪ねてきた侍の容貌を聞いてみた。門を守っていた土佐藩士が語ったその侍の様子は、
明らかに柴司と思えるものだった。
柴は、新選組の応援に行く振りをしながら、土佐藩に麻田の処遇を聞きに行ったのだ。そして麻田が切腹したとわかるや否や会津藩邸にとって返し、
藩に迷惑が及ばぬよう自分も切腹したのだ。
「柴の葬儀は、明日夕刻より黒谷で行われるそうです」
斉藤は話を終えた。
「新選組と関わりのある事件だからな、行かんわけにもいくまい。近藤さんは明日、あいにく会合で留守だ。
山南さんはまだ黒谷まで行けるほどじゃねえし…源さんに名代として行ってもらおう。俺も行く。
それと、あの時明保野亭に行った奴から二、三人出席させる」
土方が思案して言った。
「、勘定方へ行って香典の用意を頼んでこい。近藤さん名義のものと、組の名義のものの二つだ。いいな」
「…はい」
は立ち上がり、静かに障子を開けたものの、おぼつかない足取りで土方の部屋を出た。
「仲はよかったですからな」
と柴のことだろう、斉藤は閉められた障子を横目で見ながら言った。
「まあな」
土方は斉藤に背を向ける。机の上の筆を執ると、紙の上で穂先をするすると滑らせた。土方は様々な報告や書状を抱えており、柴の葬儀までに、
出来る限り書面の仕事を済ませておかねばならなかった。
斉藤は退出の挨拶をすると、音もなく土方の部屋を辞した。
はしばらくしてから土方の部屋に戻ってきた。手には袱紗に包まれた香典を持っていた。
土方は筆を置くと中身を確認し、懐に入れる。
「土方さん、私もお連れください」
が土方を見上げて言った。
土方はを見遣った。がそう言ってくるだろうとは思っていた。
別れはいつでも辛いものだ。ましてやそこそこ知っている人物との別れだ。義理としては連れていくべきだろうが、
辛い思いをするとわかっているのに連れていくべきなのか、土方は逡巡した。
「お願いします」
は土方の目を真っ直ぐに見つめて頼んできた。
「…わかった」
こんな目をする時のは、腹が座っている証拠だ。土方はを同行させることに決めた。
翌日、と土方、井上、そして明保野亭捜索で一緒だった者の中から武田観柳斎、浅野藤太郎、河合耆三郎の六人は、夕刻までに黒谷へ赴いた。
昼までは薄曇りだった空が、だんだんと黒く重い雲に覆われてゆく。ぽつりと雨が降り出してきた。
他の者たちは黒谷で傘を借り、は英吉利語の宿坊に行って自分の置き傘を持ってきた。
霧雨の降る中、柴の葬儀が始まった。
会津の天寧寺と縁のある鞍馬口天寧寺より僧侶が七名ほど招かれ、長い長い読経が行われた。
藩主松平容保は元よりの病に重ねて嘆きのあまり出席できなかったが、公用方のほとんどが列席し、藩としての哀悼を捧げた。
追悼の煙が漂い、焼香となった。新選組は最後に焼香し、は土方の後に見よう見まねで続いた。
柴は金戒光明寺の会津藩墓地に埋葬された。この墓地は前年の文久三年五月に藩から使用願いが出され、
京で亡くなった会津藩士たちが葬られている。
墓の前で、参列した者が順番に再び黙祷を捧げた。誰もが、助かるはずの若い命が散ったことに涙する。
も唇を引き結んで拳を握り、沸き上がるものを堪えていた。武田と浅野が弔歌を詠んだが、声が震えて読み上げるのがやっとだった。
「新選組の方々はこちらか」
墓地の敷地から出たところで、新選組に柴の兄たちが近づいてきた。
「はい」
土方は顔を上げて答えた。
「司の兄の幾馬と申す。こちらは次兄の外三郎」
「この度は誠に残念なことに…」
新選組一同は頭を下げた。
「いいえ、司は主君に殉じたのです。何を悔やむことがありましょう」
幾馬と外三郎の口元には笑みが浮かんではいたものの、目尻には弟の死を悲しむ涙が光っていた。
「山口殿はどちらの方ですかな」
外三郎が聞いてきた。
「私ですが」
は一歩前に進み出た。
「あなたが山口殿か。司が、いただいた菓子がとてもうまかったと伝えてくれと言っておりました」
「柴さんが…」
「はい。我々もご相伴に預かったのですが、うまかった。馳走になり申した」
「はい…」
は相手が揃って深々と頭を下げてきたのに合わせ、自分も頭を下げた。
「明保野亭に出動した方はおられるか。あの時の司の武勇はいかなるものだったのかお聞かせ願いたいのだが」
幾馬が新選組一同を見渡した。
「私は副長の土方です。こちらにいる武田たちが明保野亭に同行しておりました」
土方は前に出てさりげなくを後ろへ下がらせた。
武田が明保野亭での柴司の姿を語る。強まってきた雨の中、柴の兄たちも、井上たちも、土方も、そしても、司の勇姿を思い描きながらその話を聞いた。
柴の兄たちは丁寧に礼を述べ、墓地から歩いて長い階段を降り、御影堂の前まで土方たちを見送った。今夜は黒谷に泊まるとのことだった。
「源さん、先に戻っててくれ。俺たちは後から帰る」
土方はそう言い、の腕を引いた。
「え?」
は驚いて上を向いた。傘の縁から滴が垂れ落ちる。
「わかった。じゃあ先に戻るとしようかの」
井上は頷くと傘を掲げ、武田たちを率いて参道を歩いていった。
土方はの腕をつかんだまま、井上たちと別の石畳を歩き、小方丈の前から続く坂道を下っていった。は出来るだけ雨に濡れぬように傘を支えながら、土方について行った。
坂道の下には蓮の池があり、細かい雨粒に水面を揺らしている。
その右手には木が生い茂っていた。土方は木陰にを引っ張り込んだ。
「土方さん?」
後で帰るとは、ここで何か用でもあるのだろうか。は暗闇の中で土方の顔を見上げるが、その表情は見えない。
土方は傘を閉じ、自らの体を木に寄りかからせると、を腕の中に収めた。
土方の腕が、を強く抱きしめる。
の手から、傘が落ちた。
「ひじか」
「屯所に…副長室に戻ったら、涙は許さねえ」
葉に守られて、雨はほとんど落ちてこない。
代わりに降ってくるのは、ささめくような、雨の音。
は黙って土方の胸に体を預けた。
日が落ちた後の、雨降る木陰の涼しさに、土方の暖かさが染み込んでくる。
「…っ」
は唇を噛んだ。
知人となった彼が死んだことが、ただただ悲しかった。
土方はを抱え込み、彼女の頭にそっと手を乗せる。
柴は藩主の命に従って、正しい行いをしたはずだ。それでも、藩対藩という大きな組織の前では腹を切らざるを得なかった。
土方は、組織というものの力を思い知った。そして、新選組を強固なものにしていくため、何をすればいいのか考えねばならないことを悟った。
その前に。
今は腕の中の温もりと二人、かの青年の死を悼むことにした。
20090805