元治元年六月五日 11
将軍徳川家茂が江戸へ帰ることが決定し、京師は慌ただしさに包まれた。
三代将軍家光以降二百数十年ぶりの上京であり、攘夷決行を決定するはずの大事な機会であったにも関わらず、幕府側は
結論をあやふやにして去ることとなった。
ただでさえ今までの幕府の態度に煮え切らないものを感じていた尊皇攘夷の徒たちは一層激高し、
その中の過激派の一部は実力行使に打って出た。京や大坂で“天誅”と称して幕府側の人間を襲う事件が頻発したのである。
幕府に相対する尊皇派だけでなく、佐幕派にも攘夷不実行に苛立ちを感じる者たちがいた。
新選組もその一派だった。将軍離京が決まった翌日三日に、近藤は新選組の進退伺いを会津藩公用方を通じて幕府の老中へ提出した。
「自分たちは尽忠報国の志を持ち上京して以来、京都市中見廻りを昨年八月、今年四月の二度に渡って仰せつけられ、役目に励んでいる。
しかし我々が募集に応じたのは見廻りのためではなく、攘夷の魁となるためである。攘夷実行の決断のないまま将軍が京を離れるのであれば、
我々は在京の意義を失ってしまうので、解散を申しつけられたい」
将軍の命令の下、この日の本を守る戦をするために自分たちは集められた。それが実現しないのであれば解散を希望するのは当然の理である。
京都の見廻りは攘夷までの仮の奉公でしかない。近藤はそういった趣旨の書状を寝ずに仕上げ、が黒谷へ出仕するよりも早く前川邸を出て
黒谷へと赴いた。
土方は京の探索を緩めることなく将軍東帰を大坂まで護衛するための人員配置に頭を悩ませていた。そこへ伊庭八郎が訪ねてきた。
「よう、トシさん」
「久しぶりだな」
愛想のいい若者は、眉間にしわを寄せる土方の前にすとんと座った。
「この前はすまなかったな、急に断っちまってよ」
伊庭は頭を下げた。この前とは、土方と出かける予定であったのに都合が悪くなり、土方が藤堂と共に祇園に行った日のことである。
「一緒に江戸から警護にやってきた奴が騒ぎを起こして揚屋(この場合、“あげや”ではなく“あがりや”。牢屋のこと)
入り、現場にはいなかったがお前も連座して謹慎していたってアレか」
土方はその時の事を思い出した。
「こっちは平助を連れていったし、あの夜に行った店は空振りだった。まあ気にするな」
「そうかい、じゃあ気にしねえことにする。その飯がうまかったかだけは気になるがな」
「ったく、食い意地だけは人一倍な野郎だ」
「おかげさんで」
へへっと伊庭は笑った。
「ところでよ」
伊庭が表情を変えた。
「大樹公がお帰りになるってぇ話は聞いてるかい?」
「ああ。おかげでこっちはてんてこ舞いだ」
土方はうんざりしたように息を吐いた。近藤が新選組解散を叫んだものの、本当にそうなる可能性はほぼ皆無だということはわかっている。
だからこそ手を抜かずに京と大坂の探索を続けて情報を集め、さらに将軍警護のための人員を割くことも両立させる。激務に音を上げる隊士たちが
いるのも知っているが、今ここで踏ん張って成果を上げ、新選組がお上に認められねばならないと土方は考えていた。
「俺たちも大坂までお見送りすることになった。その後は江戸に帰る」
伊庭はふと軒先の向こうを見上げた。将軍が江戸へ戻れば、その警護のために来た伊庭たちも当然江戸へ戻る。
「そうか、ご苦労だったな」
心なしか土方の口調が和らいだ。
「トシさん、後は任せたぜ」
ふっと伊庭は目を光らせた。
「しっかし、思っていたよりも京は物騒だったなァ」
頭の後ろで手を組み、伊庭は天井を見上げた。
「江戸にいた時は、京はこう、のーんびりしてて華やかなモンだって想像してたんだが…」
特にここ最近の京は、先に述べたように天誅の名の下に人が殺される事件が頻発していたし、全く関係のない一般の商家や旅宿にも「天誅」と書かれた紙が
無差別に貼られていたりした。
さらに京は古来よりの王城の地であり、幕府が政治の頂点に立っていようとも天皇を第一に敬う風潮が濃かった。幕府側から見ると長州らは幕府を蔑ろにし
世間を騒がせる不敵な者どもである。しかし京の人々にとっては、天皇を担ぎ上げている点において長州らは自分たちと視点が同じだ。それゆえに
尊皇派の浪士たちをこっそりと匿っている町人もいるという噂も土方や伊庭たちの耳に入ってきていた。
「桂も留守居役なんかになっちまって、捕まえたくとも捕まえられねえお立場だし」
「ああ。だがそのことはもういい」
「へぇ?」
「留守居役になったからには、桂もそう軽々しく動けなくなったはずだ。誰か別の奴を動かすに違えねえ。そいつを捕まえればいいだけの話だ」
伊庭も、そして土方も、が唯一桂と接近したときに近くにいた。もう少しで出会うはずだったのに、自分が顔を合わせたら斬り殺してでも
捕まえるつもりだったのにと二人は心の中で舌打ちした。だけが口惜しい思いをしているのではない。
「トシさんに任せておけば何も心配ねえ。俺はうまかった…いや、楽しかった思い出だけを胸に江戸へ帰るぜ」
伊庭は胸に手を当ててうそぶいた。
「頭数が足りねえからお前に残ってもらいてえところだがな」
「それは無理だ。江戸に帰りゃあ講武所の師範の仕事が待ってる」
「ところで、あんたの小姓さんは今日も黒谷かい?」
伊庭がゆるりと室内を見渡した。衣桁には左三つ巴の羽織しか掛かっていない。
「ああ、そうだ」
土方は短く答える。
「よろしく言っといてくんな。また会おうと」
「わかった」
「トシさんも大坂には行くんだろ?」
「いや、俺は留守番だ。近藤さんには総司をつけようと思ってる」
「そうか、大坂に行かねえんならあんたとも今日でお別れだな。準備があるから俺ももう出歩けねえ」
「気をつけて帰れよ」
「おう、ありがとよトシさん。あんたも無茶すんなよ」
「ああ」
伊庭はよっこらしょと言いながら立ち上がった。
土方は門まで見送ろうとしたが、忙しいんだろと伊庭に制されて、式台までの見送りとなった。
飄々とした軽い足取りで、伊庭は去っていった。
土方はその後ろ姿を見ながら、次にあの小天狗に会うのはいつの日だろうと苦笑いを零した。
五月七日、将軍家茂は京を出た。
新選組もその護衛に出向いた。土方の計らいで近藤、沖田、斉藤、井上とその組下が選ばれた。
近藤は局長であるし、一番隊は精鋭部隊である。そこへ両者とつきあいの長い井上を配し、何かあった時には機転の利く斉藤を
据えた。将軍の警護が目的にしては人数が少ないかもしれないが、供奉するのは新選組だけではない。京阪の探索との釣り合いを考慮すると、
これが限界だった。
多数の護衛と見送りを受け、将軍は十六日に大坂から幕艦で出航した。近藤はこれで新選組は解散となり、攘夷決行が決定にならなかったことに
対する悔恨の涙を流して船影が水平線に消えるまで見送った。
しかしその後すぐに老中の酒井雅楽頭に呼び出された。
京は未だ平穏を取り戻せず、世間は不穏な空気に満ちている。再び将軍が上京するまで京を守護せよとの言葉を賜った。
自分の上書が会津藩を通じて幕府に届き、その返事までもらえたのである。近藤は思いがけない言葉をかけられ、喜びの涙にむせた。
実は幕府が新選組にそう厳命した真意は、新選組が解散して京を去り、勝手に攘夷活動を行われたら困るからであった。
幕府側は知っていた。外国との力の差を、攘夷など到底無理なことを。しかし攘夷が不可能だと公言することは、幕府の弱体化を
公的にさらすことになる。それは出来ない。さりとて天皇の攘夷断行命令に逆らうことも出来ない。
近藤はそれに気づかずにいた。
京に戻ってきた近藤は、老中からの返答を意気揚々と土方に語って聞かせた。
土方は夢中になって話す近藤を見て、心の中でよしと拳を握った。
これで新選組の頭たる近藤の心には重しがなされる。組織全体が揺るがないためには、まず大将が揺るがない必要がある。
土方は幕府側の動きに違和感を感じながらも、まだこの時は近藤と同じように攘夷が不可能であることには気がついていなかった。
桂小五郎という目標を失った新選組の次なる目標は、同じく長州藩の吉田稔麿と、肥後藩の宮部鼎蔵だった。
吉田は、尊攘派の吉田松陰から松陰主宰の松下村塾で薫陶を受けた秀才である。
宮部も肥後勤王党の党首を務める男で、吉田の師である松蔭と東北を歴訪する仲だった。
松陰門下の秀才と、松蔭の友人の勤王党首。この二人が出会わずに、行動を起こさずにいるわけがない。
新選組はこの二人の居所を探し始めた。
血なまぐさい。
新選組が地道な探索と巡察と捕縛を続ける中、京も大坂も、尊攘派の活気に満ち、血の臭いに満ちてきた。
五月二十日、大坂の天神橋西詰で西町奉行の与力・内山彦五郎が殺害され、二十二日、東山の方広寺にある京キ大仏に会津藩士・松田鼎の首がかけられた。
二十五日には宮部が入京したとの噂を捕らえ、新選組も会津藩も町奉行所も宮部がどこに潜寓しているのか、その潜伏先を追う。
宮部は早速動いた。二十七日、東山の料亭栂尾にて因州、安芸、対馬、筑前、津和野、岡、備前、福山、浜田、久留米、柳川の諸藩士が密会した。
呼びかけを行ったのは桂とも繋がりのある因州藩の河田佐久馬らだったが、裏で糸を引いていたのが宮部だった。
参加した藩士たちは、長州を押し立てての政局回復と長州決起の際は軍事の助力を惜しまないことを話し合った。
桂は参加こそしていなかったがこの会合の様子を聞き、大坂留守居役の北条背兵衛に書状を書き送っている。
ここにはまだ新選組らの探索の手は伸びていなかった。
二十八日、大坂御堂に紀州藩士三人の首がさらされた。
桂は決起に逸る男たちに武器を所望されていた。用意は出来るが渡してしまったら最後、いつ暴発するかわからない。
桂は尊皇派ではあるが事は穏便に運ぶに越したことはないと思っていた。そこで二十九日には大坂留守居役に、小銃百挺の用意を書状にて相談した。
京では治安担当の松平容保がますます体調を悪化させて、頭痛で寝所から出られないほどになっていた。そこで一橋慶喜が容保に代わって
治安を取り仕切ることになった。
そして同じ頃、長州では八月十八日の政変で辛酸をなめた者たちが出兵論に沸き立っていた。
とうとう家老の福原越後と国司信濃に出撃の準備命令が下ったのである。落ちていった七卿のうち五卿(一人は逃亡、一人は病死)と、共に下っていった
久坂玄瑞、来嶋又兵衛らは出撃命令を今か今かと待ち望む。
は毎日黒谷から書状を持ち帰り、その返事を持って行った。
持ち帰ったものはまず土方へと渡し、土方から近藤へと届けられ、再び土方の元へと戻る。そしてもそれを読まされた。
が探索や捕縛に直接関わるわけではないが、今の状況を何も知らないでは済まされない。現に会津藩士が殺されている。
どんなことがどこで行われているのか知っておかなければ、身を守ることが出来ない。
は真剣な面持ちで書状に目を通し、理解できない部分は土方に教わった。土方もに教えることで内容を再確認し、
その中で改めて気づいた点を分析し直して会津藩への返書に己の考えをしたためた。
会津藩からの情報提供で、新選組は探索をますます厳しく行った。
監察方は尊攘派と関わりのありそうな商家や旅宿、料亭を洗い出し、会津藩に届けた上で朝晩の巡察でその場所々々を徹底的に捜索した。
いくら新選組が会津藩の御預であっても、無闇に市井に押し入ることは出来ない。むしろ、御預であるからこそ会津藩の名に傷をつけるような
無体な真似をしてはならないのだ。しかし怪しい影が見えればその場で影を追跡し、捕まえることもした。現行犯ならばどこからも文句は出ない。
(雨だ…)
六月に日付が変わった夜、寝る前には地面を穿つ雨音を聞いた。障子をそろりと開くと、闇の中に白い筋が絶え間なく落ちている。
「結構降ってんのか?」
文机に向かったまま土方が問うた。
「はい」
は障子を閉め、土方のほうを向く。丸めた背中の向こうに見える土方の横顔は、疲労がくっきりと刻まれていた。
いったいいつ眠っているのか。ここ数日、否、もしかしたらもっとかもしれない、は土方が眠っているところを見ていなかった。
自分よりも遅くまで起きているのは勿論のこと、土方は朝も自分が起きるまでに布団も上げて、身だしなみまで整え終わっている。
「あの、土方さん」
少し休んだほうが、とは申し出ようとした。
「茶」
「はい?」
「茶を持ってこい」
「…はい」
が、土方はそれを察して先に言葉で制した。
余計なことは言うな。
そう言われた気がして、は口を噤んだ。そして言われたとおりに台所で湯を沸かし、茶を淹れた。
「どうぞ」
こと、と小さな音を立てて文机の端に湯飲みが置かれた。
「ああ」
土方は文机の上の書付から目を逸らさずに返事をした。
「あと、これよかったら」
とは言い、懐紙の上にころころと何かを載せて湯飲みの隣に置いた。
ふと土方が目を動かすと、そこには金平糖と落雁があった。
「先日、沖田さんと神谷さんからそれぞれいただいたんです。おいしいからどうぞって」
「ガキか、あいつら」
くっと土方が口の端を上げた。
はその表情を見て、同じように口元に笑みを浮かべる。
「何だよ、人様の顔見て」
「久しぶりに土方さんが笑ったの見ました」
「っ、馬鹿野郎、余計なこと言ってねえで早く寝ろ」
「はい、お休みなさい」
土方に追い立てられるようには布団に入った。
土方は今までの情報を綴った書付に目を通しながら茶を啜った。少し熱めのそれは、じめじめする空気にだれる体を叱咤するようだった。
今見ている書付の部分には、尊攘派の浪士たちが止宿していると思われる場所が羅列してある。特に三条辺りの建物が上がっていた。
三条周辺は会津藩に探索の許可を願い出ている最中であった。
土方は金平糖をふたつみっつ、口に入れた。小さな粒が口の中でからころと踊り、ゆっくりと溶けていく。
耳を澄ませて外の音を聞くと、雨は強まったり弱まったりを繰り返していた。この雨の中でも、監察は休まず厭わずに働いているはずだ。
それなのにどうして自分が眠ってなどいられよう。
土方は雨音の合間にの微かな寝息を聞きながら、再び書付に目を落とした。
翌朝も雨が降ったり止んだりのぐずついた天気が続いていた。
普段よりもうんと早い時間から一番隊が巡察に出かけたところ、辺りをしきりに気にしながら歩く一人の若者を見かけた。
「先生、あれ」
それを目敏く見つけたのは神谷だった。
沖田は神谷と目を合わせると何気ない振りを装って、組下の者たちにも目で合図を送った。一番隊は羽織を脱ぐと一人二人と静かにばらけて行った。
若者は時折足を止めてきょろきょろと周囲を見渡し、三条大橋を越えてなお歩いて行った。
たどり着いた先は南禅寺だった。
「沖田先生、南禅寺の塔頭には肥後藩の宿陣が」
組下の相田が告げる。
肥後藩と言えば、先日から行方を捜している宮部鼎蔵の出身地だ。
沖田は軽く頷くと右手を上げた。
「そこの者、待て!」
相田が若者の前に素早く回り込んで、行く先をふさいだ。
「な、何でっしゃろ」
三門に入る直前で、若者はびくりと体を震わせて足を止めた。
「すみませんね、ちょっとお訪ねしたいことがありまして」
沖田が相田の横から進み出て、笑みを浮かべながら若者に近づいた。
「正直に答えてくだされば何もしません。そんな顔をしなくても大丈夫ですよ」
「し、新選組っ…」
若者の顔は浅葱色の羽織を認識した途端に青くなった。
「さて、ちょっと一緒に来ていただきましょうか」
沖田が若者の手首を掴む。
若者は三門の影に連れ込まれた。
四半刻後。
若者は南禅寺三門の楼上に縛り付けられていた。
実はこの若者、くだんの宮部鼎蔵の手下・忠蔵だった。主人の使いで肥後藩の宿陣である南禅寺天授庵に言付けに赴いたのだが、
運悪く一番隊に見つかってしまったのである。
しかし思ったよりも新選組の詰問は厳しくなかった。主人宮部の所在や用件など、口を割らずに済んだ。
しばらくすると、宿陣から肥後藩士が出てきて忠蔵に気がつき、楼上から助け出してくれた。
「忠蔵、どうした?」
藩士が勢い込んで聞く。
「し、新選組が、宮部様を捜しています」
「何だと?」
忠蔵の発言に、藩士は目を見開いた。
「このままでは宮部様が危ない。私は宮部様に知らせに行きます」
「ああ、頼んだ。私は他の方たちに報告してくる」
忠蔵と藩士は即座に行動した。
忠蔵は元来た道を全速力で駆け戻った。
走りながら忠蔵は自分を捕まえた浅葱色の羽織が視界にないことを確かめた。
そして忠蔵は四条大橋を越えて鴨川を渡り、一軒の家に飛び込んだ。
後をつけられているとはつゆほども思わずに。
その名を、桝屋、と言った。
20090611