嵐の序曲 4
「相変わらず臭いな、ここは。よく自分もこの中にまぎれていたと思うよ」
大鳥はふふっと笑うと部屋の中を見渡した。
「もうドウ砂の精製は行ってませんが、それでも臭いますか?」
塾生の一人が大鳥に聞いた。
「ドウ砂の臭いじゃないね、皆どうせ風呂にも碌に入ってないんだろう? それじゃ女子に嫌われるぞ」
大鳥は塾生全員を見渡した。
「そりゃあ我々は大鳥さんのように麗しき面構えではないからな、元々もてもせん者が今更風呂に入るぐらいでもてたら苦労はないわ!」
塾生の一人がそう言うと、どっと全員が笑い声を上げた。はその輪の外でぽかんとしていた。
「まあそれぐらいにして。大鳥、茶の一服もする時間ぐらいはあるだろう? 来なさい。皆は勉強の続きを」
笑いが収まったところで拙斎が口を開いた。
「はい」
大鳥は階段を下りていく拙斎の後について行った。も塾生たちに会釈をすると階段を下りた。
が最初に通された部屋に戻ると、下男が茶を持ってきた。
「さっきはふざけていたが、本当は皆まじめな者ばかりでしてね」
拙斎は熱い茶を啜りながらに話しかけた。
「風呂にも入らずひたすら勉強勉強。あれだけやれば嫌でも阿蘭陀語が身につきますよ」
大鳥も朗らかな笑みを浮かべながら茶椀を手にした。
まさか、とは茶碗の湯気を眺めながら思案した。あの臭いは、塾生たちの体から臭ってきたのかと。
それほど勉学に打ち込んでいるのだとは思うが、正直に言っていただけない臭いだった。
しかし新選組にも風呂に数日入らない者たちがいる。そういう者たちと屯所の廊下ですれ違う時に同じような臭いがすると、は思い出した。
「ドウ砂(ドウシャ)の実験をやった時は、あまりの臭いに仰天したものだがな」
拙斎は深くため息をついた。茶で温まった息が白く長く空中に吹かれる。
「ドウ砂とは何ですか?」
は質問した。
「私はやらなかったのですが、馬のひづめを鼈甲屋からもらってきて、ほら、鼈甲の代わりではありませんか、馬のひづめは。そのひづめを徳利に入れて
なんだかんだして蒸し焼きにすると取れるらしいのですよ。ドウ砂と言う臭い粉のようなものが。ええと、別の名で何と言ったかな…あんも…何とか…」
大鳥が詳しく説明するのを聞いて、は頭にその光景を思い描いた。ひづめなど蒸し焼きにしたことはないが、生物の体から取れるもので
実験をした結果と“あんも”と言う言葉から察するに、それはきっと。
「アンモニア、ですか?」
「そうそう、そんな名前でした。それが取れるらしいのですが、ひどく臭くてね。あんまり臭いんでご近所から苦情が出て、
舟を雇って川の上でドウ砂を作ってました」
大鳥は拙斎と顔を見合わせ、心底嫌そうな顔になった。
アンモニアならそれは臭いだろうとは思い、この近辺に住んでいる人たちに心から同情した。
そして京屋が言っていたのはこのドウ砂のことだったのだろうと考えた。
「紹介が遅れました。私は大鳥圭介と申します。海陸軍兵書取調方に勤め、兵法書の翻訳などをしております。この度は上様ご上洛の警護に付き従い
大坂までやってきました」
大鳥は笑みを絶やさずにに向かって軽く頭を下げた。
「ほう、それでついでにうちにも寄ってくれたのか」
「ええ、すぐに天保山の視察に参らなければならないので時間はあまりありませんが。私の役目は実は警護でなく、大坂の海防施設の視察なのです」
拙斎と大鳥は目を細めながら言葉を交わした。
大鳥がに目を向けた。
「初めまして、山口です。会津藩で英吉利語の習得を」
「英吉利語ですか!」
の自己紹介を、大鳥は立ち上がって遮った。
そしての真横に腰を下ろすと、さっと彼女の手を握った。
「奇遇ですね、私も英吉利語の翻訳を行っているのですよ。まさかここでこんな偶然に遭遇するとは思わなかったな」
「は、はあ…」
は先ほど二階で塾生が自分に寄って来たのを思い出し、さすが大鳥もここの元塾生だと思った。
「して、どのように学ばれているのです?」
大鳥はの顔を覗き込んできた。
「えっと…あの、英吉利人の講師の方がいらっしゃるので、その方に簡単な文と発音を教えていただいています。それと、辞書が手に入ったので
書き写しております」
「そうですか、会津藩でもそのようなことを…」
「下書きを持参いたしました。ご覧になりますか?」
「是非に」
は大鳥の手を自分の手からゆっくりはがすと、持参した辞書作成時の書き付けを取り出し、拙斎と大鳥に見せた。
二人ともその書き付けを手に取り、じっくりと眺めた。
「これは『英和対訳袖珍辞書』ですね」
「は、はい」
は大鳥が一目でその書き付けの内容を見破ったことに目を丸くした。
「ふふ、そう驚かずとも。江戸の開成所に置いてありますよ」
「かいせいじょ…」
「江戸にある、外国の諸事を学んだり、言語の勉強を行ったりしているところです。ご存じない?」
「はい。すみません、不勉強でして」
「いえ」
は江戸のことは何も知らないので、慎重に言葉を選びながら話した。知ったかぶりをしてはいけないが、
あまり知らないのもまずいかもしれないと、心の中に細波を立てていた。
「…」
大鳥は黙ってを見つめ始めた。
「何か」
はざわめく心を静めながら大鳥にゆっくりと視線を返した。
「All men are created equal.」
大鳥が突然英吉利語で呟いた。
「私の最初の師が言った言葉です。この意味が、お分かりですかな?」
きらりと目を光らせ、大鳥はを見据えた。
この人は、自分を試そうとしている。
もしここで自分が下手なことをしたら、英吉利語習得メンバーの、講師のハーバーの面目にかかわる。
たった自分ひとりのために、そんなことにはなってはならない。
絶対に正解を答えなくては、とは拳を握った。
「人は全て平等である、ということですね」
は落ち着いた口調で述べた。
直訳するなら、全ての人は平等に“作られている”だが、キリスト教の教えでは人間は神によって作られ、神の名の下において身分の上下なく
平等なのだという意味である。ハーバーは宗教をこの国に持ち込むつもりはないが、海外で広く信じられている宗教の基本的な理念を理解せずに
文化を理解し、語ることは難しいのだと生徒たちに教えていた。それを踏まえ、は訳を行った。
「ほう…」
大鳥は感心したように頷いた。
そしてさらに生国や食べ物の好き嫌い、一日の日課などを英吉利語で質問してきた。はその全てに正確に、澱みなく返答した。
どれも簡単な内容ではあったので返事が出来たこと自体は驚かなかったが、大鳥はの発音に度肝を抜かれた。
彼女の発音が、まるで英吉利人であるかのような美しく滑らかなものだったからだ。
「これは驚いたな…まさか会津藩にこれほどの人材がいるとは…」
大鳥は質問を終えるとため息を吐き出し、温くなった茶を口に含んだ。前に座る拙斎も、英吉利語についてはよく知らないながらも、大鳥の反応から
察するにが結構な腕前であることを想像した。
「山口殿は、英吉利語で何を学ばれるおつもりですか?」
拙斎が聞いてきた。
「何を…とは?」
は拙斎へと視線を移した。
「英吉利語を身につけて、それをどのように活かすおつもりなのかと」
「活かす…」
ははっとした。そんなことは考えたこともなかった。英吉利語を学んで、それをどうしようかなど。
ただ転がり込んできた話に乗り、流れに任せて英吉利語の授業を受け、辞書を書き写している。
その後に英吉利語で何をしようかなど、全く念頭に置いたことがなかった。
拙斎は茶碗を両手で覆い、立ち上る湯気を眺めた。
「今はまだ英吉利語を学んでそう経っていないようですから考えられないかもしれませんが、何かこれだという目標をお持ちになると
上達も早いですので、そのうちお考えになったらいかがですか?」
「はい…」
英吉利語を学んでそれからどうするか。今はまだ辞書を書き写す作業がある。しかしそれが終わったら次は何をするのだろう。
ハーバーが作ってくれる教材は確かに実践に即したものではあるが、一人で作っているものだからいずれ限界も来るだろう。
限界が来たその後は、一体どうしたらいいのだろう。は急に、自分たち英吉利語習得の面々の前が暗雲に包まれてきたような気になった。
そろそろ行かなければならないという大鳥と共に、は適塾を辞することにした。
「大鳥、お客様を試そうだなんて趣味の悪い。学問をしている相手の技量を見定めたい気持ちはよくわかるが、初対面の方に失礼ではないか」
拙斎は眉を寄せて、そう大鳥にちくりと注意した。
「ふふ、すみません」
大鳥はばつが悪そうに笑った。
「山口さん」
大鳥はと視線を合わせた。
「はい」
「あなたほどの素養があれば、江戸で学べばきっと天下のお役に立てるでしょう。江戸で学ぶ気はありませんか?」
「えっ…」
は大鳥の申し出に目を見開いた。
「拙斎先生のおっしゃるとおり、今すぐでなくてもいい。ゆくゆくはぜひ考えてみたらどうかな」
そういうと大鳥は懐から矢立を取り出し、小さな紙切れにさらさらと何かを書き付けてに渡した。
「江戸の私の居所です。その気になったらいつでも訪ねて来て下さい。私が学んだ塾を紹介しますよ」
「は、はい…」
は大鳥に手を取られ、その中に紙切れを押し付けられた。
「あなたとはまたお会いしたい。息災で」
「はい、大鳥さんも」
とりあえず紙を受け取ったを見て、大鳥は満足そうに笑った。
「では先生、大坂に来る時はまた伺います。お達者で」
大鳥は拙斎に深々と頭を下げた。
「ああ、お前もな」
拙斎は大鳥の肩を叩いた。
「ありがとうございました。大変勉強になりました」
は拙斎に頭を下げた。
「少しは得るものがございましたかな? またいつでも大坂にお越しの際はお立ち寄りください」
「はい、寄らせていただきます」
拙斎は温かな笑顔でを見た。
「会津藩で異国について学ぶ方々がいると聞いて嬉しかったですよ。これからは外国とも対等に渡り合っていかねばならない時代です。
なかなか閉鎖的な方が多いですが、若い方がこうして少しずつ力をつけているというのは誠に結構なことです。お話を持ってきてくださった公用方の
外島様にもよろしくお伝え下さい。そしてこれからも勉学に勤しんで下さい」
拙斎はそう言って二人を見送った。
「山口さん、では」
「失礼します」
と大鳥は互いに会釈し、道を左右に別の方角へと歩いていった。
が肩越しに振り向くと大鳥もこちらを見ており、手を振ってきた。も小さく手を振った。
「えっと…」
とは懐を探り、帳面を取り出した。その一頁目には先ほど大鳥からもらった紙切れが挟まっている。そして頁をぱらぱらとめくると、
京屋忠兵衛に書いてもらった地図が出てきた。はそれを取り出して、道をよく確認しながら京屋へと戻った。
「あ、来た来た。さーん!」
京屋が見えるところまで戻ってくると、のことを呼ぶ声が聞こえてきた。
「神谷さん」
声のする方を見上げてみれば、京屋の二階から神谷が顔を出していた。
「大坂へ来るなんて言ってなかったじゃないですか。今朝出かけるのを見かけてびっくりしましたよ。どうしたんですか?」
「ええ。英吉利語の授業で誰か一人大坂の塾を視察することになっていたのですが、訪問するはずだった方が倒れたので、私が代わりに」
とんとんと二階への階段を上がりながら、と神谷は話した。
「へーえ、そうだったんですか」
二人は近藤たちの部屋の前まで来た。すでに近藤たち3人は会津藩公用方が宿泊している寺に赴いており、部屋の中には誰もいなかった。
「さん、お話していっていいですか? 鬼副長が警備について公用方の皆さんから話を聞いてくるまで外出禁止だっていうから暇で暇で」
神谷はつまらなそうにため息をつきながら言った。
どこの部屋からか、どっと笑い声があがった。皆、時間を持て余しており、それぞれの部屋で、あるいは別の組の部屋で、思い思いに過ごしているようだ。
「ええ、いいですよ」
いつ帰ってくるかわからない近藤たちを待っているのも暇だろうと思い、は神谷を部屋へ通した。
「で、さんっ、ふふふ…」
神谷はぱしりと障子を閉めると、荷物を置いて羽織を脱ごうとしているに何かを企んでいそうな笑みを向けた。
「はい」
袖から腕を抜きながらは返事をした。
「伏見で副長のこと呼んだでしょ? お熱いなあこの寒いのに。副長と最近どうなのか、たっぷり聞かせてもらいましょうか」
「へ?」
はそこで初めて気がついた。神谷が興味津々といった、黒い気配を発して自分にのしのしと近づいてきていることに。
「神谷さん?」
「別に誰にもしゃべったりしませんから。ねっ」
うふふふと気味の悪い笑みを浮かべながら、神谷はだんだんとに近づいてくる。
「え、別に、あの」
は神谷に気圧されて後じさった。
「神谷さん、いますか?」
その時、部屋の外から沖田の声がした。
「沖田さん」
「あ、沖田先生!」
助かった、とは思った。土方と自分の仲はあくまでも芝居であるから、あまり他人には話せない。は沖田に頼んで神谷を連れて行ってもらえると、ほっと胸を撫で下ろした。
「沖田さん、神谷さんを」
「ね、沖田先生だって聞きたいでしょう? 副長とさんが最近どうなのか」
神谷は今まで出していた黒い気配を引っ込めて、たたっと沖田に駆け寄った。
「ああ、そういえば年末は何かと忙しくてゆっくり土方さんと話す機会も少なかったなあ。さん、年末からこっち、土方さんはどうでした?」
沖田はぽんと手を打ち、にこやかな笑みを浮かべて部屋の中ほどに座り込んだ。
「ささ、さんも座って座って」
神谷が素早くの後ろに回り込み、その背と肩を押して強引に座らせた。
「さあ、どうぞ遠慮なく」
神谷と沖田はの前に陣取った。
「…」
二人に期待を込めた目で見つめられ、はもう話すしかなくなってしまった。
が二人から解放されたのは、間に昼餉を挟んで夕刻のことだった。
夕餉の出来上がる香りが京屋の部屋と言う部屋に広がり、腹をすかせた隊士たちがまだかまだかとざわめき始めた頃に、近藤たちが帰ってきた。
「ただいま…っと」
近藤は自分たちの部屋の障子を開けるなり足を止めた。
「どうした? 近藤さん」
土方が後ろから声を掛けて、部屋の中を覗き込んだ。
中では神谷と沖田が並んで座り、その前にが一人で正座している。まるで父母に問いただされている子どものように、は疲れきった形相だ。
「…お前ら、何してんだ」
土方が怪訝な顔で聞いた。
「じゃあさん、私たちはこれで」
満足そうににこにこと笑い、神谷と沖田は出て行った。
「一体何だ?」
土方は後ろ手に障子を閉めた。
「いえ、何やらあのお二人が、年末からこっちの土方さんと私の行動について根掘り葉掘り聞いてきただけです」
はふうと小さくため息をついた。
「ははは、余程君たちのことが気になるんだね」
近藤が袴を捌いて腰を下ろした。
「余計な世話だ」
土方が目を眇める。
「まあまあ、彼らも君たちのことが心配なんだよ」
山南も腰の二本を刀掛けに置き、近藤の隣に座った。
「ところで、警護のお話はいかがでしたか?」
は土方たちが出かけていた用事を思い出して尋ねてみた。
「ああ、公用方の秋月様と話してきたよ」
近藤が座り直して話し始めた。
「秋月様のお話では、上様は八日辺りに大坂へご到着とか。まだ秋月様もこちらにいらしたばかりで我々の警備の担当場所まで決めていないとのことだが、
明々後日までにははっきりさせるとお約束してくださった」
なので三日後に再び秋月の元を訪問する手はずになっていると近藤は続けた。
「そうですか」
「で、君の宿泊場所についてだが、君の代わりの海老原君のところには、もう別の人が入っているとのことだったよ」
海老原が来られなくなったことに加え、会津藩が大坂で情報を集めさせていた諜報部隊のうち何人かを京都に連れて帰ることにしたので、その者たちの
うちの一人を海老原の泊まる場所に入れたのだそうだ。
「だから君はこのまま京屋に泊まってくれとの、秋月様からのお達しだ。後方からでも警護がどういうものであるのか、新しく入った君に見ておいて欲しいそうだ」
「かしこまりました。ありがとうございました」
は手をついて近藤に頭を下げた。
「明々後日までは暇だな」
土方が話し合いで凝り固まった肩をほぐしながら言った。
「そうだね。組下の隊士たちもきっとそうだろう。次の公用方との話し合いまでは自由行動ということにしてやらないか?」
山南が提案した。
「ひと組ずつ詰め込まれている部屋の中でずっと過ごすのはきついだろうしなあ…そうするか」
近藤はそういって土方を見遣った。
「局長がそう言うならいいんじゃねえか。ただし、門限は暮れ六つ。もし世間様に迷惑をかけたら局中法度に照らして厳罰に処するからな」
土方は近藤の意を汲みながらも、新選組全体のことを瞬時に考えた。まだ芹沢が生きていた時、大坂でも芹沢一派は暴れていた。その時の心象を未だに
引き摺っている市井の人々もたくさんいるだろう。ここで万が一問題を起こす者がいたら、今後大坂での行動がやり辛くなる。土方はそれを警戒していた。
「わかった」
「近藤さんと山南さんで手分けして、各組の部屋に行って直接通達してくれ。その方が馬鹿どもも言うことを聞くだろう」
「そうしよう」
土方の取り決めに近藤も山南も賛成した。
「それで土方君、警護の時の隊列についてだが…」
山南が別の話題を持ち出し、そこではそっと部屋を出て行った。
台所に行って湯をもらい、茶を淹れて、火鉢に入れる炭を箱に入れて部屋に戻った。
男たち三人は警護について真剣に語り合っていた。はその邪魔にならないように、静かに各人の前に茶を置き、火鉢に炭を入れた。
しばらくしてから部屋に夕餉が運ばれてきた。近藤たちは話し合いを続けながら食事をし、終わるとそれぞれが受け持った組の部屋を回り、
三日後までの自由行動と規則を伝えた。隊士たちは外出できる喜びに声を上げた。
近藤と山南が部屋に戻ってきてからも、土方を加えた鼎談は続いた。
は行灯を一つ借り、持ってきた英吉利語の辞書の下書きを読み返していた。他には着替え以外何も持たずに来てしまったから、明日の自由外出時間に
何か読むものを調達してこようとは思った。
三人の話し合いは深夜にまで及んだ。布団を敷いてなお、行灯の火は揺らめいていた。は押入れの中で横になりながらその様子をじっと見つめていた。
ふとこちらに背を向けていた土方の顔が動き、その横顔がにちらりと見えた。
一瞬だけ見えた、揺れる明かりに照らされた土方の顔は、真剣そのものだった。
その横顔にの胸は小さな音を立てた。
(何…?)
は自分に問いかける。
真剣になっている男の人の顔は、いつだって素敵に見えるもの。そう自分に言い聞かせた。
でも、近藤や山南の姿を眺めても同じ気持ちにはならない。
(何でもない)
は押入れの奥の方を向き、土方たちに背を向けた。
目を瞑ると、急に眠気が襲ってきた。今になって疲れを自覚した。無事に任務を終えた安堵感もやって来た。
は男たちの低い声を聞きながら眠りに入った。
20080129