久遠の空 ドリーム小説 嵐の序曲 3

嵐の序曲

update:2009.01.23

嵐の序曲 3 

 「いつまで寝てんだ、起きろ」
 「…は、はい」
 まだ部屋に日の光が差し込んでいない明け六つ、は土方の声で目を覚まして身を起こした。開いた目に押入れの板が見え、 自分がゆうべ大坂に来て土方たちと合流し、押入れに泊めてもらったことを思い出した。
 押入れから出るとすでに土方たちは起きていて、布団を畳んでいるところだった。は朝の挨拶をして自分の布団を畳み、 近藤たちの布団を押入れにしまうと襖を取り付けた。

 「適塾でっか。過書町でんな。それなら今橋渡って行けばすぐですわ」
 宿の主人、京屋忠兵衛は、が適塾の場所を聞くとすぐに紙を出して地図をしたためてくれた。
 「朝のお忙しい時間にすみません、ありがとうございます」
 はそれを受け取ると四つに畳んで帳面の間に挟みこみ、胸元に押し込んだ。今度こそはきちんと入れたのを確認して。
 「蘭医の緒方はんとこですな。あそこの塾生たちは変わってますわ、西洋の妙な術試したり、牛食うたり」
 廊下を行き来して膳を運んでいく女中たちをちらりと横目で見ながら忠兵衛は言った。
 「妙な…術?」
 は首を傾げた。
 「うちに出入りしている舟の水主(かこ)から聞いた話なんですけどな、適塾の庭で臭いもん作って近所から苦情が出たらしいんで、 わざわざ舟雇って川の上でそれ作った輩がおるらしいんですわ。えーと…何て言うてたかな、その臭いもん…」
 忠兵衛はうーんと唸りながら名を思い出そうとしていたが、結局思い出せなかった。
 「ま、もし何やったら話の種に聞いてみるのもええと思います」
 「はい」
 は着物の上から帳面を確かめ、忠兵衛の元を辞した。


 朝食を済ませた後、は出かける支度をして近藤と山南に出かける旨を伝えて部屋を出た。すると後ろから土方がついてきた。
 「お見送りは結構ですよ」
 「そうじゃねえ」
 土方は並んで歩きながら声低く言った。
 「…気をつけろよ」
 「はい、迷子にならないように気をつけます」
 は寒さに耐えられるよう厚着をした上の羽織の紐を確かめながら答えた。
 「だから、そうじゃねえっつってんだろ」
 土方は盛大なため息をつき、の耳元に顔を近づけた。
 「バレねえように、だ」
 「あ…はい、気をつけます」
 これまでは斉藤の“従弟”という先入観を利用し、ごく狭い人間関係の中で、何とか男だと貫き通してきた。 が、今日は全く知らない人間に、たった一人で会いに行くのである。土方も出来る限りを外側から見て、より男らしく見えるかどうかに 気を配ってきたつもりだが、それでも身内の贔屓は多分にある。果たして適塾では見破られずに済むのか気がかりだ。

 「俺は近藤さんたちと一緒に会津の公用方のところに行かなきゃならねえし、斉藤もいねえ」
 土方は近藤と山南とともに公用方の下へと赴き、今後の警備の担当についての打ち合わせがある。斉藤は斉藤で同じく公用方から、 大坂に怪しい者が出入りしていないかを調べる任務を下されていて留守にしている。土方は、こんなことなら島田に“自分がいない場合はいかなる時も に付き従え”と命じておくべきだったかと小さく舌打ちした。警備の打ち合わせが終わるまでは京屋で待機するようにと隊士全員に伝えてあるから 他の隊士も使えない。
 「長居はしないようにするつもりです。では、行って参ります」
 は土方に頭を下げ、京屋の引き戸を開けて出て行った。



 外へ出ると目の前には大きな川が横たわっていた。その水面を何艘もの舟が悠々とした動きで滑ってゆく。
 川にはゆうべ見上げた巨大な橋、天神橋が架けられており、改めて朝の光の中で見ると、対岸まで伝う堂々とした姿に圧倒される。
 がさらに辺りを見渡すと朝日が昇る方向に城が見えた。
 (あれは…おそらく大坂城…)
 大坂城は、騒がしい川岸とは逆に静かで重々しい空気を身に纏って立っていた。
 は城に背を向けると、懐から地図を出して歩き始めた。

 忠兵衛が書いてくれた地図によると、京屋を出て川沿いに歩き、今橋という橋を渡る。そのまま川に沿ってまっすぐ歩いていくと、難波橋がある。 その次に、川の中にある島とこちらの岸を結ぶ一本目の橋、栴檀木橋(せんだんきばし)が見えてくる。栴檀木橋から南に伸びる栴檀木橋筋を左に曲がり、一つ目の角を 右に曲がるとすぐに適塾がある。

 は要所要所で立ち止まり、地図と見比べ、慎重に道を選んでいった。
 「…ここかな」
 は教えられたとおりの道を辿り、一軒の町家造りの建物の前に出た。二階の部分は白い壁で、一階の黒い格子窓との対比が美しい。
 入り口の前に立ち、戸を叩こうとしては一瞬考えた。この場合、どうやって声を掛けたらいいのだろう。
 (頼もう、じゃ道場破りみたいだし)
 「すみません」
 結局、普通に声を掛けて、戸を叩いた。

 「はい」
 戸を叩く音を聞いて、下男らしき男が出てきた。
 「どちらさんで?」
 黒い羽織に縞袴のを上から下までじろじろと見てから下男は聞いてきた。
 「適塾はこちらでよろしいでしょうか。会津藩お抱え、山口と申します。先日よりご訪問のお約束をしておりました海老原郡司の名代として参りました。 先生にお取次ぎ願いたいのですが」
 「ああ、会津の方。少々お待ちを」
 前もって聞いていたのだろう、下男はぽんと手を打つとすぐ奥に引っ込み、再び出て来るとを奥へと案内した。

 は客間に通され、しばし待たされた。
 天井から時折大きな物音や騒がしい声が聞こえてくる。二階に大人数がいる気配だ。
 適塾については僅かしか知らされていない自分が来てよかったのかと不安になってきた。
 適塾は緒方洪庵という蘭医が大坂、江戸、長崎で足掛け十年に及ぶ蘭学や医学の修業の後に開いた私塾である。洪庵は西洋の医学を用いた治療や、阿蘭陀語の医学書の 翻訳などで名声高い人物で、後進の育成にも力を入れていた。天保九(1838)年、大坂瓦町に自らの号のひとつを冠した「適々斎塾」(通称適塾)を開いた。 が、洪庵を慕って入門してくるものが後を絶たず手狭になり、弘化四(1845)年にこの過書町の家を購入して塾を存続させている。洪庵自身は昨年亡くなっているが、 娘婿が後を継いでいると、この話を持ってきた公用方の外島が言っていた。

 「お待たせいたしました」
 出された茶がまだ湯気を立てているところへ男が入ってきて、ゆったりとした動きでの前に腰掛けた。
 「ようこそおいでくださいました。私、適塾の主、緒方拙斎にございます」
 男は緒方拙斎と名乗り、軽く頭を下げた。長い髪を後ろに流し、黒の着流し姿であった。
 「お忙しいところお時間をいただきありがとうございます。会津藩お抱え、山口でございます。会津藩公用方外島機兵衛の用命により参上いたしました。 本来ならば海老原郡司が訪問するはずだったのですが、急病のため私の代理にて失礼します」
 は畳に手をつき、丁寧に口上を述べた。
 「左様でございますか。海老原殿はどのような症状で?」
 「風邪を引いて熱が出ております」
 「鼻水や咳はいかがか?」
 「私は直接会っていませんので、そこまでは」
 は拙斎がだんだんと身を乗り出してくるのをじっと見ながら一つ一つに答えた。
 「ああ、すみません。医者の性でして」
 自分が前に体を傾けているのに気がついた拙斎は、はっとして背筋を伸ばして笑った。

 「当塾のことはご存知ですか?」
 「少々」
 拙斎は立ち上がってを促すと、黒々と光る廊下を歩いた。
 「父…と申しましても私は養子ですが、父の洪庵は幼い頃体が弱く、医者を目指すようになりました。そしてこの大坂で蘭学を学び、江戸で研鑽を積み、 長崎に渡って医学を学び、再びこの大坂に戻ってきて医者として開業し、同時に適塾を開きました」
 廊下の奥には階段があり、そこを二人は上っていった。
 「父は蘭方がいかに人の助けになるかを知り、それを後々まで伝えようと奔走しておりました。お陰で蘭学なら西の適塾、東の順天堂とまで称されるようになりました。 父の教えを受けたい、門人になりたいと言う者が次々とやって来て、多くの人材がここから巣立っていきました」
 階段がきしむ音を立て、二階の喧騒が近くなってくる。
 「父自身も熱心な誘いに負けて江戸に赴き、奥医師と西洋医学所頭取を務めました。残念ながら去年、元々強くない体でした無理がたたって亡くなりましたが、 私や残った塾生が志を継いでおります」
 薄暗い階段を上りきると、途端に明るい光が差し込んできて、は目を細めた。


 「ここが適塾です」


 だだっぴろい畳敷きに三つの窓から自然光が入り込み、中を照らしている。
 そこへ男ばかりがぎゅうぎゅうにひしめき合い、本を広げる者、机の上で熱心に書き物をする者、隣同士論じ合う者、手元の書き付けをちらりと見ては 空を見上げてぶつぶつと言い暗唱をしている者などがいた。
 「皆、少しこちらを見てくれ。会津藩お抱えの山口殿だ。本日は適塾の視察に参られた。挨拶を」
 拙斎がを示すと、何十対もの目がこちらに向けられ、ばらばらと挨拶の言葉が述べられた。
 「山口殿は蘭学は?」
 しんとしたところで拙斎が聞いた
 「いえ。英吉利語を」
 がそう答えると、塾生たちが一斉にどすどすと駆け寄ってきた。
 「山口殿、英吉利語は阿蘭陀語と似ているとはまことか?」
 「英吉利の医学はご存知か?」
 「阿蘭陀人の毛は赤いらしいが、英吉利人は金色だそうだな」
 男たちは次から次へと矢継ぎ早にに詰め寄って質問を浴びせかけてきた。はその熱意が恐ろしく思えて、一歩後ろに下がってしまった。
 「お前たち、山口殿が驚いているではないか。一人ずつ質問しなさい」
 仕方がないなといった表情で拙斎が皆を押し留めた。

 「…私は英吉利語以外のことは門外漢ですので、英吉利語と阿蘭陀語の違いについてはわかりかねます」
 小さく息を吐くとはゆっくりとした口調で答え始めた。
 「それから…英吉利の医学についてもお話できることはありません。阿蘭陀人の毛が赤いかも存じ上げませんが、英吉利人には金の髪の人もいれば、 黒の髪の毛の人もいます」
 落ち着け、と自分で自分を叱咤する。そして出掛けに土方が助言してくれたように、女だと露見しないように振舞わなければならない。 は声を低めに出すように気をつけて話した。
 「そうですか」
 拙斎は目の前の小さな藩士が、突如浴びせられた質問に丁寧に答えるのを見て笑みを浮かべた。
 「お役に立てず申し訳ありません」
 答えることは答えたが、質問に対する答えをほとんど用意できずに、は下を向いた。

 「どうぞ、畳へお上がりください」
 拙斎はを部屋の中へと案内した。
 「こちらは当塾が誇る蔵書です。自由にお手にとってご覧ください」
 部屋の隅には大きな書棚があり、本が棚の上から下、端から端まできっしりと詰め込まれていた。はとりあえず一冊を手に取ってぱらぱらとめくってみた。
 『病学通論』と外題が書かれたその本は、医学の本のようだった。難しい漢字がずらずらと並べられているのでよくはわからないが、 ところどころに病名とおぼしきものが書かれており、その後にその病がどのように発症するかが述べられているようだった。
 はその本を棚に戻すと、別の本を取り出した。『虎狼痢治準』という本だった。中を改めてみると、やはり難しい漢字が並んでおり、何が書いてあるのか さっぱりわからなかった。
 「これは虎狼痢の治癒方法を述べた父の本です」
 拙斎がの横に立つと説明を始めた。
 「“ころり”…ですか?」
 「ご存知ありませんかな、大坂でも江戸でもかなり流行したのですが」
 は“ころり”が何なのか考えをめぐらせた。そしておそらく“コレラ”のことだろうと推測した。下痢と嘔吐による脱水症状、低体温、 低血圧、頻脈などが起き、軽く済むこともあれば死に至る場合もあると聞いたことがある。元の時代では自分の住んでいる場所では発生したことがないため、 あまり気にしたこともなかった病気である。
 「これと種痘が父の功績であると私は思います」
 「種痘…天然痘ですか?」
 は昔読んだ子供向けの衛生についての本に種痘と天然痘の単語があったのを思い出した。
 「ええ」
 がようやく受け答えをしたのを見て、拙斎は嬉しそうに笑った。
 「父は弱い天然痘の菌を人体に埋め込むことによって抗体を作ることを広め、それがとうとうお上に認められるまでになりました」
 誇らしげな眼差しで拙斎は本を見つめる。
 「ご立派な方だったんですね」
 は本を閉じて呟いた。
 「ええ」
 と拙斎は短くも力強い返事をした。

 ふとその時、は妙な匂いがするのに気がついた。
 (何だろう…)
 饐えたような、すっぱい様な匂い。そして何か篭るような匂いである。はくんくんと小さく鼻を動かしてみたが、その匂いが何なのか わからない。要するに臭いのだが…。
 そこへ階段を勢いよく駆け上がる音が二階に響いてきた。
 「拙斎先生!」
 羽織袴姿の男が一人、部屋に飛び込んできた。
 「…大鳥!」
 それが誰であるのか見極めた瞬間、拙斎が破顔した。
 「お久しぶりです!」
 飛び込んできた男は拙斎に頭を下げ、部屋の中を見渡した。
 「皆、久しぶりだな!」
 「大鳥さん! 偉くなって!」
 「どうしてここに?」
 の周りに集まっていた男たちは、大鳥という男の傍にわっと駆け寄った。その途端、先ほどの匂いが少しばかり薄まった。
 「上様のご上洛の警護についてきたんだ。すぐに戻らねばならないが、顔だけでも出しておこうと思ってな」
 わいわいと男たちは集まり、旧交を温めているようであった。
 その様子を見つめるに拙斎が話しかけた。


 「あれは大鳥圭介と言って、適塾の門人だった男です」






 20080122