久遠の空 ドリーム小説 選ばれざるもの 4 女子●ナ給湯室?

選ばれざるもの

update:2008.06.13

選ばれざるもの 4 お湯が沸くまで

 「ねえねえさん、本当に副長とは何も無かったんですか?」
 土間で、興味深々といった風に神谷はの周りを右に左にうろうろしながら聞いた。
 「何もって、何もありませんよ、もともと」
 湯が沸くのを待ちながらは答えた。

 「けっこう仲良しですよねー、あの鬼副長と」
 信じられない、と神谷はため息をつきながら天井を仰いだ。
 編まれた竹の隙間に、鉄瓶から漏れる薄く白い湯気が吸い込まれてゆく。

 「仲良しって言うか・・・」
 は考え込んだ。
 世話になっているのだから当たり前と言うか。別段仲が悪くなる要素が見当たらない。

 「だってあの鬼ですよ?やたらに厳しいじゃないですか」
 「そうですか?厳しくても、間違ったことをおっしゃってるわけじゃないと思いますけど・・・」
 「まぁ・・・それはそうですけどね」
 の言葉に神谷は苦笑いだ。
 隊士への指示や稽古では必要以上に仮借無いところばかりを見せ、決して緩むことが無い。
 あまりの恐ろしさに、ついた形容詞が「鬼の」だ。


 「もしかして・・・副長のこと、好きなんですか?」
 神谷はを下から覗き込みながら聞いてきた。


 「・・・」
 はしゅんしゅんと出てくる湯気に視点を固定したまま、真剣な顔で考え込んでいた。
 「・・・あれ、もしかして本当に・・・?」
 真剣すぎるその表情を見て、神谷はますます覗き込んできた。


 「神谷さん」
 は湯気を見つめたまま呟いた。

 「私は、誰のことも好きになりません」
 どんなに優しい人でも、どんなに厳しい人でも。
 それが、自分がこの世界に身を置くための掟。
 決して誰にも心を許さず、一寸たりとも開くことは許可しない。


 「別に副長のことを好きになっちゃいけないなんて」
 そう言うつもりじゃないのにと、神谷は身を乗り出して言った。
 「わかってます。その気持ちがそういうものでなければ・・・好きですよ」
 ゆっくりとは神谷に向き直った。


 いつも自分のことを考慮してくれる、
 「土方さんも・・・」
 いつも黙って見守ってくれる、
 「斉藤さんも・・・」
 そしてこうして自分を構い、気遣ってくれる、
 「神谷さん、あなたのことも」
 最後にそう言うと、は少しだけ困ったように笑った。
 こんなことを言うのは得意ではないが、自分が言いたいことが伝わればいいのだけれど、と。


 ぼ、と神谷は赤くなった。
 真っ直ぐに見つめてきた“”の憂いを帯びた表情が、男にしては柔らかく、かと言って当然女でもない何かを見せてきたような気がして。
 そんな顔で、意味が違っているとわかっていても、好きだと言われて。
 「や、いや別に、あのですね」
 神谷は下を向いて顔の前で手を振った。


 しゅ、と、鉄瓶の口からこぼれた湯が表面を伝って蒸発する音が聞こえた。


 「お湯沸きましたね」
 は手ぬぐいを持ち、鉄瓶の元へと身を移した。


 慣れた手つきで茶を淹れるを、神谷はじっと見つめていた。
 (何だろうなあ、何か・・・何か違和感があるんだよねえ、さんって)
 神谷はそれが何なのか分からずに、もやもやとしたものを胸のうちに抱えるのだった。




 20080612