久遠の空 ドリーム小説 僻歌―ヒガウタ― 6

僻歌―ヒガウタ―

update:2008.02.29

僻歌―ヒガウタ― 6 

 佐々木が殺された。
 藤堂が持ってきた報告に、土方は目を眇めた。
 「いつだ」
 「つい先日・・・千本通りで」
 藤堂は自分が拾ってきた情報の通りに説明をした。

 藤堂の言った佐々木――佐々木愛次郎とは、浪士組の中でも早い入隊の者で、春先に会津藩主松平容保に黒谷に招かれた場において柔術の稽古披露を務めた男だった。
 なかなかの美男子で尊皇攘夷の志高く、芹沢が気に入って自分の派に引き込んでいた。
 だが芹沢一派が起こすような乱暴狼藉には加わらず、花街にも行かなかった。
 いつのまにか八百屋の娘と恋仲になったらしいという話は土方の耳にも届いていたが――

 「その、娘さんと一緒に殺されてたって・・・」
 藤堂が下を向く。
 「下手人は」
 土方が問う。
 「まだわかってない」
 「・・・そうか」
 藤堂が持ってきた情報はそれだけのようだった。


 藤堂に続報が入り次第告げに来るよう指示を出して下がらせると、土方は腕を組んだ。
 浪士組の一人が殺された。しかも女込みで。
 偶然なのか、故意なのか。
 なぜ女と一緒だったのか。
 誰に殺されたのか。
 その情報を入手しなければならない。

 巡察と称して街を練り歩いている間には様々なことが起こっている。
 元々が“玉”―つまり勤皇の街だ、表面上は幕府の命によって入洛して、会津藩御預となった浪士組にいい感情を持つ者はいない。
 こそこそと陰口を叩かれたり、打ち水を掛けられたりなどは日常茶飯事だ。
 時には不逞浪士と行き会って捕り物を演じる事もある。
 仲間が捕縛された恨みを晴らそうと、虎視眈々と狙っている輩もいるだろう。

 佐々木もそういった手合いのものに狙われたのだろうか。
 巡察中に何かがあり、その意趣返しか。
 浪士組の看板を背負うものなら誰でもよかったのか。
 それとも恋に落ちた娘がらみで何かがあったのか。

 土方は、隊内のことには神経質にならざるを得ない。
 生まれたての、壬生浪士組という赤子を厳しく育てつつ守らねばならないからだ。
 この立ち上げたばかりの今が、浪士組が時代の流れに乗るのか溺れるのかの瀬戸際だ。
 危険な要素は全て排除しなければならない。


 そう、全て。


 少し前に雨が続き、皆がいい加減ゲンナリしていた頃、一人の女が下男を連れて八木邸にやって来た。
 名をお梅、と言った。
 芹沢たちが着物を誂えた太物問屋・菱屋のおかみだと名乗り、掛取りに赴いたのだ。
 その時は持ち合わせがないと言うと、お梅は明日取りに来ると言って芹沢の元を後にした。

 悪かったのはその後だ。
 芹沢は翌日再び用向きにきたお梅を、あろうことか手篭めにしてしまったのだ。
 沖田の話では、実はお梅は菱屋のおかみではなく、妾だったと言うのだ。
 しかも菱屋の主人には他にも女がいて、それを知った芹沢は金を取りに来たお梅に、同情と恋慕の入り混じる感情で狼藉を働いたのだ。

 押し借り、つけ、踏み倒し。
 それに加えて乱暴狼藉とあらば、浪士組は完璧に京の敵になってしまう。
 そうなれば京からは追い出されることになるし、江戸へ戻ったとしても京での噂が流れてくれば、いったい京へ何しに行ったんだと言われることだろう。
 もうここで成功するしか、自分たちには道はないのだ。


 「土方さん、行って参ります」
 朝食の後、は黒谷へ出仕する時間になったので、道具一式が入っている風呂敷包みを抱えて立ち上がった。
 「あ、ああ」
 土方は思考を切り替えて返事をする。
 「平助が言ってたの聞いただろ、気をつけて行けよ」
 「はい」
 誰が何の目的で浪士組の人間を狙ったのかわからない今、屯所に出入りする全員が気をつけねばならない。
 もちろんもそうである。


 笠を目深にかぶり、まだ時間的に強くない日差しの下をは歩いた。
 地面に落ちる影が日を追うごとに濃くなってゆく。
 (土方さんは気をつけろとおっしゃったけど)
 は腰に差した二振りの刀をちらりと見た。
 (戦うことの出来ない私に何が出来るだろう)
 前に黒谷からの帰りに見た、斬り合った末の惨劇。
 自分には出来ない。この刀を抜いて誰かを傷つけるなど。
 たとえそれがこの時代の掟であるとしてもだ。
 (せめて逃げるぐらいは出来るといいんだけど)
 きっとこんな考えは甘いんだろうな、とは自分自身に苦く笑った。



 しばらくして、藤堂が土方へと情報を持ってきた。
 検分の結果、佐々木は後ろからまず斬り付けられ、振り向いたところをばっさりやられたようだ。
 そして同行していた佐々木の女は着衣に乱れなく、おそらく佐々木の刀を取ったのだろう、喉を突いて自害して果てていた。
 その場に大きな血溜まりができていたことから、殺害現場は別の場所でなくその場と言うことで間違いないと見てよさそうだ。

 周りの隊士たちの話を聞くと、その日は佐々木は午前の巡察に加わっており、午後は非番だった。
 恋人である八百屋の娘と会ってくると周囲には言っていたらしい。
 そうなると八百屋が店じまいをした後に娘と逢引だったと考えるのが自然だ。
 行きか帰りか、壬生寺の後ろを走る千本通りで襲われた。

 場当たり的な犯行なら、若くて顔のいい優男が女連れで歩いているところをやっかまれてたまたま襲われたにすぎない。男は殺して金を奪い、女は犯して捨てればいいだけの話だ。
 が、もしこれが怨恨であった場合、佐々木が女と会うことを知っていた者の犯行だという事になる。
 そうだとしたら、犯人は・・・

 「土方さん」
 藤堂の呼ぶ声に土方はふと我に返った。
 「とりあえず俺が知ってるのはこれだけなんだけど、何かすることある?」
 土方が考え込んでいるのを見て藤堂はそう申し出た。
 土方がこの件を解決する気になっている、そう見越しての発言だ。
 「お前の隊はこれから巡察だろ。いつもより目を光らせてこい。それから島田を呼んでくれ」
 「わかった」
 藤堂はすっと立ち上がると、廊下の向こうへ消えていった。

 ややあって、一人の隊士が土方の部屋を訪れた。
 やたらと体が大きく見るからに屈強で、土方よりも少し年上のような男だ。
 「お呼びでしょうか副長」
 うっそりと男が口を開いた。
 「ああ」
 土方が相手を見て言う。
 「佐々木が殺されたのは知っているか」
 「はい、すでに町では噂になっております。佐々木のことを二条城にお仕えする若い侍だと言っている者もあります」
 「なら話は早え」
 確かに佐々木は浪士組の中では身形を整え、いつもきちんとしている奴だったなと土方は思った。
 「佐々木の身辺を洗って来い。小さなことも見逃すな」
 「承知いたしました」
 島田はお辞儀をすると、鴨居で頭をぶつけないように身を屈めて部屋を出て行った。


 昼までに相撲興行についてだの新入隊士の募集の事だのと、数人が土方の元へやってきた。
 ひとつひとつに的確な指示を出して書状を二通ほどしたためると、すでに昼餉の時刻となっていた。
 土方は膳を近藤の部屋に運び、近藤と話しながら食事をした。

 「最近君はどうだ」
 近藤が咀嚼しながら聞いてきた。
 「どうもこうもねえ、いつも通りだ」
 土方も飯を口に運びながら答えた。
 「隣の部屋にいながら、あちらは黒谷へ通っているし俺は俺で出歩いているもんだから、ちっとも顔を合わせないと思ってな」
 ふーと溜息をついて近藤が箸を下ろした。
 「何かあいつに用事でもあんのか、近藤さん」
 土方はそう言って茶を啜った。
 「いや、そういうわけではないが。ただ気になるだけさ」
 近藤が小さく笑う。
 「気になる?」
 土方は眉を上げた。
 「お前が一緒の部屋に住まわせて何も文句を言わないだなんて、不思議だなと」
 「・・・」


 確かに文句はない。
 文句どころか、惚れた相手と同じ障子の内にいるのだから。

 だが、それを差し引いてもに何も言うことはない。
 同じ部屋にいても、いるのかいないのかわからない程静かにしているし、余計なことも一切言わない。言わな過ぎて時々強引に口を開かせねばならないぐらいだ。
 屯所での生活にも慣れて、一通りのことはこなすことができるようになったし、黒谷でもまあまあうまくやっているようだ。
 加えてだらしがないところは見せないなど、隊士の手本にしたいほどである。

 それに池が光らないと、彼女は元の時代に帰ることが出来ない。
 自分の部屋から池を観察するのが一番いい景観だ。


 「まあいいさ、お前がどう思おうと、文句がないならそれでいい」
 近藤は深く追求することもなく、話を終わらせた。
 土方も茶碗を置き、午後の仕事があるからと膳を持って部屋を出た。

 きっと近藤は気がついているのだろう、土方がになんらかの執着があることを。
 だがそれを無理に探るようなことはしない。そういう男だ。

 絶対に、の正体を近藤に知られてはならない。
 土方は膳をぐっと強く掴んだ。

 もし近藤がの身の上を知ったら、きっとかばってくれるだろう。
 しかしが会津藩士になって職務を与えられている今、現状は維持しなければならない。
 局長が承知の上で女を浪士組に置き、主君を謀るとなれば、浪士組が崩壊してしまう。
 万が一の時は自分だけがそれをかぶればいい。

 俺は、かっちゃんを武士にするために京へやって来たんだ。忘れるな。
 自分自身に言い聞かせ、土方は視線を前に向けた。



 数日後、相撲興行が打たれた。
 四条大橋の西、祗園北林で行われた京と大阪の力士による相撲は天気にも恵まれ、京雀たちもこぞって足を運び、大いに楽しんだ。
 浪士組は黒の紋付にて会場の警備に当たり、誰に何を言われてもじっと黙って場内に気を配っていた。
 その態度に相撲見物の人々は、壬生浪もけっこうやるやないかと、いつもと違う目を向けたらしい。

 浪士組は、相撲興行で木戸銭を得た。
 興行場で見物人から取った観戦料を、力士側と浪士組で分け合ったのである。
 会津藩から出ていた僅かな給金よりもはるかに多額の銭が転がり込んできた。
 もちろんそれに至るまでには様々な努力があったので、実感としてはトントンというのが土方の感想だった。
 しかし、今まで芹沢一派のお陰で立った悪評も、相撲興行を招いたのが浪士組だということ、そして開催中に警備を完璧におこなったことで、京の人間から少しはマシな目で見られるようになったのが最大の収穫だった。
 近藤をはじめ、前川邸の面々は胸を撫で下ろした。


 あちらが立てばこちらが立たぬ、とはよくある話で。
 その話を聞いた、八木邸に居を構えている芹沢たちは当然面白くない。
 金が入ったと聞いて前川邸に押しかけてみれば、
 「隊全体の金ですので、まとめてしまってあります」
 と土方にやんわりと制された。
 巡察であるぞと新見が凄んでも、なら尚更金はいらんでしょうと軽くいなされる始末。
 正論であるだけに、芹沢も新見も何も言えずに八木邸へと戻った。

 腹が立ったまま巡察と称して遊里に足を運べば、
 「近藤はんのされた相撲興行、うちも見たかったえ」
 「いっつもは怖いと思てた壬生浪はんたちも、堂々と会場の警備しててなかなかよかったわぁ」
 と、近藤一派を誉めそやす。
 それに比べて、というような目でみられ、芹沢たちは肩身の狭い思いをするしかなかった。



 相撲興行の翌日、島田が土方へと報告にきた。
 「佐々木の周辺を洗いましたが、特にこれと言って怪しいところはありませんでした」
 島田は人を使い、佐々木の家族や近隣との交友、はたまた金遣いについてまでつぶさに調べたが、ごく普通の青年であることしかわからなかった。
 「殺された日に佐々木が女と会うことをもらしていたのは巡察中だったそうです」
 黙って聞く土方の前で島田が続けた。
 「隊列のしんがりを務めており、巡察の経路が終わりそうな頃に、これから人と会うんだと話していたそうです」
 その時は、遠巻きながらも通りに人は多く、誰の耳に入ってもおかしくなかったと言う事だ。

 「同行していた巡察の人員は」
 「はい、ここに」
 島田は懐から、四つに折りたたまれた紙を取り出して土方に渡した。
 土方はそれに目を通す。
 途中で、ぴくりと目が止まった。

 「・・・島田」
 土方が低く呟いた。
 「はい」
 「ここに名前のある奴らの周囲も頼む」
 「はっ」
 調べて来い、と土方は命を下した。


 土方は障子が閉められるとふうと息を吐いた。
 全ては島田のさらなる報告を待たねばならない。
 それまでは四日後に今度はこの壬生で行われる相撲興行へと頭を切り替えておくことにし、土方はこれからの予定を反芻した。


 そして壬生大相撲が開催された日、大きな事件が起こる事になる。




 20080229