士(さむらい)の掟 3 〜彼女と一緒 沖田編
会津藩から壬生浪士組に俸禄が支給されることになりました。
平隊士は一人ひと月一両二分、我々幹部は三両です。賄いのお金も出してくれるそうです。
これで近藤先生や土方さんが江戸に金策の書状を送ることも少なくなるでしょう。
賄いの金額だけでもかなりのものになっていたみたいですから、勘定方の平間さんなんかもほっとしたんじゃないでしょうか。
芹沢さんも無理なつけで飲んだりするのを控えてくれるといいんですけどねぇ。
そうそう、芹沢さんたちが押し借り同然に飲み歩いていた代金とか両替商の平野屋から“借りてきた”百両とかの分も支給されたらしく、これで返済して身奇麗になったって近藤先生がおっしゃってました。
原田さんと永倉さんはお金が入るや否や、隊士の幾人かを誘って島原へ行ってしまいました。かなり鼻息が荒かったです。
誘われて「行きませんよ!!」って激怒していた神谷さんは、山南さんと平間さんと一緒に帳簿付け。
斎藤さんはどこかへ行ってしまったし、近藤先生と土方さんは黒谷へ行きました。
支給された俸禄は、姉夫婦に送るため出来る限り貯金しようと思います。
日常に必要な分だけ財布に収めた私は、部屋でごろりと横になっていました。
巡察の当番は六番隊だし、暇だなぁ。京見物をしていたときに見つけた甘味屋さんにでも行きましょうかね。
でも一人で行く気分じゃないから、誰かいないかなぁ。
それとも為三郎さんたちと壬生寺で遊ぼうかな。
そう思って自分の腕を枕にしていると、部屋の外に誰かが来ました。
「失礼します、山口です。斎藤さん、いらっしゃいますか」
あぁ、さんか。
私は体を起こして返事をしました。
「申し訳ないんですけど今いないんですよ、さん」
「・・・そうですか、ありがとうございます。失礼いたしました」
落胆の気配を僅かに覗かせて、障子に映る影が立ち上がる。
「あ、待ってください」
障子を開けて、私はさんを呼び止めました。
「これからお暇ですか?」
「はい」
さんは半身をこちらに向けて返事をしてくれました。
「じゃあちょっと私に付き合ってください」
京の街をさんと並んで歩きます。
思えばさんと二人で出かけるのは初めてです。
「今日は黒谷へは行かないんですか?」
いつもさんは黒谷に行っているか、前川さんちにいても土方さんの部屋にいます。
「はい、今日はお休みです」
さんが答えました。
「そうですか。ところで斎藤さんにはどんな御用だったんです?」
幾分ゆっくりめなさんに歩調を合わせました。
「会津藩から先日俸禄が出たんですけど、刀を持つように言われたんです」
武士の身分を得たのに丸腰とは。
そう言って公用方の秋月さんは、俸禄の他に刀を買うための手当をくれたんだそうです。
「もう少ししたらお抱えの刀匠が上洛してくるはずなのだが、遅れておってな」
秋月さんは金子を渡すと、この金で大小を買い求めるように言い、さんに一日の休みを与えたということでした。
「それで斎藤さんにお買い物、付き合ってもらうつもりだったんですか?」
「はい、土方さんもいらっしゃらないし、どうしようかと」
さんにして見れば、買い物をするようにと休みをもらったのに、まさか大小を持たないまま明日本陣へ行くわけにもいかないのでしょう。
「刀の見立て方を知らないので、どなたかについてきていただけたらと思ったのですが」
なるほど。
それぐらい一人で行けばいいのにと思いましたが、初めて刀を買うのであればさんの言う事も道理です。
「そういうことでしたら、私がお見立てしますよ。良いお店知ってるんです。行きませんか?」
私が提案すると、さんは
「お願いします」
と頭を下げてきました。
「じゃあ行きましょう」
頭を上げた瞬間、さんが少しだけ笑顔になったのを見ました。
そう言えば、あんまりさんって表情を変えない気がします。
ちょっと珍しいものを見ちゃいました。
柏木町にある刀屋、刀祥堂さん。
お店のご主人は腰がお悪いものの、人柄の良さと確かな目利きでこの界隈では有名です。
暖簾をくぐって中に入ると、ご息女のお菊さんに支えられて今日もお店に出ていました。
「こんにちわ」
「沖田先生、いらっしゃいませ」
「あ、沖田先生、いつもおおきに」
ご主人は辛そうでしたが、お菊さんと共に出迎えてくれました。
「お加減はいかがですか?」
「芳しくはありまへんが、まだまだ頑張らなと思いますわ」
ご主人は精一杯の笑顔で答えてくれました。
「今日はお品物を拝見したくてやってきたんです」
挨拶が終わったところで、私はさんを紹介しました。
「会津藩士の山口さんです。大小を見繕っていただきたいと思いまして」
横に立つさんは、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「ではどうぞこちらへ」
とご主人は言い、お店の奥へと私たちを通しました。
「ご予算はどの程度で」
ご主人がよっこらしょと腰掛けながら聞いてきました。
「そういえばさん、お金持ってきてます?」
私は自分がさっさと連れ出してきてしまったのを思い出し、さんに尋ねました。
「はい、お部屋に置きっぱなしにもできないので」
さんはお財布を取り出して、さらにそこから紙の包みを取り出しました。
中身を改めたご主人は、ではこちらなどと言って、箪笥から幾振りかの刀を出しました。
鞘袋の中に大切に収められた白鞘が、ご主人の手によって姿を現しました。
いつもこの瞬間はわくわくします。
一体どんな刀がその身を現すのでしょう。
刀身が抜かれ、目釘が外されるとご主人が柄を握り、とんと叩きます。
すると茎が柄から外れ、刀の全容がお披露目されました。
乱れ波紋の美しいこと。
腰反りと鋒の均整が見事に取れていること。
全体の放つ雰囲気の静かなこと。
何という良品なんでしょうか。
「拝見します」
と言って私はその刀を見せていただきました。
「素晴らしいですね・・・」
と私はうっとりして刀身を眺めました。
「この樋の筋も・・・」
刀身に掘り込まれている樋も見事です。
私はこの刀を始めとして、お店のお品を次々と心ゆくまで見せていただきました。
どうやらその間にさんは刀を選んだようです。
「沖田先生、うち、もしかしたら近いうちに婿を取るかもしれまへん」
柄や鍔などもすべて揃え、大小を無事に用意することができたさんの横で、お菊さんがぽつりと漏らしました。
「お婿さんですか?それはおめでとうございます」
「・・・お父はんもこない調子やし、子どもはうち一人で、婿を取るしかありまへんのどす」
暗い顔をしてお菊さんは私に言いました。
「そうですか。でもお店の・・・ひいてはお父上のためですもんね。頑張ってくださいね」
励ましたつもりだったのに、お菊さんはますます表情を固くしてしまいました。
私、何かまずいことでも言ったんでしょうか。
鞘袋に包まれた大小を大事に抱えたさんとお店を出ました。
「沖田さん、ありがとうございました。いいものを買えた・・・と思います」
詳しい事はわかりませんが、とさんは付け加えた。
「いいんですよ、私もいいお品を鑑賞できたし。よかったですね」
私は笑いながらさんと肩を並べて、自分の目的地へと進みました。
場所は甘味処です。
京に来て何度か街を歩いてみたけれど、ここが甘味処の中では一番評判もよく、おいしそうな感じです。
食べるお金ができたら来ようと思ったお店のうちの一軒です。
私は先に立ち、暖簾を上げて中に入りました。
「いらっしゃいませ〜」
舌足らずなしゃべり方の、かわいらしい店員さんが挨拶してくれました。
「あちらのお席へどうぞぉ」
窓際の空いている席に通され、私たちは座りました。
「あぁ、喉乾いた」
「お疲れ様です」
刀祥堂さんでずっと溜息ばかりついていたせいか、とっても喉が渇きました。
「ここはお汁粉がおいしいらしいです。さんもお汁粉でいいですか?」
「はい」
「すみません、お汁粉三つ」
私はさんに確認を取ると、横を通っていった店員さんに注文しました。
「三つですか?」
さんは不思議そうな顔で私を見ました。
「ええ、私が二つ食べますから。とりあえず」
私は久しぶりに甘いものをたくさん食べられることに頬を緩めました。
「・・・そうですか」
さんはいささか怪訝そうに眉を寄せました。
何かおかしいでしょうか?
「お待たせいたしましたぁ」
ゆっくりと湯気をくゆらせて、お汁粉が運ばれてきました。
店員さんはとんとんとんとお椀を手際よく置き、ごゆっくりと言ってお店の奥に戻っていきました。
「うわあ、おいしそう。いただきます」
立ち上る甘い香りにもう我慢できません。
私は手を合わせると匙を持ち、お椀を手に取りました。そしてひと掬いし、口に含みました。
ああ、甘い。
口中に広がる甘さ。豆の香り。ちょうどいい温度。舌で楽しむお餅の柔らかさ。
おいしい・・・。
目を閉じては〜っと幸せな溜息をつきました。
そして目を開けると、さんが匙をお椀に突っ込んだまま私をじっと見ているのに気がつきました。
「?」
どうかしたんでしょうか。
「い、いや、おいしそうに食べるなと思って」
さんは慌ててお椀に視線を落とし、お汁粉をかき混ぜました。
「だっておいしいじゃないですか。さんもおいしいもの食べたら幸せな気持ちになりません?」
と私は首を傾げて言いました。
「・・・そうですね」
さんは匙を動かす手を止めて顔を上げ、ふっと口元に笑みを浮かべました。
その笑顔の自然なこと。
屯所にいる時にはこんな顔を見せたことないのに。
おいしいものを食べてるおかげですね。きっと。
「さ、どんどん食べましょう。さんももう一杯いかがです?」
「は、はい」
さんは私の言葉にまた表情を戻してしまいました。
でも、いつもは見せない顔を見ることができて私は嬉しかったです。
「あ、すいませんお代わり三つください」
自然とお代わりも進みました。
「・・・」
さんが私を見ています。
無表情です。
さんの前にはお汁粉のお椀が二つ、私の前には十一ほど。
「これくらいでやめておきましょうかね。腹八分目って言うし」
「は、はちぶんめ・・・」
甘いものを堪能した私の言葉に、さんはちょっと目を見開いたみたいでした。
お茶もいただいて喉を潤すことも出来たし、そろそろ帰りますか。
立ち上がってお会計をしようとしました。
「ごちそうさまでした。おいくらですか?」
「あ、沖田さん、私が払います。お付き合いしてくださったお礼に」
さんは慌てて立ち上がり、素早い動作でお財布からお金を取り出しました。
「いいですよ、私のほうがたくさん食べたんですから」
私はさんが出した小銭を押し戻しました。
「いいえ、気持ちで。出させてください」
さんはぐっと私の手を逆に押し、絶対に自分が払うと目で訴えてきました。
「・・・わかりました、じゃあ今日はごちそうになります」
そうやって視線で何かを言ってくるのって、ちょっと土方さんに似てるかな。
「ありがとうございます」
幾分目尻を和らげてくるりと店員さんに振り向くと、さんはお会計を済ませました。
お店の外に出ると、お天道様がまもなく赤く焼け落ちるところでした。
夕日に染まる町並みを見ながら屯所へと歩きます。
私がほぼ一方的に喋っていて、さんは短く返事をしたり、ちょこっと喋るだけです。
でも、ちっとも嫌じゃない。
むしろさんらしいと思います。
口数は多くないけれど、必ずこちらの話を聞いていてくれます。
「あっ」
と突然さんが声を発し、前に倒れました。
「さん!」
私はすぐ助け起こしました。
「どうしました」
「す、すみません」
さんは視線を後ろに移して謝罪の言葉を口にしました。
その先を自分も目で追うと、無精髭の男二人組がこちらを見て立っていました。
「おいおい、人にぶつかっておいて何だその目は」
「兄貴にぶつかっておいて生意気だぞ」
いかにも無頼の徒、といった感じです。
確かにさんは相手とぶつかったけれども、倒れた方向は前です。
つまり、
「あなたたちが後ろからぶつかってきたんじゃないですか。そちらこそ謝ったらいかがです」
呆れます。いわゆる“アタリ屋”ってやつです。
「うるせえな、貴様がぶつかったわけじゃねえだろ、引っ込んでろ」
「そうだそうだ、兄貴の前だぞ、引っ込んでろ」
向こうは威勢良くこちらを睨みつけてきました。
「あー痛え、腕にぶつかられたぜ。こりゃあ医者に行かなきゃな」
「お前のせいだぞ、兄貴に弁償しろ」
ああ、まったく。
「そちらがぶつかってきたのを百歩譲って謝ったんだからもういいじゃないですか。さ、さん、行きましょう」
私は面倒くさい相手に会ったなぁと思いながら、さんの袖を掴み、その場を立ち去ろうとしました。
「てめえら何さっさと行こうとしてんだ、ふざけんな」
「そうだそうだ、兄貴の言う事聞け」
二人は声を荒げていますが、もう関らないのが吉です。
「沖田さん」
さんが心配そうに私を呼びました。
「大丈夫ですよほっとけば。もう暗くなります、帰りましょう」
私はさんを引っ張るようにして早足で歩き始めました。
「待ちやがれ!」
相手が大声で叫びました。
街の人たちもびっくりしています。
ゆるゆると振り向くと、相手は大刀を抜きました。夕日を受けて、白い刃がきらりと光りました。
辺りは騒然となり、街の人たちは皆物陰に隠れました。
「金を置いていけば許してやるっつってんだ。大人しく出しやがれ」
ちゃき、と相手が柄を強く握りました。
「っ、沖田さん」
さんの面が白くなり、腕が微かに震えているのが分かりました。
「駄目ですよ、武士がこれしきで怖がっちゃ」
鞘袋を抱きしめるさんを後ろに下がらせ、私も己の刀の柄に手をかけました。
鯉口を切る音に続けて、すらりと鞘鳴りの音。
「やるのかてめえ」
相手が構えました。
正直、構えからして弱そうです。
「そちらこそ、やる気ならかかっておいでなさい」
「何をっ!」
相手が突っ込んできたのを軽くいなしました。
思ったとおり、太刀筋がめちゃくちゃです。
刀を使うまでもないと思い、右手に柄を持って、左手で相手の手首を払いました。
相手はうっとうめくと刀を取り落とし、前につんのめりました。
その背を叩き、地面に倒れ伏したところで刀を素早く鞘に収め、相手を取り押さえました。
「まだやりますか?本当にお医者に行くまで」
そう囁くと相手は悲鳴を上げて私を振りほどき、刀を拾うと二人して這這の体で逃げていきました。
「大丈夫ですか」
呆然として立ち尽くすさんに声をかけました。
「・・・あ、はい・・・」
血の気が失せた顔で、さんは返事をしました。
「武士でしょう、あれぐらい平気でなくてどうするんですか」
さんも武士の家柄なら、あれぐらい片付けちゃってもいいのに。
「・・・すみません」
下を向いてさんは鞘袋をぎゅっと握りました。
「あ、いえ、別に怒ってるわけじゃないんですよ」
あ、しおらしい態度に、こちらが困るじゃないですか。
「も、もう土方さんたちお帰りでしょうかね、私たちも早く帰りましょう」
私はさんの手を引いて、走るように屯所へと戻りました。
屯所へ戻ると、玄関の式台に土方さんが立っていました。
「あ、土方さん、帰ってたんですか。お帰りなさい」
「お帰りじゃねぇだろ」
・・・何か、怒ってる。
「勝手にを連れだすんじゃねぇよ、このバカが」
思いっきり眉と眉の間に山と谷が出来てる。
「すみません、ちょっとご一緒してもらいました」
「いえ、私の方が沖田さんに買い物に付き合っていただいたんです」
いや、結果としてはそうかもしれないけど、最初に誘ったのは私だし。
「うるせぇ、とにかくテメェはこっちに来い、」
土方さんはぐっとさんの腕を引っ張り、式台に上げると、そのままさんを連れて行ってしまいました。
「土方さん、草履・・・」
「いいから部屋に来やがれ、黒谷以外にうろつくんじゃねぇ」
草履を履いたままのさんの背をどんどんと押し、土方さんは奥へと入っていきました。
さんはちらりとこちらを向き、ぺこりと頭を下げました。
その目は、「今日はありがとうございました」と語っていました。
翌日、土方さんが私に話し掛けてきました。
「昨日の事はから聞いた。テメェのこと、いろんな意味ですごいだとよ」
・・・いろんな意味?
どの辺りでしょうか。
いい刀屋さんを紹介したことでしょうか。
それとも変なのをやっつけたことでしょうか。
20080111