Excuse Me? 8
斎藤が江戸へ発ってから数日後、考試で合格した新入隊士たちが集まった。
八木邸の庭に全員を集め、芹沢・新見・近藤の三局長からそれぞれ挨拶があり、寝泊りする部屋へ案内された。
そこでは、先日沖田が言っていた同じ苗字の山口真一郎と顔を合わせた。
「山口真一郎です。よろしくお願いします」
「山口です。こちらこそよろしくお願いします」
こざっぱりとした、一見線の細い人物で、すっきりとした感じの青年だった。
一緒に入隊した相田眞吾と早くも意気投合したようで、お互いの出身や剣の流派、入隊した事への喜びなどを語り合っていた。
新入隊士たちを加えた壬生浪士組は人数が増えた事で少し格好がついてきた。
様々な流派の猛者達が集まり、沖田などは稽古が楽しくて仕方がないようだった。
また、市中見回りも昼夜の交代制になり、藤堂が心配していた体力・精神力での不安も解消される事になった。
今後も隊士の数を増やして一軍を結することが出来る様、考試は続けられていた。
さらにその数日後、会津藩より一通の書状が届いた。
芹沢一派は例によって「巡察」と称して外出していたので、近藤たちが開封することにした。
前川邸の庭に芹沢たち以外の者が集まった。
まずは近藤が中を読み、山南に渡した。山南も目を通し、土方に回す。
土方が立ち上がり、よく通る声で文面を読み上げた。
「“明十六日、主人肥後守儀、各様御一統へ御目に懸けられたき旨を申し付けられ候間、九ツ時までに黒谷旅館へ御詰めになられたく、この段貴意を得たく、かくのごとくに御座候。以上”」
ざわりと場がどよめく。
自分達を預かりにしてくれている松平容保から、翌日九つ、つまり正午までに、会津藩本陣である黒谷金戒光明寺に集まれという内容だ。
「追伸がある。“昨今まで御新参の衆まで、洩れなく御召しにならるべく候”」
近藤に目配せをして、土方が座る。
立ち上がった近藤が、全員を見回して言った。
「諸君、明日、松平肥後守様に謁見である。服装及び身だしなみを相整え、御預の名に恥じぬよう、毅然たる態度で臨んでもらいたい!」
近藤の呼びかけに、一同は「おう!」と気合の篭った返事をした。
「謁見かー、新入隊士が入ったところだし、丁度いいんじゃない?」
藤堂が笑顔で言った。
「そうじゃな、肥後守様のお姿を拝見したら皆気合が入るじゃろう」
井上も顎を撫でながら言葉を継いだ。
「俺はそんなもんなくても気合充分よ。なぁパッつぁん」
原田が地に衝いた槍に寄りかかりながら永倉に流し目を送った。
「じゃあもっと入れてパンパンにしとけ」
永倉は謁見と聞いて些か緊張の面持ちだ。
明日は七つ半に起きて準備や仕事を済ませるように指示が出た後、解散となった。
近藤は返書を認めると言って自室に向かった。
山南と土方もそれぞれ部屋へ引き上げた。
「明日は皆さん大変ですね」
が障子を閉めながら言った。
「何言ってんだ。テメェもだろ」
土方は横目でを見た。
「え」
「書いてあっただろ、“昨今まで御新参の衆まで、洩れなく御召しにならるべく候”って」
「・・・それはつまり」
「最近入隊したヤツらまで全員連れて来いってこった」
は頭の中でゆっくりと思い出しながら口を開いた。
「会津藩、ですよね」
「あぁ」
土方はもうが何を言いたいのか分かっているかのように返事をした。
「ということは、先日お会いした公用方の方もお見えになるかもしれないんですよね」
「何だか言葉が変になってるぞ。まぁそうかもな」
「この前斎藤さんと話したときには、公用方の人たちには気をつけろって」
「仕方ねぇだろ、命令なんだから」
の主張を土方はあっさりと切り捨てた。
「別にお前だけじゃなくて壬生浪士組全体を呼んだんだ、俺の傍に控えて静かにしてろ」
にそう言うと、土方は明日のことをもっとよく詰めると行って近藤の部屋へ行った。
ぽつんと一人、は部屋に残された。
襖の向こうは近藤の部屋だ。耳を澄ますと近藤と土方が何かをぼそぼそと話しているのが聞こえてくる。
自分と土方の会話も聞こえるかもしれない、と今更ながら思った。
は、今後もっと声を低めるよう心がけることにした。
「おい」
突然襖が開き、土方が顔を出した。
「は、はいっ」
は肩をびくつかせた。
「何ビビッてんだ。ところでお前、黒い羽織は持ってるか」
「黒い羽織ですか?いえ、持っておりません」
行李の中に収められているものを頭の中で反芻して、は答えた。先日買い物をした中にも、本物のが残していった物の中にも、それはなかった。
「だとよ、近藤さん」
土方が近藤を振り返る。
「君、明日は会津公の謁見だ。できるだけ正装に近い形で行きたいと思っている」
「はい」
「今から八木さんのところへ行って、君の分を借りてきてくれないか」
「わかりました」
近藤は柔らかな笑顔で頼むよ、と言い、再び土方と話し出した。
はすぐに八木の元へ行き、羽織を借りた。
「近藤はんもな、前に羽織を借りに来たことがあるんですわ」
八木は嫌な顔ひとつせず、きれいに折りたたまれた羽織をの前に差し出して言った。
「初めて守護職様にお目通りの際に、将軍警護のためだけに上京したもんやから、羽織をお持ちになっておらへんかったようで」
あのときの近藤はんの恥ずかしそうな顔といったら、と八木は微笑んだ。
たぶんあのいかつい顔を僅かに赤らめてお願いしたに違いない。それを想像するとの口元にも笑みが宿った。
「すみません、有難くお借りします」
は手を突いて頭を下げ、八木の部屋を後にした。
明日は謁見なんだから今夜は池を見張るのもほどほどにしておくように土方は言って、早々に寝床に入った。
は首肯して同じく布団に横になったが、池を視界に入れるとどうも眠れない。
光ったら数日はそれを湛えているという話だが、もし見逃してしまったら。
そう思うと緊張して眠れないのだ。
時計がないので何時まで起きているのかわからないが、かなり夜更けまで目が冴えている。
今夜もまた眠れなかった。
土方は背中越しに彼女が起きている気配を感じてはいたが、横になってからは何も言わなかった。
二人ともいつのまにか目を閉じていて、気が付いたら朝だった。
いつもより早めの朝飯、朝の巡察、朝の稽古。
何もかもを繰り上げにして、壬生浪士組の総員は前川邸の庭に集合した。
昨日まではてんでバラバラだった服装も、今日は黒い羽織に縞袴と揃っている。
二十数名が姿勢を正し、一気に整列して立っているというのは迫力ある光景だった。
も八木に借りた羽織を着て列に加わっていた。
迫力に飲み込まれそうになっているのか、会津公用方との遭遇を考えているのか、表情を固くしている。
「では諸君、参るぞ!」
昨日はいなかった芹沢も、同じ服装で先頭に立って号令を下した。
「へ、テメェは昨日いなかったくせに何が参るぞだ」
土方が不機嫌丸出しで呟いた。
「まぁいいじゃないですか、こうして“昨今まで御新参の衆まで、洩れなく御召しに”なったわけですから」
すぐ後ろで沖田がにこにこと笑いながら土方を諭す。
「あの手紙を読んだ後、あちこちへ人を遣って何とかアイツらを見つけられたから揃ったんじゃねぇか」
ますます苦々しい表情になって土方が言う。
「まぁまぁトシ、総司の言うとおりだ。もういいじゃないか」
近藤が一足先を歩きながら、困ったように笑った。
ふんと土方は鼻を鳴らし、少しだけ眉間の皺を減らして早足で歩いた。
後ろからも小走りでついていく。
「大丈夫ですか?」
沖田がに歩幅を合わせて聞いてきた。
「はい、大丈夫です」
は頷いたが、その表情は固いままだ。
「いきなりの御召しで緊張しますよね」
沖田がなおも話し掛ける。
「はい・・・」
にこにこと笑いながら話す沖田は、とても緊張しているようには見えない。
「まぁでもなるようになりますから、そうガチガチにならなくても大丈夫ですよ」
さらりと沖田は言った。
なるように、って。確かにそうなのだが。
そう言えばこの沖田という人は、初対面から明るかった。顔を合わせるときはいつでもそうだ。それがこれから謁見と言う今日でも変わらないとは。
「ヘラヘラしてんじゃねぇよ」
と土方が後ろを振り向いた。
「してませんよぅ」
してんじゃねぇか、と渋い顔で土方は沖田を小突く。
その様子を見てはふーっと息を吐き出し、肩を上下させた。沖田までとはいかないが、少しはリラックスしないと。
顔を上げて土方たちの後を、間を空けずについていく。
土方は肩越しにチラリと彼女の姿を見た。
心配は心配だが、一番気にしなくてはならないのは壬生浪士組が会津藩の前でどう見えるか、だ。
芹沢たちの行動にも新参の者達の緊張具合にも目を光らせ、失態を演じる前に排除しなければならない。
今日は浪士組にとって大事な一歩になるはずだ。
押し黙る近藤の隣で歩を進めながら、土方は頭の中であらゆる事態の予測を並べ始めた。
正午。
壬生浪士組は黒谷金戒光明寺にて、会津藩主・松平容保公に拝謁した。
二代将軍徳川秀忠のご落胤で三代将軍家光の異母弟・保科正之に端を発し、二百年以上も幕府に忠実に尽くしてきた会津松平家。
その威厳と気品もまた連綿と受け継がれており、目の前の容保からも充分に発せられていた。
同じ人間とは思えぬ雰囲気を醸し出す主君に、初めて謁見する者たちは打ち震えた。
すでに何度か拝謁を賜っている近藤たちとて思いは同じであった。
浪士組の面々は稽古を披露するように求められ、選ばれた者たちは用意されていた稽古着に袖を通した。
剣術は土方歳三と藤堂平助。
永倉新八と山口真一郎。
平山五郎と佐伯又三郎。
そして取りに山南敬助と沖田総司が対戦した。
演武も執り行われ、棒術は川島勝司が、柔術は佐々木愛次郎と佐々木内蔵之丞が披露した。
近藤派・芹沢派・新参者からバランスよく人選をしたつもりだった。
芹沢派からは一人しか出ていなかったが、ゆうべの酒が祟って平山以外は使い物にならなかった。
まさかうっすらと酒臭いままの人間を容保の前に出すわけにもいかず、大丈夫だと言い張る芹沢をなんとか宥めた。
無事に披露を済ませた浪士組を、容保はいたく気に入ったようだった。
急な呼び出しに応じ、突然の稽古披露までつつがなくこなした一行を酒肴でもてなした。
公用方をはじめ会津藩の人間は朗らかな雰囲気で浪士組の面々にあれこれと話し掛けていたが、近藤は酒を酌み交わしながらも表情を引き締め、
土方は周囲に常に気を配り、井上と永倉は芹沢一派に張り付いて飲み過ぎないように目を光らせた。
も謁見が終わっていくらか緊張は取れたものの、土方の隣で姿勢を保って出された膳に箸をつけていた。
自分達が座っている反対側の列に、先日会った公用方の二人が見える。
このまま御開きになってくれれば・・・と思いながら、こちらを向いた公用方と視線を合わせぬようには下を向いた。
豪華とまではいかなかったが、会津の名物などを盛り込んだもてなしを受け、浪士組は黒谷を後にした。
は何事もなく黒谷を出ることができ、やっと心から安堵した。
行きよりも足取りがいくらか軽いを見て、土方も胸を撫で下ろした。
芹沢たちもさすがに会津公の御前と言うことでおとなしくしていたし、演武で多少なりとも自分達の存在価値をアピールできた。
そして、公用方もに何もしてこなかった。
上出来の黒谷訪問だった。
ほぼ全員が黒谷の門をくぐった後、沖田は一人後から出てきた。厠を借りていたのだった。
その沖田の背中を呼び止める者があった。
公用方の秋月悌次郎だった。
「沖田であったな。先ほどの剣術は見事であった」
秋月は口元を綻ばせて沖田を労った。
「恐れ入ります」
沖田は頭を下げ、その言葉を受けた。
「時に沖田、山口はもう・・?」
秋月が沖田の後ろに見える隊列を見遣った。
「はい、もう土方副長とともに先に出たと思いますが」
何か、と言うように沖田は秋月を見た。
「いや、ならよい。また会おうぞ」
秋月は踵を返して山門の内側に戻っていった。その目が一瞬、剣呑に光った。
沖田はそれを目の端で捕らえていた。
「さんに・・・?」
沖田は首を傾げたが、すぐに走り出して土方の隣へ寄っていった。
「遅ぇぞ総司」
土方は沖田に文句を言ったが、怒っている様子ではなかった。
「それよりも土方さん」
沖田はの反対側に立ち、土方だけに聞こえるように先ほどの秋月との会話を耳打ちした。
「秋月様が?」
こくりと頷く沖田と視線を交わした後、に視線を向けた。原田と永倉に話し掛けられ、笑顔で答えている。
「そうか・・・今後も公用方にゃ気をつけねぇとな・・・」
ぼそりと土方は呟いた。
「何かお手伝いしますか?」
沖田が横で囁いた。
「いや、今はいい」
そう言うと土方は歩みを早めた。
「今は、ですね」
沖田は頷くと土方の横に付くのを止め、少し後ろに下がってたちの談笑に加わった。
それからふた月が過ぎた。
は前川邸で内向きの仕事を続け、勉学にも打ち込み、読み書きも大分達者になってきた。
粗方の事はスムーズにこなせるようになり、斎藤のいない間に細かいところを見ている土方も、一段落ついた彼女に満足そうだった。
但し、剣術と算盤だけはからきしだった。
剣術は全く練習しなかったから当然であったし、算盤はこの時代の貨幣単位に慣れるのが精一杯で、覚束ない手つきで玉を弾いていた。
ある日、黒谷から近藤と芹沢、新見の各局長に召し出しの書状が届いた。
浪士組で京の見回り―巡察を行っていることで京の情勢の報告をせよとのことだった。
「今日は考試もあるし、なるべく早めに切り上げてこられるといいんだが」
近藤は書状を土方に回し、腕を組んだ。
「そうだな、局長が全員不在じゃ締まらねぇからな」
土方は書状に目を走らせながら言った。
「まぁ報告だけだから大して・・・」
近藤が言いかけたところで、土方がガサッと書状を握り締めた。
「・・・何だこの追伸は」
「ああそれか、俺も不思議なんだが」
眉間の皺を険しくしながら訝る土方に近藤がいざり寄った。
「山口を必ず相伴うよう・・・」
土方の胸に、天を塞ぐような灰色の雲が流れ込んできた。
20070902
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参考文献:
『シリーズ藩物語 会津藩』野口信一 現代書館 2005年
『沖田総司伝私記』 菊地明 新人物往来社 2007年