久遠の空 ドリーム小説 Excuse Me? 6

Excuse Me?

update:2007.08.05

Excuse Me? 6 

 は隙間からでもその人影が和装でないのが認識できた。
 明らかに違う服の形。
 明らかに違う服の色味。

 どうやら洋装らしい。
 人垣の合間から察するに、洋装の人物は何かを尋ねようとしているようだ。
 だが誰も相手にしてくれない。
 当然だ。この時代、外国人―夷荻は神国日本を汚そうとする不届きな存在として扱われていた。
 日本近海に現れ、武力で脅し、日本を言いように操ろうとする汚らわしい輩。
 その夷荻がこの玉のいる街でうろついているのだ。
 しかも何かを問おうとしてこちらに近づいてくる。


 その人物は仕立てのよさそうな三つ揃いのスーツを着ていた。
 すらりとした長身で、彫りの深い顔立ちに色白の肌。
 ジャケットについている金ボタンよりも若干淡い金髪が、周りを見回すたびにゆるりと揺れる。
 
 周囲の人間には違和感どころか嫌悪感だけしか感じられないようだ。
 が、には彼の姿がそこだけ元の時代を切り取ったかのように見えた。
 元の時代のものとほとんど変わらないものを、こちらに来てから初めて見た。
 外国人と特に交流があったわけではなかったが、洋装が主だった元の時代を思えば、金髪の彼のいでたちは懐かしいものであった。

 金髪の青年は何かを聞こうと自分を取り囲む京の人々に近づくが、その度に人の波は後ろに引き、距離が一向に縮まらない。
 「おい
 土方も夷荻の存在に顔を顰め、早々に退散しようと踵を返しの手首を掴もうとした。



 その時、金髪の青年がくるりと振り返り、こちらに向かって歩を進めてきた。
 周囲の人たちは小さな悲鳴を上げたり驚きの声を発しながら後退った。
 まるで雀の歩みのような素早さで人の輪が引いていく。
 彼の姿をまじまじと見つめていたは一人だけその場に取り残された。


 やっと自分が話しかけても後ろに下がらない人物を見つけ、金髪の青年はほっとしたように破顔して近づいてきた。
 そして薄い唇に笑みを乗せ、碧い目を煌かせてまっすぐにの目を見つめて言った。


 「Excuse Me?」


 「・・・え・・・Me?」


 はやや遅れて自分が話しかけられたのだと気が付き、己を指差してつぶやいた。

 「Yes」
 金髪の青年は、がひるまないのを見てさらに近づいた。

 「
 土方がの袖をぐっと引く。
 はそれに気が付かないかのように、目の前の夷荻の存在を見つめていた。

 「I want to go to Minato−ya,the bookstore.Could you tell me the way to go there?」
 「ミナトヤ?ブックストア?」
 「Yes!」

 我が意を得たりと金髪の青年は手を叩いた。
 はくるりと振り向いて、土方に話しかけた。
 「ミナトヤという本屋さんを知りませんか?そこに行きたいと言ってるようですが・・・」
 「港屋?」
 「三つ先の角を曲がったところにある貸し本屋がそういう名だ。そこのことか?」
 問われた土方に代わって斎藤が答えた。
 「おそらく・・・」



 場所を知っている斎藤を先頭に金髪の青年と、その後ろに土方がついて歩いた。
 さらにその後ろを京雀たちがついてくる。


 斎藤の言ったとおりに三つ目の角を曲がったところに、鄙びた感じの貸し本屋があった。
 いかにも本が置いてありますと言わんばかりの、乾いた紙の匂いがする。

 「御免」
 斎藤が店先から奥へ声を掛けた。
 「はぁい」
 幾分か間延びした女性の声がして、ばたばたと足音が聞こえた。
 「どなたはーん?」
 切れ長の涼しげな目元の女性が奥から出てきた。
 「あらー、斎藤はんやないのー。ここんとこすっかりご無沙汰やない・・・って、えりっく!」
 斎藤の後ろにいる人物を見て、その女性は声を高くした。
 「えりっく!急にいなくなったから心配したんよー!まったくもう、どこに行ってたんー?」
 金髪の青年の胸をどんどんと叩き、彼女はほっとしたような顔をした。

 「斎藤はんおおきに、この人連れて来てくれたんやろ?」
 「女将、一体これは」
 「なんでもな、この“えりっく”、明日お連れさんと待ち合わせなんやって」
 「旅の途中か」
 「そうらしいえ、三日前にウチの人がツテのツテのツテで頼まれたから、明日までお預かりしてますのんや」
 ま、預かった本人は今日も今日とて博打しに行きよったけどな、と本屋の女将は笑った。
 金髪の青年は女将にぺこりと頭を下げ、「スンマヘン」と日本語で謝った。

 「言葉通じてんのか」
 土方が呟いた。
 「たいていは身振り手振りで」
 女将は事も無げに言った。
 「よく預かる気になったな」
 「だってー、ウチの人が連れてきてしもたんやもん。遠い異国で一人ぼっちも可哀相やろ?別に何かしたわけでもあらへんし」
 女将は金髪の青年と視線を合わせた。青年はにこりと微笑み返した。
 「されてからじゃ遅ぇんじゃないか」
 土方がぼそりと突っ込んだ。
 「熊みたいな図体のウチの人に連れられて来て、何かできるお人はおりまへん」
 女将は土方にすらりと言い返した。


 「では我々はこれで」
 斎藤が体を翻し、店から出た。土方ともそれに続く。
 「ほんまおおきにな〜、今度は本借りに来てや。何ならお届けに上がりますわ。男はんたちのスキなの、いろいろ取り揃えておますよ」
 何の臆面もなく女将は物を言い、店先で三人を送り出した。
 その隣に金髪の青年が立った。
 「Thank you.」
 に向かってそう言い握手を求めた。
 は一瞬ためらったが、手を差し出して彼の手を握った。

 「こら、何してんだ」
 土方がその手を引き離そうと、間に割って入ろうとした。
 それに気がついた金髪の青年はいたずらっぽく笑うとの腕を引いた。

 「・・・!」
 かわされた土方が振り向くと、は夷荻の腕の中に。
 夷荻の金髪はからかっているのが丸分かりという笑みで土方を見ていて、は呆気に取られて身動き出来ずにいた。

 「テメェ・・・!」
 からかわれたことに気がついた土方は思わず刀に手が掛かったが、斎藤が僅かに早くその手を押しとどめた。
 「副長、そこまでで」
 「斎藤!」
 「女将、邪魔をしたな」
 斎藤は土方を抑えつつを金髪の青年から引き剥がした。
 そしてなおもいきり立つ土方の背を右手で、後ろを振り返りながら歩くの背を左手でコントロールしながらその場を離れた。
 金髪の青年と女将は苦笑いをしながら手を振っていた。




 「貴様、何だアレは!あんな黒船野郎に気安く抱きしめられやがって!」
 「すみません、急にだったのでつい」
 大通りにでるなり土方はを怒鳴りつけた。
 は大声に首をすくめた。自分にしてみれば不可抗力だったが、今の土方にはそんな言い訳が通用するはずもなかった。

 「そんなことよりも、
 横から斎藤が口を挟む。
 「はい」
 「何だアレは」
 そんなこととは何だ、と怒る土方を尻目に、斎藤はに質問した。
 「何、とは」
 「ヤツと会話していただろう」
 金髪の、夷荻とのことだ。
 「あー・・・別に会話が成立してたわけじゃないです。ただそう言ってるのかなってだけで・・・」
 それを成立しているというのだ、と斎藤は心の中で呟いた。
 「いいか、
 ようやく人だかりが消えた道端で斎藤はの両肩に手を置いた。
 「ここではああいった輩と言葉を交わしてはいかん。異国の者は・・・阿蘭陀や清国などの例外もあるが、神州の敵だ」
 最後の方でぐっと手に力を込めて、斎藤は言った。

 「はい・・・すみません、軽率でした」
 事情を認識していなかったとは言え、マズイことをしたのだとは思った。
 話し掛けられたときに黙って逃げる事も出来たはずだった。
 よくよく思い返せば、金髪の彼と話す前に誰かが自分の着物の袖を引いていたような気がする。
 元の時代に似たものがそこにあったからと言って、あんなに見入るなんて迂闊だったのだ。

 「・・・わかりゃいいんだ、わかりゃあ」
 下を向いて消沈したを見て、土方はフンと鼻を鳴らして襟を正した。
 「異国の者と出会うなどそうそうあることではありません。今後は大丈夫でしょう」
 斎藤が土方に言った。
 「当然だ。、お前は一人では絶対に出歩くなよ。それから」
 土方はの耳元に口を寄せると、小さな声で囁いた。
 「夷荻の言葉を解することは、誰にも言うな」
 いいなと念を押し、返事を待たずに土方は前川邸への道を歩き出した。



 「あ」
 「何だ」
 斎藤がふと思い出した。
 「蕎麦屋の勘定を払っておりませんな」
 完全に忘れていた。
 そう言えば蕎麦屋から飛び出して来てそのままだった。
 「荷物も忘れてるし・・・」
 「蕎麦屋へ寄るぞ」
 三人はすぐ先にある蕎麦屋へともう一度入っていった。


 「飛び出してすまん、勘定と荷物を」
 土方が先に中に入った。
 「あら、先ほどのお客はん。お荷物お取り置きしておきましたえ」
 接客の女性が店の奥にある座敷を指差した。
 のために買ったものが一式入っている行李が置いてあった。
 「すみません、ありがとうございました」
 ほっとしては店員にお礼を言った。

 「おい、斎藤」
 声を掛けられてそちらを向くと、会津藩に仕える二人がそこにいた。
 「広沢様、秋月様。お見苦しいところを」
 食事の途中に店を飛び出し、食い逃げさながらの様子を見せてしまった。
 「いや、それはいい。それよりもお前の従兄弟・・・」
 そう言って広沢と秋月は同時にを見た。


「異人と喋っていたな」


 土方は電光石火の勢いで荷物を背負い、の腕をむずと掴んだ。
 「広沢様、秋月様、急用を思い出しましたので失礼!」
 早口で捲くし立てて頭を下げると、御免と言いながらさっと後ろを向き、暖簾を飛ばさんばかりに猛ダッシュで店を出た。
 「拙者もこれにて」
 斎藤も些か早くお辞儀をすると、二人の後を追って足早に姿を消した。


 「あ、待て・・・」
 広沢と秋月も慌てて外へ出るが、もう浪士組三人の姿はどこにもなかった。
 彼らが起こしたらしき砂埃がわずかに立ち上っている。
 「あら、お帰りにならはったん?」
 店の者が広沢と秋月の後から出てきた。
 「壬生浪士組・・・山口、だったな・・・」
 秋月が呟く。
 広沢も縦に首を振った。


 「ほな、よろしゅう」
 二人の背中をとんとんと叩き、店の者が掌を出した。
 「何だ?」

 「あの三人の分の、お会計。知り合いなんやろ?」
 彼女は当然という顔をして、さらに手を突き出した。




 20070804