Excuse Me? 3
翌日、朝餉の膳は土方の部屋に運ばれなかった。
今日から皆と一緒に食事をする事になったからである。
前川邸を宿坊とするメンバーの前で、まずは土方から紹介があった。
「斎藤の従兄弟の山口だ。明石藩から斎藤に会いに来て、浪士組に落ち着く事になった」
続いて斎藤とが共に挨拶した。
「大所帯での生活は不慣れなもので、迷惑をかけると思うがよろしく頼む」
「山口です。よろしくお願いします」
下座から頭を下げるを、土方と斎藤以外の六対の目がじーっと見つめた。
「我らの同志となってくれて嬉しいよ、山口君。君を歓迎する」
挨拶を受けて真っ先に語りかけたのは、壬生浪士組局長である近藤だった。
「改めて自己紹介させてくれ。壬生浪士組局長で天然理心流四代目宗家、近藤勇だ。」
ゆうべのうちにでも土方から入隊伺いがされていたのであろう、近藤はすんなりとを受け入れて笑顔を向けた。
「よろしく山口さん」
近藤の隣でぺこりと頭を下げたのは沖田総司だった。
「沖田さん。先日は失礼しました」
もぺこりと頭を下げた。
自分を親切心で誘ってくれたはずなのに、その手を振り切って池(しかも冬の)に飛び込むというシーンを見せてしまい、土方の命令とは言え黙って風呂まで沸かしてくれてから、沖田とはそれきりになっていた。
十中八九、土方が部屋に近づくな、放っておけと言っておいてくれたに違いない。
もちろんそれは沖田だけでなく他の面子にも広めてあったと思われる。
そうでなければこの十日、同じ屋根の下で土方と斎藤以外の七名が全く彼女の目に触れずに生活を営んでいたというのは不可能に近い。
「いいんですよ、これから仲間ですもんね。私も改めて、沖田総司です。近藤さんを師として天然理心流を修めています」
沖田も近藤に続いてを受け入れた。
「近藤さんと総司とはもう顔見知りだったな。山南さん、紹介を」
近藤の隣に座る男が声を掛けられて立ち上がった。
「土方君と一緒に浪士組副長を務めさせてもらっている山南敬助です。北辰一刀流免許皆伝。山口君、流派は?」
「えっ」
「剣の流派はどこだい?」
近藤と同じような、武士然とした体格の温和そうな人物。
「えっと、あまり剣術は得意でないので・・・」
打ち合わせ通りには答える。
「コイツには邸内の細かい雑事を言い付ける」
土方がさっと助け舟を出してくれた。
「そうか、よろしく頼むよ」
山南はすっと引いて挨拶をした。
「・・・じゃあ源さん」
次に誰を紹介しようかと一瞬考えた土方だったが、自分の隣に座る男を名指しした。
「井上源三郎に候」
井上と名乗った男は軽く会釈した。
「源さんはこの中で一番長く天然理心流の門人を務めている。そして一番の年長者であだ名は長老」
「長老と言うでない!」
土方の紹介に井上は抗議した。全員から笑いが漏れる。
が全員の顔をそれとなく見渡すと、確かに井上が一番フケているように見えた。きっと土方の言葉に間違いはないのだろう。
「次は、・・・永倉」
土方が次の男を促した。
「松前藩脱藩、永倉新八。神道無念流をを少々」
口元は笑っているが、どこか無頼者のような鋭い何を隠しているような、そんな男だ。
「どこが少々なんだよ、免許皆伝だろ?」
謙遜しちゃって、と別の男から冷やかされると永倉はニッと笑って頭の後ろで手を組んだ。
「次、平助」
「おいおい、俺は?」
土方がさらに次の男を指名すると、先ほど永倉をからかった男が横から口を出した。
「左之助、お前は最後だ」
「えー、最後かよ」
左之助と呼ばれた男がしょんぼりと小さくなると、その横で笑っていた男が身を乗り出して名乗った。
「藤堂平助、山南さんと同じく北辰一刀流。総司と同じ年だよ。よろしく」
沖田よりも幾分幼いような印象のある、朗らかな青年だ。
「次、俺オレ!」
最後に騒々しく立ち上がったのは、先ほどしょんぼりした男。
「伊予松山藩脱藩、原田左之助!種田宝蔵院流槍術を少々」
ずいとの前に出てきて、さっと槍を構えるポーズをとった。
「そして得意技は切腹!」
いきなり着物の前をがばっと開き、腹を丸出しにした。
一瞬面食らったが、傷だらけの肌に横たわる一本の縫合跡がの目に入った。
「おいおい左之助、得意技がそれじゃあいくら命があっても足りねーよ」
永倉が原田の背を叩く。
「まぁそうだがな、こン中じゃ腹で金物の味を知ってるのはオレだけだぜ」
原田は得意そうに言った。
「しっかし・・・へぇ」
原田が値踏みするようにを上から下まで眺めた。
「土方さんが“客が俺の部屋に来ているが、絶対に見物に来るな”つってたからどんなのかと思ってたけど、なかなか美人じゃねぇか」
永倉も原田の横に来て、同じように視線を動かした。
「そうだな、男っぽいとかイカツイとか、そういうカンジじゃねーな」
「そうだねぇ」
いつのまにか藤堂までもが並んで、新人の観察に入っている。
「三人ともやめないか、山口君が困ってるじゃないか」
じろじろと見られて固まっているを見かねて山南が口を出した。
「もしかして土方さん、俺たちに来るなっつっときながら、自分だけで楽しんでたんじゃねぇの?」
原田がゲラゲラと笑いながら揶揄した。
「え?」
「なっ・・・!」
土方は急に赤くなって慌てた。
「左之助!バカ言ってんじゃねぇ!」
「そうですよぅ、土方さんはオカマとナメクジは大っ嫌いなんだからあり得ませんよ」
沖田が説明の言葉を添えた。
「だからそんな事実ありませんよ、ねぇさん」
「え?」
仮のとは言え突然名前で呼ばれて、は吃驚した。
「もう全員紹介が終わったし、名前で呼んでもいいですよね。先日募集した新入隊士の中に同じ苗字の人がいたのを思い出しまして」
沖田は自分の膳の前で姿勢を正した。
「あぁ、あの太刀筋悪くねぇ奴な」
永倉が自分の席に戻りながら話に加わった。
「もっと募集して隊伍を組むんでしょ?どんなヤツが来るか楽しみだなぁ」
藤堂も座って箸を取った。
話の筋が見えなくなったところで、は土方を見上げる。
「ゆうべ話したろう、俺たちは将軍警護のために京へ来たと。だが俺たちだけじゃとても数が足りない。まず人数を集めねぇとな」
の視線の意味を理解した土方から解説が入った。
「目と目で通じ合ってるよ・・・」
藤堂がその様子を見て箸を動かす手を止めた。
「ってことは、やっぱり土方さん・・・」
いやーね、というセリフがぴったりな手つきを口元に持ってきて、永倉と原田が後退った。
「だから違うって言ってんだろうが!」
沈静化したと思われた喧騒がまたもや始まった。
否定と冷やかしが飛び交う中、は斎藤に腕を引かれて少し離れた席へと座らされた。
それは斎藤の隣だった。
「酒ではないが、お近づきのしるしに一杯」
と、暖かい茶を注いでくれたのは井上。
「あ、ありがとうございます」
緊張して喉が渇いていたので有難く頂戴した。
「彼らはいつもあんな感じだ、諦めて早く慣れたほうがいいよ」
苦笑いをしながら山南が教えてくれた。
はい、とが頷く。
「あ、山南さんなんだよ、諦めてってのは!」
ひょいと顔を突き出して原田が叫ぶ。
「あ、ごめん聞こえたかい?」
山南はばつが悪そうに頭を掻いた。
近藤は大きな口を横に広げて笑いをこらえている。
沖田はその隣で腹を抱えている。
斎藤はひとつため息をついたところで箸を取り、にも勧めてから食事を始めた。
騒がしい風景を横目で見ながら、も膳の上のものに箸をつけた。
山南の言うように早くこの環境に慣れるに越した事はなさそうだ。
は心の中で、読み書きソロバン・その他生活全般の他に浪士組での生活という項目を「慣れなければいけないことリスト」に追加した。
20070710