久遠の空 ドリーム小説 Excuse Me? 1

Excuse Me?

update:2007.07.07

Excuse Me? 1

 次に池が光るのは、もしかしたら五年後。
 つまり元の時代に帰れるのは、もしかしたら五年後。
 は江戸時代にタイムトリップしてきて二日目に、そんな絶望的な状況に追い込まれてしまった。
 翌日も池が光る可能性に賭けて池を見張っていたが、無駄に飛び込んでは濡れ鼠になっていた。
 そして夜になると高熱を出して倒れた。

 無理もない、まだ春には遠い時期に何度もずぶ濡れになっていたら普通は風邪を引くだろう。
 二日ほど寝込んで起き上がった頃には、そろそろ池が光らなくなるであろう日数に達していた。
 それを土方と斎藤に聞かされてもなお、は池を見張るのを止めなかった。
 まだ斎藤の従兄弟が言っていた“十日”という期限は来ていない、と。






 だがその思いもむなしく九日目が来た。
 元々こちらに来てから風邪で寝込んでいた時以外あまり眠っていなかったが、この日は辺りが闇に包まれた頃から、自分の荷物を斎藤にもらった風呂敷にまとめて 傍らに置いていた。
 その目は池に注がれ、土方が行灯の火を消しても逸らされることはなかった。

 そして翌日、十日目の朝。
 土方が目を覚ますと、はゆうべと全く同じ姿勢のまま、そこに座っていた。
 「おはようございます」
 は目を覚ました土方に挨拶をしたが、ちらりと視線を合わせただけでまたすぐに池に目を向けた。
 今日こそは、という雰囲気に満ち溢れている。
 土方は布団に転がったまま彼女を見上げた。

 彼女が今日のうちに無事帰れればいい。
 そう土方は思った。
 しかし同時に言いようのない重たいものが心に湧き出てきた。

 ・・・何だ、この気持ちは。


 空は薄く雲がかかり、太陽の反射光もない。
 例の光と見間違えて池に飛び込むこともない。
 光ったら、それがその時だった。





 夕刻。
 土方が夕餉の膳を持って部屋に入ると、は足を少し崩してさすりながら池を見ていた。
 その目には些か焦燥感が滲んでいた。
 雲の向こうに太陽が赤く焼け落ちて夜の闇が迫る。タイムリミットが迫ってきていた。

 「・・・飯を食え」
 土方が膳をの前に押しやった。
 は今日一日何も口にしていなかった。
 気持ちはわかる。が、まず腹拵えすることを行動の基本に置いている土方は、丸一日まったく飲食をしていないに夕餉を勧めた。
 「・・・食べたくないんです」
 すみません、とは小声で言い、池を見るばかりだった。
 「食ってる最中に池が光ったらそのままにしていいから、食え」
 土方は膳に置いてある箸をの目の前に差し出した。
 は少しだけ箸に目をやり、だるそうに手に取った。
 だが、箸を料理につけようとしない。

 「
 土方は持っていた自分の箸を膳に戻した。
 は池に視線を固定したまま、意識だけを土方のほうに向けた。


 「諦めろ」


 ・・・今、なんて?
 は驚愕の思いでゆっくりと土方に視線を向けた。
 「もし今夜中に池が光らなかったら、諦めろと言ったんだ」
 「・・・土方さん?!」
 は呆然とした。
 土方の言ったことは到底受け入れられない。
 帰ることを諦めるなんて。
 「前川が言った池のことと斎藤の従兄弟が言った十日という期限を考えると、もう今後期待できないのはお前にだってわかっているはずだ。だったら」
 「嫌です」
 は土方の台詞を遮ってそっぽを向いた。
 「そんな、戻ることを諦めるなんて」
 「落ち着いて考えろ、理屈で考えれば」
 「理屈なんて・・・!じゃあ私が現れたことをどう理屈で説明するんですか?」
 はこちらを向いて、貫くような厳しい視線を土方に送った。
 土方は言葉に詰まった。それを見ては再び視線を逸らした。

 理屈で説明など・・・どだい無理だ。
 こんな風に言い争うつもりではなかった。

 「・・・ここにいろ」
 土方は少し黙った後にぽつりと言った。
 「え?」
 当然何か言って返されるだろうと思っていたは、土方の予想外の発言に聞き返した。

 「もし戻れなくても、ここにいろ」
 土方は愕然とするの横に座った。
 近くで見ると、は小刻みに震えていた。
 土方はその肩に手を置いた。
 「ここに、いろ」
 もし戻れなくても俺と斎藤で何とかするから。そう告げてやりたかったが、具体的な案を未だ持たない土方にはそれを口にすることができなかった。
 だから、ただ一言だけ。
 「・・・」
 は俯いて上を向こうとしない。
 土方は軽く彼女の肩を押して、顎に手を添えた。

 決して目を合わせようとせず、唇を固く噛み締めている。心の内すべてを押し込めるように。
 「・・・」
 解放してやりたかった。無理に閉じ込めている感情のすべてを。
 思えばこちらに来てからがさっきのように感情を露わにしたことがあっただろうか。ずっと無理をして、我慢していたに違いない。
 
 「っ、土方さ・・・」
 は顎にかかっていた土方の手をすり抜け、胸に顔を埋めた。
 土方は溜息を短く漏らし、こんなときまで律儀に声を殺してすすり泣くをの体をそっと引き寄せてやった。



 結局その夜、池は光を放たなかった。
 鼻をぐずぐず言わせながら一晩中池を見つめ続けるに背を向けながら、土方もまた眠らなかった。
 朝が来て、東の空を太陽が駆け上ってくる。
 は朝焼けを拝んだ後、ぱたりと布団に倒れこんだ。
 眠りについたをそのままにして、土方は自分の仕事をしに部屋を出た。




 20070706





  ==================================

 新章突入しました。
 風ドリームなのにセイちゃんがまだ登場していませんが、今回で彼女を含む主要人物は全員登場させるつもりです。
 ・・・たぶん(え)